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神経幹細胞の若返り因子を発見研究成果

神経幹細胞の若返り因子を発見

平成24年7月16日

東京大学分子細胞生物学研究所

1.会見日時:2012年7月13日(金)14:00 ~ 15:00

2.会見場所:東京大学 生命科学総合研究棟3F 302号室
(弥生キャンパス内:東京都文京区弥生1-1-1)
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_07_09_j.html
東京メトロ南北線「東大前」下車5分

3.出席者:
後藤 由季子(東京大学分子細胞生物学研究所 教授)
岸 雄介(東京大学分子細胞生物学研究所 助教)
藤井 佑紀(東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程3年)

4.発表のポイント
◆どのような成果を出したのか
ほ乳類の大脳皮質においてHMGAと呼ばれる遺伝子群を発現させることで、神経幹細胞が若返ることを発見しました。
◆新規性(何が新しいのか)
近年、細胞の若返り因子がたくさん発見されていますが、今回の研究では遺伝子操作による細胞の若返りが生体内でも起こりうることを世界で初めて示しました。
◆社会的意義/将来の展望
HMGA遺伝子群の発現や活性を制御することで、生体内の神経幹細胞を用いた再生医療の実現に貢献できる可能性があります。

5.発表概要:
ほ乳類の大脳皮質を形作る細胞は、神経幹細胞と呼ばれる細胞から産生されます。神経幹細胞は胎児期にはニューロンを産み出すことができますが、出生以降はその能力が失われていくことがわかっています。

現在、神経幹細胞を用いニューロンを補い精神疾患を治療する、という再生医療が期待されています。しかし、上記のような神経幹細胞の性質により、神経幹細胞を取り出して移植しても、必要なニューロンを産み出してくれないという問題が生じています。そのため、どうして神経幹細胞はニューロンを産み出すことが出来なくなるのか、ということを知ることは非常に重要な課題でした。

今回、東京大学分子細胞生物学研究所の後藤由季子 教授、岸 雄介 助教、藤井佑紀 大学院生らは、HMGAという遺伝子群(注1)を発現させることで出生以降の神経幹細胞でもニューロンを産み出すことができるようになる、すなわち神経幹細胞を若返らせることができることを発見しました。また、その若返りは培養皿上だけでなく、生体の脳においても起こりうることを示しました。

これらの結果は、HMGA遺伝子群の発現や活性を制御し、神経幹細胞のニューロンを産み出す能力を再獲得させることで再生医療に貢献できる可能性を示唆していると考えています。

本研究成果は、JST 戦略的創造研究推進事業、チーム型研究(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究領域における研究課題「神経幹細胞の分化ポテンシャル制御による神経回路構成素子の形成メカニズム」(研究代表者:後藤由季子)、新学術領域研究「神経細胞の多様性と大脳新皮質の構築」研究領域における研究課題「胎生期大脳新皮質神経幹細胞による多様な細胞の産生機構の解析」(研究代表者:後藤由季子)によって得られました。


6.発表内容:
大脳は哺乳類の高度な生命機能を司る器官で、脳内ではニューロンにより複雑なネットワークが作られています。このニューロン及びそれを支持するグリア細胞は神経幹細胞と呼ばれる細胞から産生されます。脳内ネットワークの素子であるニューロンは主に胎児期に産生され、出生以降の神経幹細胞はほとんどニューロンを産生できなくなることがわかっています。しかしながら、神経幹細胞がニューロンを産生する能力を失う原因についてはわかっていませんでした。

本研究では、HMGAと呼ばれる遺伝子群が神経幹細胞のニューロンを産み出す能力に重要であることを見いだしました。胎児期の神経幹細胞においてHMGAの発現を低下させるとその神経幹細胞はニューロンを産生することができなくなりました。HMGAは胎児期の神経幹細胞では発現が高く、出生以降になると発現が低下することが知られています。つまりこの結果は、HMGAの発現が高いことが神経幹細胞のニューロンを産み出す能力に重要であることを示唆しています。また重要なことに、ニューロンを産み出すことができなくなった出生以降の神経幹細胞に、生体内でHMGAを過剰発現すると、その神経幹細胞は再びニューロンを産み出すことができるようになりました。すなわち、HMGAを過剰発現することにより神経幹細胞が若返ったことを示唆しています。

実際に神経幹細胞を若返らせてニューロンを補う、といった再生医療を実現するには、HMGAがどのようにして神経幹細胞を若返らせているのか、というメカニズムを知ることが非常に重要です。本研究では、そのメカニズムを解明する端緒となる現象も発見しました。それはすなわち、HMGAがクロマチン(注2)の状態をゲノム全体で制御している可能性です。胎児期の神経幹細胞では、出生以降の神経幹細胞に比べて、遺伝情報を格納しているゲノムの状態があまり凝集していない、「ゆるい」状態であることがわかりました。さらに、その「ゆるい」状態にはHMGA遺伝子群の発現が高いことが重要であることも見いだしました。これらの結果は、HMGA遺伝子群がゲノムの状態を「ゆるく」することが神経幹細胞のニューロンを産み出す能力に重要である可能性を示唆しています。

今回の成果により、神経幹細胞の若返りを誘導する因子を発見することができました。近年、細胞の若返り因子はたくさん発見されていますが、本研究のように生体内での若返りを発見した例は、世界で初めてであると考えられます。また、生体内の神経幹細胞を若返らせてニューロンを産生させることを通じて、ニューロンの喪失、あるいは機能不全を原因とした神経疾患を治療できる可能性を示唆しています。

7.発表雑誌:
雑誌名:Nature Neuroscience、7月16日オンライン掲載
論文タイトル:
HMGA regulates the global chromatin state and neurogenic potential in neocortical precursor cells
著者:岸 雄介、藤井 佑紀、平林 祐介、後藤 由季子
DOI番号:10.1038/nn.3165

8.問い合わせ先:
東京大学分子細胞生物学研究所
教授 後藤 由季子 (ごとう ゆきこ)

9.用語解説:
1) HMGA遺伝子群:非ヒストン性のクロマチンタンパク質をコードする遺伝子群の一種。HMGA1とHMGA2から構成される。主にATを多く含んだDNAに結合し、クロマチン状態を変化させることが知られている。

2) クロマチン:デオキシリボ核酸(DNA)からなる、生命の設計図であるゲノムを核に格納するための構造。ヒストンと呼ばれる分子にまきついたヌクレオソーム構造を最小単位とし、それが高度に折り畳まれる。この構造が遺伝子発現の第一ステップである転写に非常に重要な役割を果たしていると考えられている。

10.添付資料:
こちらからダウンロードください。

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