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新規質量分析法によるがん細胞の極微量タンパク質の糖鎖修飾解明に成功
―新たな疾患マーカーの開発促進が期待される―

平成24年8月23日

東京大学医科学研究所

1. 発表者:
周尾 卓也(東京大学医科学研究所 腫瘍細胞社会学分野 特任研究員)
清木 元治(東京大学医科学研究所 腫瘍細胞社会学分野 教授)
田中 耕一(東京大学医科学研究所 客員教授、
          島津製作所 シニアフェロー/同 田中耕一記念質量分析研究所 所長)

2.発表のポイント:
◆どのような成果を出したのか
がん細胞などに由来する極微量タンパク質に付加された糖鎖(注1)を簡便に解析する質量分析(注2)の手法を確立しました。
◆新規性(何が新しいのか)
糖鎖付加タンパク質断片(糖ペプチド)と非修飾ペプチドをワンステップで分離し、測定できる質量分析技術を確立して、がん細胞の膜タンパク質解析に応用しました。その結果、従来法では検知できない糖鎖修飾の不均一性が存在することや予想外の糖鎖付加部位が存在することを世界で初めて示しました。
◆社会的意義/将来の展望
がん細胞表面に存在するタンパク質の糖鎖修飾を正確に調べることができるので、新しいがんマーカーの発見が期待できます。また糖鎖付加により活性が変化するバイオ医薬品などの品質管理に有用です。

3.発表概要:
体を構成するタンパク質に付加する糖鎖には、タンパク質の機能を制御する役割があります。糖鎖に異常があると、様々な病気や病態変化を引き起こすため、糖鎖の構造やタンパク質との結合部位の解析は非常に重要です。しかし、糖鎖の解析には、専門技術や大量の試料が必要で、生体材料から得られる微量の試料を調べることは困難でした。

今回、東京大学医科学研究所の周尾卓也博士(グローバルCOE(注3)による特任研究員)と清木元治教授らは、島津製作所の田中耕一シニアフェローらと共同で、新たに開発した手法によりがん細胞の浸潤に必要なタンパク質MT1-MMP(注4)の糖鎖解析を行いました。その結果、このがん細胞内ではMT1-MMPに付加する糖鎖数が一定ではなく、不均一性があることが初めて示されました。また、予想外の部位に糖鎖付加が起こりうることも判明しました。これは以前の手法では得られなかった成果です。

今回用いられた新しい手法は、極微量の試料で、正常細胞とがん細胞の糖鎖修飾の変化を簡便に調べ、比較することができます。本手法の開発により、今後、新たな疾患マーカーの発見が期待されます。また、本分析法は、バイオ医薬品等の品質管理にも有用な手段となります。

4.発表内容:
・研究の経緯
東京大学医科学研究所では、平成21年度より島津製作所(田中耕一記念質量分析研究所・所長)の田中耕一シニアフェローを客員教授に招聘し、質量分析を用いたタンパク質翻訳後修飾(注5)の解析手法の開発とその医科学研究への応用を共同で進めてきました。

・研究の内容
タンパク質の翻訳後修飾の中で最も多いのが糖鎖による修飾反応で、タンパク質の50%以上には糖鎖が付加されています。糖鎖はタンパク質の機能を制御する重要な役割を担っており、その異常はがん、自己免疫疾患など様々な病気の発症や病態の変化の原因となる場合があります。しかし、それぞれのタンパク質に対して加えられた固有で複雑な糖鎖の実体を明らかにすることは、現在でも非常に技術的困難を伴う解析です。
近年、タンパク質を修飾する糖鎖の構造と結合部位を同定する手段としてMALDI質量分析が必要不可欠となっています。MALDI(Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization、マトリックス支援レーザー脱離イオン化)(注6)は、田中シニアフェローが発明したレーザーイオン化法(ソフトレーザ脱離法:2002年ノーベル化学賞)を最も有効に応用してタンパク質をイオン化します。MALDI質量分析でタンパク質に付加された糖鎖を解析するためには、あらかじめ糖鎖を含むタンパク質断片(糖ペプチド)のみを単離しなければなりませんが、専門的な技術を要し、困難な場合が多いのが現状でした。
今回の研究に用いた液体マトリックスを用いる新規手法は、島津製作所で開発されました。本法では、マトリックス上に直接、糖ペプチドを含む混合物を、あらかじめ分離することなく載せます。混合物から糖ペプチドが、その場で分離・濃縮されるために、解析が容易になるだけでなく、高感度解析も可能になりました。
図1のとおりに、本法では、試料となるタンパク質の消化物(糖鎖が付加された、あるいは未修飾のペプチドを含む)を液体マトリックスの上に載せます。その表面で、試料中の水分が徐々に蒸発すると、水に溶けやすい糖ペプチドは中心部に濃縮され、その周辺部には非修飾ペプチドが残ります。
本法を、実際の生体試料の解析に適用できるよう最適化するために、これまでに精査することが困難であった、がん細胞の膜タンパク質であるMT1-MMPの糖鎖解析を実施し、MT1-MMPに付加された糖鎖の構造と結合部位に多様性があることを明らかにしました。MT1-MMP(Membrane Type 1 Matrix Metalloproteinase)は、東京大学医科学研究所の清木元治教授らが発見した細胞膜貫通型のタンパク質分解酵素で、がん細胞が他の組織に浸潤し転移する際に必要とされます。MT1-MMPを修飾する糖鎖が酵素の活性や安定性、代謝回転に関与すると考えられていますが、その糖鎖構造や付加部位の詳細は不明のままでした。
図2のとおりに、ヒト線維肉腫の株化細胞(がん細胞の一種)から回収したMT1-MMPタンパク質の質量分析では、液体マトリックスの中心部から、付加した糖鎖ユニットの数の相違(質量にして162あるいは203の違いを持つ7つのピーク)に相当するシグナルを明確に検出することができました。これらのシグナルは同一のペプチドに由来するシグナルであり、4糖から10糖までの糖鎖付加状態の相違を反映しています。すなわち、このがん細胞内ではMT1-MMPに付加する糖鎖数が一定ではなく、不均一性があることが初めて示されました。同じ試料を従来のMALDI法で解析すると糖ペプチドのシグナルは検出できませんでした。
本法の開発によって、従来よりも極めて簡便に、個々のタンパク質の糖鎖修飾の状態を知ることができるようになりました。糖鎖修飾の異常は様々な疾患の発症や病態の変化の原因となる場合があることから、本法の活用により、これまで困難であった種々のタンパク質の糖鎖解析が促進されます。また、様々な疾患の発症機序の解明や新たな疾患マーカーの発見などが期待されます。

5.発表雑誌:
雑誌名: 「PLoS ONE」(オンライン出版 無料公開)
公開日時: 日本時間2012年8月23日午前6時(米国東部夏時間22日午後5時)
公開アドレス: http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0043751
論文タイトル:  Detection of the Heterogeneous O-Glycosylation Profile of MT1-MMP Expressed in Cancer Cells by a Simple MALDI-MS Method
DOI番号: 10.1371/journal.pone.0043751
著者: Takuya Shuo, Naohiko Koshikawa, Daisuke Hoshino, Tomoko Minegishi, Hiroko Ao-Kondo, Masaaki Oyama, Sadanori Sekiya, Shinichi Iwamoto, Koichi Tanaka, Motoharu Seiki

6.問い合わせ先:
東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 腫瘍細胞社会学分野
特任研究員 周尾 卓也(シュウオ タクヤ)
教授    清木 元治(セイキ モトハル)

参考)島津製作所 田中耕一記念質量分析研究所 (http://www.shimadzu.co.jp/aboutus/ms_r/)

7.用語解説:
(注1)糖鎖
  各種の糖がつながり合った化合物の総称
  参照)http://ja.wikipedia.org/wiki/糖鎖  ウィキペディア日本語版
2)質量分析
  化学物質の重さを量り、その中身を解析する方法
  参照)http://ja.wikipedia.org/wiki/質量分析  ウィキペディア日本語版
3)グローバルCOE
  がんと感染症に対する新規治療法・予防法・対策プログラムの開発と、これらの疾患に対する先端医療開発を担う若手人材を育成している。
  参照)http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/gcoe/  ゲノム情報に基づく先端医療の教育研究拠点 ‐オーダーメイド医療の実現と感染症克服を目指して‐
4)MT1-MMP(Membrane Type 1 Matrix Metalloproteinase)
  膜型タンパク質分解酵素で、がん細胞が浸潤・転移する際にがん細胞周囲の物質を分解する。
  参照)http://www.motoharu-seiki.com/about/  東京大学医科学研究所腫瘍細胞社会学分野HP・研究概要
5)翻訳後修飾
  タンパク質が作られてから起こる化学的な修飾反応の総称
  参照)http://ja.wikipedia.org/wiki/翻訳後修飾  ウィキペディア日本語版
6)MALDI(Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization、マトリックス支援レーザー脱離イオン化)
  化学物質のレーザーイオン化法で、マトリックスを介して化学物質をイオン化する。
  参照)http://www.shimadzu.co.jp/aboutus/ms_r/qa.html  島津製作所HP・ノーベル賞と質量分析10の質問

8.研究資金:
文部科学省グローバルCOEプログラム「ゲノム情報に基づく先端医療の教育研究拠点‐オーダーメイド医療の実現と感染症克服を目指して‐」、科学研究費補助金・基盤研究(S) [22220014]の支援を受けた。

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