PRESS RELEASES

印刷

記者会見「見た目だけで、我々の温度感覚は左右される!」研究成果

記者会見「見た目だけで、我々の温度感覚は左右される!」

平成24年11月8日

東京大学大学院人文社会系研究科

1.会見日時:2012年11月6日(火)14:00~15:00

2.会見場所:東京大学本郷キャンパス 法文2号館 文学部教員談話室

3.出席者: 横澤一彦(東京大学大学院人文社会系研究科心理学専門分野 教授)
       金谷翔子(東京大学大学院人文社会系研究科心理学専修課程 博士課程)

4.発表のポイント
◆どのような成果を出したのか
  体に触れている物体の見た目と実際の温度を独立に操作できる心理実験手法を考案し、見た目によって温度感覚の錯覚が生じることをつきとめました。 
◆新規性(何が新しいのか)
  物体の見た目が我々ヒトの温度感覚に直接影響することを明らかにした、初めての研究成果です。
◆社会的意義/将来の展望
  きめ細かい温度感覚が皮膚に備わっていなくても、処理が速く正確な視覚情報が日常的な温度知覚を補うことができることを明らかにしました。

5.発表概要
  氷を見ただけで、ひんやりと感じるだろうか? このような素朴な疑問は、心理学において古くから検討されてきましたが、見た目が温度感覚に直接影響することは確かめられていませんでした。なぜならば、実際に体に触れている物体の温度を変えずに、見た目だけを変える操作が困難なためです。
  このたび、東京大学大学院人文社会系研究科の横澤一彦教授らは、作り物の手を自分の手と感じる錯覚であるラバーハンド錯覚(注1)を利用することで、手に触れている物体の見た目と実際の温度を独立に操作する手法を考案し、見た目によって温度の錯覚が生じることをつきとめました。たとえば、隠れて見えない自分の手に、一定温度に保たれたプラスチック・キューブが二度触れます。このタイミングを合わせ、目の前で作り物の手にプラスチック・キューブに続いて氷が触れます。すると、自分の手の上の物体が冷たくなったと報告されました。自分の手に触れられた物体は変化していないので、見た目だけで温度感覚が騙されたことになります。発見された現象は、きめ細かい温度感覚が皮膚に備わっていなくても、処理が早く正確な視覚情報が日常的な温度知覚を補えることを示しています。

6.発表内容
  自分のそばにある赤い炎を見ただけでも、熱いと感じたり、氷を見ただけで、ひんやりした気になったりするかと聞かれれば、多くの方は同意するでしょう。ただ、そう感じるのは、炎や氷がそばにあって、それぞれの温度が皮膚感覚に直接影響しているからかもしれないし、皮膚感覚とは関係ない単なる思い込みかもしれません。一方, テレビや映画などで、炎や氷の映像を見ても、特に温度に関する皮膚感覚(温度感覚)が変わる訳ではないでしょう。それでは、温度感覚とは別に、近づいたり触れられたりしている炎や氷を見ただけで、触れられているものが本当に熱くなったり、ひんやり感じたりするのでしょうか? このような素朴な疑問は、視覚と温度感覚という感覚間の相互作用を調べる心理学において古くから検討されてきました (Morgensen & English, 1926; Bennett, 1972)が、物体の見た目が温度感覚に直接影響するという仮説を支持するような研究結果はこれまで報告されていませんでした。なぜならば、炎でも氷でも、実物が体に触れている、もしくは近づいているのが見えるのに、その温度だけが実際とは異なるような状況を可能にするような厳密な操作が困難であったためです。たとえば、本物の氷が自分の体に触れていても、実際には体に与えられる温度がそれとは無関係に操作され、冷たくないような場合も独立して設定できなければ、上述のような仮説を確かめることができません。

  このたび、東京大学大学院人文社会系研究科の横澤一彦教授のグループは、ラバーハンド錯覚(注1) (Botvinick & Cohen, 1998)を利用することで、自分の体に触れている物体が見えているのに、その物体の温度を、独立して操作できる手法を考案し、心理学的な実験によって、単なる思い込みではなく、物体の見た目が温度感覚に直接影響することを支持する、初めての研究成果を発表しました。ラバーハンド錯覚とは、片腕を隠し、その代わりに義手やゴムで作った作り物の手を少し離れた位置に見えるように置き、実験者が作り物の手と本物の手を同期させながら筆でこするとき、作り物の手を本物の自分の手と感じるようになる錯覚です。同期させずに筆でこするときには、このような錯覚は生じないことから、同期した視覚と触覚の相互作用によって生じる現象であることが明らかになっています。

  実験の結果、ラバーハンド錯覚が生じたときにだけ、温度感覚の錯覚が生じることをつきとめました。たとえば、隠された自分の手に、一定の温度に保たれたプラスチック・キューブを繰り返し触れ、それに同期して作り物の手に触れる物体をプラスチック・キューブから氷(アイス・キューブ)に代えると、自分の手の上の物体が冷たくなったと感じると報告されました。逆に、作り物の手に触れる物体を氷からプラスチック・キューブに代えると、暖かくなったと感じると報告されました。いずれも、実際には見えない自分の手に触れられている物体は変化していないので、見た目だけで温度感覚が騙されたことになります。ただし、自分では見えていない手に触れるプラスチック・キューブの温度を変化させると、視覚的に何を見せていても、正しい温度変化を報告できました。すなわち、ラバーハンド錯覚が生じていても、隠されている自分の手の温度感覚が完全になくなっている訳ではありませんでした。さらに、作り物の手と本物の手に非同期な触覚刺激を与え、ラバーハンド錯覚を生じさせないときには、上述のような温度感覚の錯覚はいずれも観察できないことから、皮膚感覚とは関係ない、単なる思い込みで生じる現象ではないことが明らかになりました。

  今回発見された現象は、必ずしも我々の温度感覚が視覚情報によってゆがめられる事実だけを示している訳ではなく、きめ細かい温度感覚が皮膚に備わっていなくても、日常生活においては、一般的に処理が早く正確な視覚情報が我々の温度感覚を補うことができることを示していると考えられます。

7.発表雑誌
雑誌名:「PLoS ONE」(プロス ワン)

論文タイトル:Does seeing ice really feel cold?: Visual-thermal interaction under an illusory body-ownership
著者:Shoko Kanaya, Yuka Matsushima, & Kazuhiko Yokosawa
DOI番号:10.1371/journal.pone.0047293
アブストラクトURL:http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0047293

8.問い合わせ先
  東京大学大学院人文社会系研究科 心理学専修課程 教授 横澤一彦

9.用語解説
(注1) ラバーハンド錯覚(rubber hand illusion)
  義手もしくはゴムで作ったような作り物の手を机上におき、実験参加者の片腕は隠して見えないように置きます。実験者は、作り物の手と本物の手を同期させながら筆でこすります。このとき、作り物の手を本物の自分の手と感じる現象です。

添付資料はこちら

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる