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記者会見「「自閉症関連分子Neuroliginの神経活動依存性代謝が神経細胞シナプス形成を制御する」研究成果

記者会見「自閉症関連分子Neuroliginの神経活動依存性代謝が神経細胞シナプス形成を制御する」

平成24年10月18日

東京大学大学院薬学系研究科

日時: 平成24年10月18日(木)14:00~15:00
場所: 薬学系研究科総合研究棟10階セミナー室
発表者: 鈴木邦道(東京大学大学院薬学系研究科 大学院生)
富田泰輔(東京大学大学院薬学系研究科 准教授)
岩坪威(東京大学大学院医学系研究科 教授)

【概要】
東京大学大学院薬学系研究科の富田泰輔准教授、鈴木邦道大学院生、松木則夫教授、福山透教授、同 大学院医学系研究科 岩坪威教授、慶應義塾大学医学部の堀内圭輔特別研究講師、京都大学再生医科学研究所の瀬原淳子教授、独キール大学のPaul Saftig教授らのグループは共同で、脳神経細胞シナプスの制御を行う新規メカニズムを発見しました。
シナプスは神経活動に応じて結合様式や形を変えることが知られています。シナプス形成の異常は自閉症などの精神性疾患の原因となることが知られており、現在、シナプス形成に関わる分子の特定が盛んに行われています。しかし、いまだ不明の点が多く、特に、神経活動からシナプス形成までの一連の流れについてはほとんど調べられていませんでした。
研究グループは、シナプス形成に必須の分子であり、自閉症の発症と関連が示されているシナプス膜タンパク質Neuroliginに着目しました。そして、まず興奮性の神経活動によって、タンパク質切断酵素であるプロテアーゼが活性化しNeuroliginが切断を受けること、その結果Neuroliginの量が減少して、神経細胞シナプス形成が制御されるという一連の流れを見出しました。また切断現象の責任プロテアーゼとしてADAM10とγセクレターゼの関与を明らかにしました。
本研究成果は、プロテアーゼによる、シナプス膜タンパク質切断がシナプスの形成と機能を制御している可能性を示した点で重要です。シナプス形成に関わる分子自体が、そもそもどのように制御を受けているのかを調べ、神経活動からシナプス形成までの全体像を初めて明らかにした成果です。今後、シナプス形成に関わる分子ではなく、その量を決めるプロテアーゼが、自閉症治療薬開発の重要な創薬標的分子となりうることも示唆されます。
本研究成果は、2012年10月18日に米国科学雑誌「Neuron」に公開されます。なお本研究は科学技術振興機構、文部科学省科学研究費補助金、細胞科学研究財団などの助成を受けて行われました。

【発表内容】
<研究の背景>
神経活動を支える脳の神経細胞はシナプスによってお互いにつながりあい、ネットワークを形成しています。神経細胞のネットワークは記憶や学習、情動などの脳機能に重要な役割を果たし、シナプスはそのネットワークを形作る素子とも言えます。神経活動に応じてシナプスの量や質が変化することが示されてきましたが、その分子基盤には不明の点が多く残されてきました。近年、Neuroliginと呼ばれる膜タンパク質が注目を集めてきました。Neuroliginはシナプス後膜に存在し、シナプス前膜に存在するNeurexinと結合することにより、神経細胞シナプスを新たに形成することができる、「シナプス形成分子」ファミリーに属する分子です。特にNeuroligin 1は興奮性シナプスに存在し、シナプスの形成や維持に関わっていると考えられています(図1)。興味深いことに、自閉症スペクトラム障害患者において、Neuroligin 1の遺伝子増幅が発見され、またNeuroligin 1を過剰発現、あるいは逆にノックアウトしたマウスにおいて自閉症様行動が観察されています。自閉症スペクトラム障害の発症は中枢神経ネットワークの興奮と抑制のバランスが崩れていることが一因と考えられており、Neuroliginの量が自閉症発症との深い関連を有することが示唆されていました。しかし、Neuroligin 1の量がどのようなメカニズムで制御されるかは全く不明でした。

<研究の詳細>
研究グループは、マウス及びラット脳の生化学的分析によりNeuroliginの切断断片を見出したことを契機に、主に初代培養神経細胞を用いてNeuroliginの代謝を詳細に検討しました。その結果、Neuroliginの細胞外ドメインがメタロプロテアーゼ活性により切断を受けて分泌されること、残った膜貫通領域を含むC末端断片がさらにγセクレターゼ活性によって切断をうけ、細胞内ドメインが細胞質に放出されることを見出しました。特にNeuroligin 1細胞外ドメインの分泌に関わるプロテアーゼについては、各種遺伝子ノックアウトマウス由来の培養細胞や、特異的阻害剤を利用して詳細に検討を加えた結果、ADAM10(A Disintegrin and metalloproteinase domain-containing protein 10)と呼ばれる膜結合型プロテアーゼがその責任酵素であることを明らかにしました。ADAM10ノックアウトマウスのシナプス後膜においてNeuroligin 1の分泌が低下していることが確認され、Neuroligin 1はADAM10とγセクレターゼによって切断を受けることが証明されました。
次に、この切断の意義を調べるため、神経細胞に対して様々な刺激を加えたところ、NMDA型グルタミン酸受容体の刺激によりNeuroligin 1の切断が上昇することが明らかになりました。またこの切断は細胞の表面膜上で起こっていること、分泌型Neurexin投与によって増加すること、さらにてんかんモデルマウスにおいてNeuroligin 1の切断が増加することなどから、シナプス膜に存在するNeuroligin 1が興奮性神経活動に応じて切断を受けるものと結論されました。そこでこの切断の機能的意義について検討するために、切断を受けたあとの形に一致するNeuroligin 1断片や、突然変異を導入して切断を受けない形に変換したNeuroligin 1を神経細胞に発現させ、シナプス形成について検討を加えました。その結果、ADAM10とγセクレターゼによる切断は、シナプス形成に関わる細胞表面膜上のNeuroligin 1量の低下を介して、シナプス形成を負に制御(抑制)していることが明らかになりました。すなわち、興奮性の刺激を受け取った神経細胞シナプスでは、これらのプロテアーゼによる切断を介してNeuroligin 1の量が低下し、神経細胞シナプス結合量を適正なレベルに調節している可能性が示唆されました(図2)。ADAM10、γセクレターゼは、アルツハイマー病の原因タンパク質であるアミロイドβの形成を制御するプロテアーゼでもあり、これらのプロテアーゼ群が正常なシナプス機能や様々な疾患に共通に関与していることは興味深い事実です。

<社会的意義>
本研究成果は、自閉症関連分子のNeuroligin 1がADAM10、γセクレターゼによって切断を受けることにより、シナプス形成能が直接的に制御されていることを実証するものです。Neuroligin 1の発現量の異常が自閉症の発症に繋がる可能性が示されていることから、これらのプロテアーゼ活性は自閉症スペクトラム障害における治療薬開発において重要な創薬標的となり得る可能性があります。

【発表雑誌】
雑誌名: Neuron
論文タイトル: Activity-dependent Proteolytic Cleavage of Neuroligin 1
著者: Kunimichi Suzuki, Yukari Hayashi, Soichiro Nakahara, Hiroshi Kumazaki, Johannes Prox, Keisuke Horiuchi, Mingshuo Zeng, Shun Tanimura, Yoshitake Nishiyama, Satoko Osawa, Atsuko Sehara-Fujisawa, Paul Saftig, Satoshi Yokoshima, Tohru Fukuyama, Norio Matsuki, Ryuta Koyama, Taisuke Tomita, Takeshi Iwatsubo

【問い合わせ先】
富田泰輔 准教授
東京大学大学院薬学系研究科 臨床薬学教室

【用語解説】
シナプス:ニューロンとニューロンの間で信号を伝達するためのつなぎ目のこと。神経伝達物質が貯蔵されている神経終末(シナプス前末端)とその神経伝達物質を受け取る受容体が集積したシナプス後膜がごく狭い隙間で隔てられている。

プロテアーゼ:アミノ酸がペプチド結合によって鎖状に連結したタンパク質を加水分解する酵素

NMDA型グルタミン酸受容体:グルタミン酸受容体の一種で、記憶や学習に深く関わる受容体と考えられている。

【添付資料】
こちらからダウンロードできます。

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