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HSP70タンパク質のメチル化がヒトがん化に及ぼす影響を世界で初めて解析 ―ヒトがん細胞の異常増殖や悪性化の一因となる新規メカニズムの発見―研究成果

HSP70タンパク質のメチル化がヒトがん化に及ぼす影響を世界で初めて解析
―ヒトがん細胞の異常増殖や悪性化の一因となる新規メカニズムの発見―

平成24年9月19日

東京大学医科学研究所

1. 発表者: 東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター シークエンス技術開発分野
助教 浜本隆二

2.発表のポイント: 
  ◆どのような成果を出したのか
  がん細胞の異常増殖や悪性化の一因となる新規メカニズムを解明した。
  ◆新規性(何が新しいのか)
  HSP70タンパク質メチル化がヒトがん化に及ぼす影響を詳細に解析した初めての報告及び、HSP70メチル化を報告した初めての報告。
  ◆社会的意義/将来の展望
  本研究成果は抗がん治療に直結することが期待される。

3.発表概要:
東京大学医科学研究所の浜本隆二助教/チームリーダー・趙顯洙研究員、シカゴ大学医学部(兼)東京大学医科学研究所の中村祐輔教授、理化学研究所吉田化学遺伝学研究室の吉田稔主任研究員・島津忠広研究員らの研究グループは共同で、がん細胞の異常増殖や悪性化の一因となる新規メカニズムを発見した。
彼らは、正常細胞の中で外界ストレス応答を担う制御タンパク質(heat shock protein 70) HSP70ががん細胞の中でメチル化され、異常な細胞局在及び細胞増殖を促進させる事を突き止めた。これまで、HSP70タンパク質メチル化がヒトがん化に及ぼす影響を詳細に解析された例はなく、本成果は世界に先駆ける重要な発見である。
近年、がん治療を受ける患者の負担を減らすため、がん細胞に特異的に作用する分子標的治療法の開発が注目されているが、本成果により、タンパク質のメチル化を標的とする新しい治療薬開発のアプローチが示された。
本研究成果は、英国科学雑誌Nature Communicationsの9月18日号オンライン版に掲載される。

4.発表内容:
近年の分子医学の発展、集学的治療の進歩により、“がん”という疾患による脅威は減少しつつあるが、依然日本人の死因第一位を占め、効果的ながん治療法の確立は常に国民から期待されている。また、化学療法による副作用はがん患者のQOLを著しく低下させているのは周知の事実であり、がん細胞特異的に作用する分子標的治療法の開発が注目されている。これまでがん分子標的治療法開発においては、タンパク質のリン酸化が主な標的となっており、グリベックなど効果的な治療薬が開発されてきた。一方、研究グループはタンパク質のメチル化に焦点をあて研究を行い、本研究では、正常細胞の中で外界ストレス応答を担う制御タンパク質(heat shock protein 70) HSP70ががん細胞の中ではメチル化され、異常な細胞局在及び細胞増殖を促進させる事を突き止めた。これは世界に先駆ける重要な発見で、分子標的治療薬開発における新しい標的になる可能性が示された。

本研究グループははじめに、がん特異的にメチル化が亢進しているタンパク質を同定することを目的に、pan-methyl lysine抗体を用いて非腫瘍細胞と比して腫瘍細胞でメチル化が亢進しているタンパク質をマススペクトロメトリー(注)で解析したころ、HSP70が同定された。同じくマススペクトロメトリーで詳細にメチル化部位を解析したところ、561番目のリジン残基がジメチル化していることが同定された。そこで、特異抗体を作製し臨床検体を用いて免疫組織学的解析を行った結果、このメチル化は肺がん組織、膀胱がん組織、腎がん組織において非腫瘍部と比して腫瘍部で著しくメチル化が亢進していることが分かった。興味深いことに、通常HSP70は細胞質に主に存在しているが、メチル化したHSP70は主に細胞核に局在していた。一方、このメチル化を司るメチル化酵素の探索を行ったところ、ヒストンメチル化酵素SETD1AがHSP70をメチル化していることを同定し、SETD1Aの発現もがん細胞特異的に亢進していることを突き止めた。

続いてがん細胞中でのメチル化HSP70の機能を解析する目的で、メチル化HSP70に結合するタンパク質を免疫沈降法で探索したところ、細胞分裂に必須なAurora Bキナーゼが同定された。メチル化HSP70がAurora Bキナーゼに結合するとその活性は増強されることから、メチル化HSP70が核内に局在することにより、細胞分裂が促進すると考えられた。実際に野生型HSP70に比して、メチル化非活性型HSP70を強制発現させることにより細胞の増殖が有意に低下することから、メチル化HSP70はAurora Bキナーゼを活性化させることにより、がん細胞の異常増殖及び悪性化に寄与していることが示唆された。

本研究によりヒストンメチル化酵素SETD1AがHSP70をメチル化し、メチル化HSP70はAurora Bキナーゼを介してがん細胞の異常増殖及び悪性化に寄与するという新しいメカニズムが明らかになった。SETD1Aの発現をノックダウンすることによりがん細胞の増殖が著しく抑制されることから、SETD1Aの機能を阻害しHSP70メチル化を抑制することは抗がん治療に直結することが期待される。また、これまでタンパク質リン酸化が中心であった分子標的治療法開発において、タンパク質メチル化が新しい標的となる可能性が示唆された。本研究は、文部科学省「次世代がん研究戦略推進プロジェクト(P-DIRECT)」の一環で実施したものであり、英国科学雑誌Nature Communicationsの9月18日号オンライン版に掲載される。

5.発表雑誌:
雑誌名:Nature Communications 9月18日号オンライン版
論文タイトル:Enhanced HSP70 lysine methylation promotes proliferation of cancer cells through activation of aurora kinase B
著者:Hyun-Soo Cho, Tadahiro Shimazu, Gouji Toyokawa, Yataro Daigo, Yoshihiko Maehara, Shinya Hayami, Akihiro Ito, Ken Masuda, Noriko Ikawa, Helen I. Field, Eiju Tsuchiya, Shin-ichi Ohnuma, Bruce A.J. Ponder, Minoru Yoshida, Yusuke Nakamura & Ryuji Hamamoto†   
†: corresponding author
DOI番号:10.1038/ncomms2074

6.問い合わせ先: 
東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター 
シークエンス技術開発分野 助教 浜本隆二

7.用語解説:
(注)マススペクトロメトリー: 試料を気体状のイオンにして真空中で移動させ、質量・電荷(m/z)にしたがって分離し、各イオンの強度を測定する分析方法。分子量、分子構造決定などに使用される。

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