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大腸炎の新たな抑制機構を解明 ―炎症性腸疾患、アレルギー疾患の治療法確立に期待―研究成果

大腸炎の新たな抑制機構を解明
―炎症性腸疾患、アレルギー疾患の治療法確立に期待―

平成24年12月4日

東京大学生産技術研究所

1.発表者:
  根岸英雄 : 東京大学 生産技術研究所 分子免疫学分野 特任助教
  三木祥治 : 東京大学 生産技術研究所 分子免疫学分野 博士課程1年
  更級葉菜 : 東京大学 生産技術研究所 分子免疫学分野 博士課程1年
  谷口維紹 : 東京大学 生産技術研究所 分子免疫学分野 特任教授

2.発表のポイント: 
◆成果
  大腸炎の抑制に関与する新しい分子機構を解明した。

◆新規性
  大腸内の核酸が大腸炎を抑制するサイトカイン(TSLP、IL-33)の発現に寄与しており、その遺伝子発現機構にIRF3という転写因子1が中心的な役割を果たすことを明らかにした。

◆社会的意義/将来の展望
  炎症性腸疾患、アレルギー疾患に対して治療法確立の手掛かりとなる可能性がある。

3.発表概要: 
東京大学生産技術研究所 分子免疫学分野の根岸英雄特任助教らの研究グループは、自然免疫受容体経路の活性化が大腸炎を抑制する分子機構の一つを解明しました。大腸炎の抑制に自然免疫応答を活性化するパターン認識受容体経路が関わっていることはこれまでも知られていましたが、その背後にある分子機構についてはよくわかっていませんでした。
本研究グループは、大腸内で活性化されているIRF3という転写因子が、大腸炎の抑制に必須の役割を果たしており、遺伝子操作によってIRF3を除いたマウス(IRF3欠損マウス)では、DSS誘導性の大腸炎モデル2において、重篤な大腸炎が起こることを発見しました。IRF3欠損マウスでは著明に炎症が増強することに加え、炎症からの回復が全く起こらず、最終的には死に至ります。さらに、IRF3による腸炎の抑制機構を解析した結果、IRF3が腸炎からの回復に寄与するサイトカイン3であるTSLPおよびIL-33の遺伝子発現に必須であることが分かりました。また、このようなIRF3の活性化に腸内に含まれる核酸が関与しており、核酸によって活性化する細胞質内の自然免疫受容体経路が重要であることが明らかになりました。
この発見は、IRF3を活性化する核酸の投与が大腸炎の予防や治療に繋がる可能性を示しています。また、TSLPやIL-33は喘息や鼻炎などのアレルギー疾患に関与すると考えられているため、今後、この仕組みをさらに詳細に解析することによって、アレルギー疾患の治療法の確立にも繋がる可能性があります。
本研究は、東京大学 生産技術研究所 分子免疫学分野(谷口維紹特任教授)にて行われたもので、同大学大学院医学系研究科 免疫学講座の本田賢也准教授らと共同で行ったものです。
本研究成果は、2012年12月3日PM3:00(米国東部時間)に米国科学誌「PNAS」のオンライン速報版で公開されます。

4.発表内容: 
<研究の背景と経緯>
  腸内細菌による自然免疫応答の活性化は、炎症性腸疾患と密接に関係しています。大腸内の上皮細胞や免疫細胞には様々なパターン認識受容体、Toll様受容体(TLR)、RIG-I様受容体(RLR)、NOD様受容体(NLR)などが発現しており、腸内細菌をはじめとした様々な腸の内容物によって活性化を受けると考えられており、中でもTLRとRLRの活性化は大腸炎の制御に重要な役割を果たすことが分かっています。しかしながら、TLRおよびRLRは通常の抗原提示細胞では、炎症性サイトカインやケモカインの産生を介して、免疫応答の活性化に寄与しており、むしろ炎症を活性化する事が知られていますが、なぜ、大腸炎に対して抑制的に働くのかは不明であり、その分子機序についてもよく分かっていませんでした。
 
<研究の内容>
本研究グループはTLRおよびRLR経路がどのような機構で大腸炎を抑制するか解明するため、これら受容体の下流で遺伝子発現を制御する重要な転写因子である「IRFファミリー転写因子」に着目して解析を行いました。まず、9つあるIRFファミリー転写因子中で、特にTLR/RLR下流の転写制御に重要なIRF3およびIRF5に着目し、欠損マウスにおいてデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導性の大腸炎を起こしたところ、IRF3欠損マウスで大腸炎が劇的に悪化することを発見しました(図1)。さらにDSS誘導性の大腸炎には、炎症のステップ(体重減少期)と炎症からの回復のステップ(体重回復期)がありますが、いずれのステップにもIRF3欠損マウスには異常があり、著明な炎症が起こることに加え、全く回復が起こらないことが分かりました。このような結果は今までのIRF3の機能では説明できないことから、新たなIRF3の標的遺伝子を探索したところ、大腸炎の抑制に関わるTSLPおよびIL-33の遺伝子発現がIRF3欠損マウスの大腸において著明に減弱していることが分かりました(図2左)。さらにこのような遺伝子の誘導機構を解析するため、大腸内容物の懸濁液で細胞を刺激したところ、IRF3によってTSLP/IL-33の遺伝子発現が誘導されることが分かりました(図2右)。さらにどのような自然免疫受容体経路がこの誘導に関わっているかを調べるため、siRNA4をもちいて解析したところ、TSLP/IL-33の誘導にはSTING、IPS-1が重要であり、さらに腸内に含まれる核酸が関与していることも分かりました(図3)。これらの結果から、大腸内に存在する核酸がRLR経路を介してIRF3依存的なTSLP/IL-33の発現誘導を引き起こすことが、大腸炎の抑制に重要であると考えられます(まとめ図)。

<今後の展開>
  本研究によって、大腸炎を抑制する新しい機構が解明されました。大腸内には腸内細菌、大腸上皮細胞の死細胞、さらには食物に由来する様々な核酸が大量に含まれていると考えられます。そのような核酸が細胞の表面ではなく、細胞質内の核酸認識受容体を介してIRF3を活性化し、TSLPやIL-33の発現誘導を行っているということは学術的に非常に興味深い現象です。通常の場合、核酸は細胞質内に輸送されづらく、単独では強い免疫性を持たないことがこれまでに分かっていましたので、今回の研究成果から、大腸内では核酸を細胞質内に輸送する未知の機構が存在することを示唆しています。このことはIRF3を活性化する核酸をもちいた治療が現実的に実現可能なことを示唆しています。すなわち、特別な修飾や化学薬品を用いなくても、例えばcyclic-di-GMPなどのようにSTING-IRF3経路を活性化する核酸を大腸内に単純投与することによって、IRF3を活性化し、大腸炎を抑制できる可能性を示唆しています。このように、大腸炎に対する核酸の治療効果を検証することで、今後、炎症性腸疾患の治療法が確立できる可能性があります。
  一方で、TSLPおよびIL-33はアレルギー性疾患を悪化させる働きがあることが分かっています。さらに、このような疾患において、核酸が悪化に関わることも分かっているため、IRF3を標的とし、その働きを阻害することで、アレルギー性疾患の治療法が確立できる可能性があります。今後、IRF3を標的とした阻害剤やsiRNAが、アレルギー性疾患に対する治療薬となる可能性があります。

本成果は、主に以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」
(研究総括:菅村和夫 宮城県立病院機構 理事長)
   研究課題名:核酸を主体とした免疫応答制御機構の解明とその制御法の開発
   研究代表者:谷口 維紹
研究期間:平成21年11月~平成27年3月
JSTはこの領域で、アレルギー疾患や自己免疫疾患を中心とするヒトの免疫疾患を予防・診断・治療することを目的に、免疫システムを適正に機能させる基盤技術の構築を目指しています。
上記研究課題では、核酸に対する自然免疫応答のしくみの解析やそれを制御する物質の単離を行なうことで、感染防御や自己免疫疾患における免疫応答の制御法の確立を目指します。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences, PNAS)」(米国東部時間:12月3日(月)午後3時)
論文タイトル:Essential contribution of IRF3 to intestinal homeostasis and microbiota-mediated Tslp gene induction
著者:根岸英雄*, 三木祥治*, 更級葉菜*, 新(田口)奈緒子, 中島啓, 松木康祐, 遠藤信康, 柳井秀元, 西尾純子, 本田賢也, 谷口維紹*

6.問い合わせ先:  
東京大学 生産技術研究所 分子免疫学分野
特任教授 谷口 維紹(タニグチ タダツグ)
特任助教 根岸 英雄(ネギシ ヒデオ)

7.用語説明
1.転写因子 : 遺伝子の発現を調節するタンパク質。遺伝子が発現活性化すると、その遺伝子がコードしている蛋白が作られる。
2.DSS誘導性の大腸炎モデル : DSS(デキストラン硫酸)をマウスに飲ませることによって、大腸炎を誘発するマウスモデル。DSSは大腸の上皮細胞を傷つける働きがある。
3.サイトカイン : 免疫系の細胞から産生される蛋白。他の細胞の活性に影響を与える作用を持つ。
4. siRNA : 目的の遺伝子の発現を抑制する機能をもつ短いRNA。配列を変える事で、様々な遺伝子を抑制するsiRNAを容易に作る事ができる。

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