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重要な機能をもつ“非コードRNA”を新たに発見 ―胎生期のニューロン分化に必要不可欠―研究成果

重要な機能をもつ“非コードRNA”を新たに発見
―胎生期のニューロン分化に必要不可欠―

平成24年10月5日

東京大学分子細胞生物学研究所

1.発表者:後藤 由季子(東京大学分子細胞生物学研究所 教授)
       小野口 真広(東京大学分子細胞生物学研究所 学術支援職員)

2.発表のポイント:
◆どのような成果を出したのか
ほ乳類の大脳皮質において、ニューロン分化に重要な遺伝子Neurog1の発現に必要な新規の非コードRNA(注1)が存在することを発見した。
◆ 新規性(何が新しいのか)
Neurog1遺伝子のエンハンサー領域(注2)から新規の非コードRNAが転写され、Neurog1遺伝子の発現調節に重要な役割を果たしていることを世界で初めて示した。
◆ 社会的意義/将来の展望
これまで機能が不明だった非コードRNAによる新しい遺伝子の発現制御機構の解明に貢献するもので、遺伝子の発現制御機構の理解を大きく前進させる。遺伝子の発現制御機構の破綻により引き起こされる様々な疾患の原因の解明や、新たな治療方法へのアプローチにつながる可能性がある。

3.発表概要:
近年、ほ乳類のゲノムは、遺伝子のタンパク質の情報を保持していない“非コードRNA”を大量に転写していることがわかってきました。これらの多くは、遺伝子が転写される際の副産物、すなわち“ノイズ”のようなものではないかと考えられており、その機能はこれまでほとんどわかっていませんでした。
今回、東京大学分子細胞生物学研究所の後藤由季子 教授、小野口真広 学術支援職員らは、胎生期における神経幹細胞(注3)のニューロン分化に中心的な役割を果たすNeurog1遺伝子の発現調節に、非コードRNAが決定的な働きをしていることを世界で初めて示しました。
ニューロン分化には、Neurog1遺伝子の発現がONになることが必要です。したがって、適切にニューロンを産生して脳を構築するメカニズムを理解するためには、Neurog1遺伝子がどのように発現を調節されているのか知る必要があります。今回、研究グループはエンハンサーと呼ばれるDNA上の制御領域から新規の非コードRNAが転写されていることを発見し、この非コードRNAがNeurog1遺伝子の発現を調節していることを突き止めました。
この発見は、これまで大きな謎であった非コードRNAの役割の一端を示すものであり、遺伝子の発現制御の仕組みに新しい機構が存在する可能性を示唆しており、これまでの遺伝子発現制御機構に対する考え方を大きく変えうる成果です。将来、遺伝子の発現制御機構の破綻により引き起こされる様々な疾患の原因の解明や、新たな治療方法へのアプローチにつながる可能性をもっています。

4.発表内容: 
ほ乳類の大脳は、様々なタイプのニューロンが脳の決められた領域に配置され、互いにネットワークを形成することにより高度な機能を発揮します。これらのニューロンは胎生期に神経幹細胞と呼ばれる細胞が適切に分化することで産生されていきます。Neurog1は神経幹細胞がニューロンに分化する際の決定因子の一つとして知られており、Neurog1遺伝子の発現がONになることが、ニューロン分化に重要です。従ってNeurog1遺伝子の発現がどのように制御されているのかを解明することが、神経幹細胞がニューロンを生み出し、脳を構築していく過程を理解する上で重要であると考えられます。遺伝子の発現制御には、DNA配列上に存在するエンハンサーと呼ばれる制御領域が重要な役割を果たすことが知られています。一般的にエンハンサーは、転写因子などの遺伝子の発現を調節するタンパク質が結合する足場となる領域であると考えられています。

本研究では、エンハンサー領域のDNAの塩基配列の特徴に注目し、この領域から新規の非コードRNAが転写されていることを発見しました。この非コードRNAをutNgn1と呼びます。utNgn1の発現を胎生期のマウスの脳で詳しく調べると、utNgn1はNeurog1の発現パターンと高い相関を示すことがわかり、神経幹細胞がニューロンに分化する際に発現が上昇することがわかりました。重要なことに、utNgn1の働きを阻害すると、Neurog1の発現が減少することがわかりました。これらの結果から、utNgn1はNeurog1の発現を正に制御する新たな制御因子であると考えられます。

ほ乳類のゲノムの大部分は遺伝子がコードされていない領域で占められており、これらの大半の領域は意味を持たない“ジャンクDNA”であると考えられてきました。最近の研究の進展により、これらの領域を含むゲノムのかなりの部分から、遺伝子のタンパク質をコードしていない非コードRNAが転写されていることがわかってきましたが、これらの非コードRNAにどのような役割があるのかについては、わずかな一部の例を除いて、ほとんど明らかにされていません。今回の発見は、これまで大きな謎であった非コードRNAの役割の一端を示すものであり、遺伝子の発現制御の仕組みに新しい機構が存在する可能性を示唆しています。最近、他の複数の研究グループからも本研究と同様の遺伝子発現制御機構が、他の細胞や遺伝子においても存在する可能性があることを示唆する報告がなされています。これらの報告とともに、本研究はこれまでの遺伝子発現制御機構に対する考え方を大きく変えていくものであると考えられます。また、このような非コードRNAが担う未知の機能やその作用機序が解明されれば、将来的に、遺伝子の発現制御機構の破綻により引き起こされる様々な疾患の原因の解明や、新たな治療方法へのアプローチにつながる可能性をもっています。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(10月1-5日オンライン版)
論文タイトル:
A noncoding RNA regulates the neurogenin1 gene locus during mouse neocortical development
著者:小野口 真広、平林 祐介、古関 明彦、後藤 由季子
DOI番号:doi: 10.1073/pnas.1202956109

6.問い合わせ先:
東京大学分子細胞生物学研究所
教授 後藤 由季子 (ごとう ゆきこ)

7.用語解説:
(注1)非コードRNA
遺伝子のタンパク質情報を保持していないRNAをさす。
(注2)エンハンサー領域
DNA配列上に存在する遺伝子の発現調節領域の一つ。転写因子など遺伝子の発現を   調節するタンパク質が結合する足場であると考えられている。これまで、一般的に、多くのエンハンサー領域自体からはRNAは転写されていないと考えられてきた。
(注3)神経幹細胞
ニューロンやグリアなど、神経系の細胞を生み出す元となる細胞。脳の発生において、神経幹細胞は分裂を繰り返しながら、ニューロンやグリア細胞を産生する。

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