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低消費電力デバイスに向けた新材料を開発 ―新しい原理「量子異常ホール効果」の可能性―研究成果

低消費電力デバイスに向けた新材料を開発
―新しい原理「量子異常ホール効果」の可能性―

平成24年8月20日

東京大学大学院工学系研究科
理化学研究所

本研究成果のポイント
○低消費電力デバイスに向けた新材料「磁性トポロジカル絶縁体」の発見
○質量ゼロに振る舞う電子によって、材料表面の磁石が生成
○磁壁にそってエネルギー損失なく流れる電流の可能性

理化学研究所(野依良治理事長)と東京大学(濱田純一総長)は、エネルギーを損失することなく電流を流す新原理の実現が期待できるエレクトロニクス材料を開発しました。これにより超低消費電力エレクトロニクス技術開発の可能性が開けました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)強相関量子科学研究グループのJ. G. Checkelsky(チェケルスキー ジョセフ)特別研究員、強相関複合材料研究チーム 岩佐義宏チームリーダー(東京大学大学院工学系研究科教授)、十倉好紀グループディレクター(同教授)と、東京大学大学院工学系研究科の叶劍挺(イエ ジャンティン)特任講師、東京大学大学院総合文化研究科の小野瀬佳文准教授らによる共同研究グループの成果です。

超低消費電力エレクトロニクスは、省エネルギー社会を実現するうえで有力な技術になると注目されています。エネルギー損失がない電力の輸送法として「超伝導」や「量子ホール効果※1」が知られています。量子ホール効果は1980年代に発見された原理で、特殊な半導体を非常に強い磁場中に置くと、その端にエネルギー損失することなく電流が流れるという現象です。しかし、量子ホール効果を使いエネルギー損失なく電流を流すためには、地磁気の20万倍にもなる10テスラ以上の非常に強い磁場が必要とされます。このため強磁場がなくても量子ホール効果が起きる材料の開発が求められていました。

共同研究グループは、最近注目を集めているトポロジカル絶縁体※2に少量の磁性元素マンガンを添加した材料「磁性トポロジカル絶縁体」を開発しました。そして、原子50層程度の厚みをもつ薄膜微小単結晶を作り電界効果トランジスタ※3を作製して、その材料の表面を詳しく調べました。すると、材料表面が磁石の性質を持つことが明らかになりました。また、この材料の中の磁壁※4が電流を運ぶことも分かりました。これらの発見は、ゼロ磁場においてエネルギー損失することなく電流を流す現象である「量子異常ホール効果※5」の可能性を示唆します。今後、量子異常ホール効果の検証を進めるとともに、物質設計によって室温で磁性を発現できる材料の開発が求められます。これらが実現すると、超低消費電力エレクトロニクスが大きく前進することが期待できます。

本研究成果は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」(中心研究者:十倉好紀)の事業の一環として得られた成果で、科学雑誌『Nature Physics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(8月19日付け:日本時間8月20日)に掲載されます。

1.背 景
エネルギー損失のない電気の輸送法として、「超伝導」と「量子ホール効果」が知られています。超伝導はとくに有名で、医療用MRI※6や加速器※7に用いられる超伝導磁石など、さまざまな形で実用化されています。一方、1980年に発見された量子ホール効果は、特殊な半導体を非常に強い磁場中に置くと、その端にエネルギー損失することなく電流が流れるという現象で、電子デバイスの省エネルギー化に役立つと期待されます。強い磁場の中で電子はサイクロトロン運動※8という円運動を行い、試料の端では電子はジャンプしながらエネルギーを損失することなく一方向に流れます(図1左)。しかし、この現象が発現するには、地磁気(地球により生じる磁場)の20万倍にもなる10テスラ以上の非常に強い磁場が必要です。そのため実用化するには、同様な現象を外部磁場のない状態で実現する新たな原理が必要とされます。そのためには、特殊な条件を持った半導体で、かつそれ自体の内部に強い磁場を持つような材料を開発する必要があります。

2.研究手法と成果
共同研究グループは、Si(シリコン)やGaAs(ヒ化ガリウム)などの従来用いられる典型的な半導体ではなく、最近注目を集めているトポロジカル絶縁体を研究対象に採用しました。この物質は結晶内部が絶縁体ですが、表面だけに電気が流れるという、これまでの絶縁体、半導体、金属という分類には当てはまらない全く新しいカテゴリーの物質です。また、トポロジカル絶縁体の表面電子は、あたかも重さがないように振る舞うので、電子の速度が速いことが特徴です。この特徴的な表面状態の性質は、基礎物性の研究対象として非常に興味深く、かつ量子ホール効果を実現するための条件を満たしているため、世界中で激しい研究競争が行われています。

そこで共同研究グループは、図1右のように、この物質に磁石としての性質を持たせることができれば、内部に強い磁場が働いているのと同じ状況が実現でき、図1左の量子ホール効果と同様な現象が観測できると考えました。ここで観測される“類似”の現象は、量子異常ホール効果と呼ばれ、やはりエネルギー損失することなく電流を流せる可能性があります。

共同研究グループは、磁石の性質を持たせるためにトポロジカル絶縁体の一種であるBi2Te3(テルル化ビスマス)に少量の磁性元素マンガンを添加した材料「磁性トポロジカル絶縁体」を開発しました。その試料から原子50層程度の厚みをもつ薄膜微小単結晶を作り電界効果トランジスタを作製しました(図2)。薄膜を用いるのは、表面だけを流れる電流を測定し、特殊な表面状態の電気的・磁気的性質を明らかにするためです。また電界効果トランジスタを作製したのは、表面における電子の数を電圧によって制御するためです。

その結果、電圧を変化させて電子数を調整すると、磁性トポロジカル絶縁体表面が磁石の性質を持つようになることを発見しました。磁石になる温度(磁性転移温度)は、11K(ケルビン、マイナス262℃)と非常に低い温度ですが、電子の数を増やしていくと磁性転移温度が低下していくことが明らかになりました(図3)。従来、半導体に磁性元素を添加することによって磁石のような性質を発現させる研究は数多く行われてきました。しかし、今回の磁性トポロジカル絶縁体表面の磁石の性質は、従来の半導体型磁石とは全く逆の傾向を示しています。この傾向は、トポロジカル絶縁体表面にある質量ゼロに振る舞う電子を考えることによって初めて説明できます。

第二の重要な結果は、磁性トポロジカル絶縁体の中の磁壁が、電流を運んでいると考えられる現象の発見です(図4)。これは、従来の半導体型磁石では観測されることがなかったもので、量子異常ホール効果による試料端に流れる電流に相当する可能性があります。

3.今後の期待
今回、共同研究グループは、①トポロジカル絶縁体表面における質量ゼロに振る舞う電子が関与した磁石の発見、②磁性トポロジカル絶縁体の中の磁壁が運ぶ電流と考えられる現象の観測、という2つの成果を得ました。今後は、量子異常ホール効果を確証するために、観測された異常ホール効果が厳密に量子化されること、磁壁が運ぶ電流がエネルギー損失を伴っていないことを明らかにする必要があります。さらに、今回発見した材料が磁石になるのが、非常に低温に限られるという問題があります。この問題に対して従来の物質合成から得られる経験的な知見と、大型計算機などを用いた物質設計を駆使し、室温で磁性を発現できる材料を開発することが求められます。
これらが実現すれば、超低消費電力エレクトロニクスが大きく前進することが期待できます。

原論文情報:
J. G. Checkelsky, J. T. Ye, Y. Onose, Y. Iwasa, Y. Tokura, “Dirac-fermion-mediated ferromagnetism in a topological insulator,” Nature Physics, (2012).
doi:10.1038/nphys2388

<報道担当・問い合わせ先>
(問い合わせ先)
独立行政法人理化学研究所 基幹研究所
強相関物性研究チーム 特別研究員
※現在の連絡先
東京大学大学院工学系研究科
量子相エレクトロニクス研究センター 特任講師
Joseph G. Checkelsky(チェケルスキー ジョセフ)

強相関複合材料研究チーム チームリーダー
東京大学大学院工学系研究科
量子相エレクトロニクス研究センター 教授
岩佐 義宏(いわさ よしひろ)

(報道担当)
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

<補足説明>
※1 量子ホール効果
固体中を流れる電流に垂直方向に磁場をかけると、電流と磁場の両方に直行する方向に、電子の密度に反比例した起電力(電流を生じさせる電圧のこと)が発生する。これを発見者の名前をとってホール効果と呼ぶ。現代では、半導体人工構造を用いて運動を平面内に制限された2次元電子系を用意することが、比較的簡単にできるようになっている。とくに、GaAs(ヒ化ガリウム)やSi(シリコン)における2次元電子系は、電子の運動速度が速いことで知られている。このような特殊な2次元電子系をもつ半導体の場合には、ホール効果による起電力が量子抵抗25.8kΩ(キロオーム)の整数分の1に量子化されること(離散的な値になること)が知られている。これを量子ホール効果という。そのとき、試料の端をエネルギー損失することなく電流が流れることが知られている。

※2 トポロジカル絶縁体
内部は電流を流さない絶縁体状態であるのに対して、その表面に特殊な電気を流す状態が現われる物質の総称。この表面状態においては、電子があたかも質量ゼロの粒子のように振る舞うとともに、通常の物質中の電子よりも格段に動きやすい上に不純物に邪魔されにくいという性質を持っている。これを利用した次世代の超低消費電力デバイスや超高速の量子コンピューターへの応用へ向けた研究が現在世界中で急ピッチに進められている。

※3 電界効果トランジスタ
電界によって固体の表面に電子が集まる効果のことを電界効果と呼ぶ。絶縁体を2つの電極で挟んで電圧を加えると、通常は電圧に比例した量の電子が電極表面に現れる。この片方の電極を半導体に置き換えることで、半導体の電子あるいは正孔の密度を電圧で制御することが可能になる。この原理で、半導体中の電流を制御して、情報をON/OFFするスイッチング素子のことを電界効果トランジスタと呼ぶ。

※4 磁壁
磁石とは、内部の電子スピンが一様に方向をそろえた物質のこと。外部磁場がゼロの状態での磁石は、必ずしも結晶全体にわたってすべてのスピンがそろって同じ方向を向いているわけではなく、スピンの向きのそろった領域がランダムに共存した状態になるのが通常である。スピンの向きのそろった小さな領域を磁区と呼び、磁区の境界を磁壁と呼ぶ。

※5 量子異常ホール効果
通常の固体におけるホール効果の電圧は磁場に比例するが、磁石のように物質そのものの磁化が発生する材料では、外部磁場ではなく、物質自体の磁化に比例したホール効果が観測される。これを異常ホール効果という。磁石は外部磁場がなくても磁化が発生する場合があるため、ホール効果がゼロ磁場で観測されるという特徴がある。異常ホール効果と区別するために、通常のホール効果は正常ホール効果と呼ばれる場合もある。量子異常ホール効果は、この異常ホール効果が、量子抵抗25.8kΩ(キロオーム)の整数分の1に量子化される(離散的な値になること)現象のこと。いまだに理論予言のみで実験では確認されていない。

※6 MRI
Magnetic Resonance Imagingの略号で、核磁気共鳴画像法のこと。核磁気共鳴 (nuclear magnetic resonance, NMR) 現象を利用して生体内の内部の情報を画像にする方法。ここで重要な役割を果たしているのが、超伝導線材で作られた超伝導磁石である。

※7 加速器
電子をもった素粒子を加速する装置の総称。原子核/素粒子の実験に用いられるほかがん治療などにも応用されている。原子核/素粒子の加速器実験には加速された粒子を固定標的に当てるフィックスドターゲット実験と、向かい合わせに加速した粒子を正面衝突させるコライダー実験がある。最近のヒッグス粒子の発見にも用いられた。また、高エネルギーの電子は軌道を曲げると光を発するので(シンクロトロン輻射)、大強度の高エネルギー光線を得る目的で電子シンクロトロンを用いる場合がある。このような施設を放射光施設と呼んでいる。これらすべての加速器に、荷電粒子の運動方向を制御するために超伝導磁石が使われている。

※8 サイクロトロン運動
一定の磁場のもと、電子などの荷電粒子が磁場からローレンツ力を受けて起こす円運動のこと。

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