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複雑疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出を可能にする、新しい動的ネットワークバイオマーカー理論研究成果

複雑疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出を可能にする、
新しい動的ネットワークバイオマーカー理論

平成24年12月11日

東京大学生産技術研究所

1.発表者:
劉 鋭 Rui Liu(科学技術振興機構 合原最先端数理モデルプロジェクト 研究員 /
東京大学 生産技術研究所 民間等共同研究員)
陳 洛南 Luonan Chen(東京大学 生産技術研究所 客員教授/
Chinese Academy of Sciences, Professor)
合原 一幸 Kazuyuki Aihara(東京大学 生産技術研究所 教授)

2.発表ポイント
①疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出を可能とする「動的ネットワークバイオマーカー(DNB:Dynamical Network Biomarker)(注1)」理論(図1)を実際に活用する数学的手法を提案するとともに、実データでその有効性を検証した。
②遺伝子やタンパク質の大規模発現データからDNB(およびそれを拡張したSNE (State-transition-based local Network Entropy) ネットワーク)を求める新たなアルゴリズムを開発し(図2)、それにより、全く新しい「動的ネットワーク(注2)から成るバイオマーカー」が広く利用できるようになった。
③本手法は、様々な複雑疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出を可能にすることが期待される。

3.発表概要:
東京大学生産技術研究所の劉鋭研究員(内閣府/JSPS FIRSTプログラム 合原最先端数理モデルプロジェクト研究員)、陳洛南客員教授、合原一幸教授らの研究チームは、多数の遺伝子等が関与する複雑疾病において、発病の早期診断や病態悪化の予兆検出を可能とする動的ネットワークバイオマーカー(DNB:Dynamical Network Biomarker)を発見するための基礎理論を構築し、その有効性を証明した。
DNBは、本研究グループによって提案された、ネットワーク理論に基づく新しい動的なバイオマーカーの概念である。このDNBは、従来の(静的)バイオマーカーが正常状態と異常(疾病)状態を識別するのに対して、正常状態とその極限としての(疾病前状態である)臨界状態をはっきり識別することができるため、これまで困難だった疾病の早期診断等が可能になる。本研究では、DNBの検出手法を肝癌やホスゲンガスによる肺障害などの複雑疾病に適用し、これらの疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出が可能であることを具体的に明らかにした。
この成果は、2012年12月10日にネイチャー・パブリッシング・グループの総合科学雑誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ誌)」(オンライン版)に掲載される予定です。掲載論文は下記URLからどなたでも無料で閲覧することができます。
http://www.nature.com/srep/2012/121108/srep00813/full/srep00813.html

4.発表内容:
■背 景
   バイオマーカーは正常(健康)状態と異常(疾病)状態の違いを定量的に示すことができるため、複雑疾病(例えば、癌、心臓病、糖尿病など)の診断において広く使われている。しかし、従来の(静的)バイオマーカーでは、正常状態と臨界状態(すなわち、疾病の早期状態や病態悪化の初期状態)の違いをはっきり識別することが困難なため、疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出には有効ではなかった(図1)。

■内 容
  本研究グループは、この問題に対して、動的ネットワークバイオマーカー(DNB:Dynamical Network Biomarker)を提案し、それにより、疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出が可能であることを示した。DNBは、従来のバイオマーカーのように正常状態と疾病状態を区別するのではなく、正常状態とその極限としての臨界状態あるいは病態悪化の動的状態遷移過程をはっきり識別することができる。更に、本研究では、状態遷移ローカルネットワークエントロピー(SNE:state-transition-based local network entropy)によりHigh Throughput生体データからDNBを求める高効率なアルゴリズムを開発した(図2)。

■効 果
  本研究は非線形動力学理論と複雑ネットワーク理論によって、少ないサンプル数から得られる遺伝子やタンパク質の大規模発現データから疾病の臨界状態を同定する理論を確立し、疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出に適用した。本研究の意義は、疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出を実現できるだけでなく、更に個人(テーラーメード)医療に適用もできることである。すなわち、本手法によって、DNBを複雑疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出に広く適用して、適切なタイミングで適切な治療をテーラーメードに行なうことが可能となるものと期待される。また、検出されたDNBは正常状態から疾病状態へ遷移をリードする動的複雑ネットワークであり、このDNB の概念自体は一般の複雑ネットワークの不安定化予兆検出にも応用できるため、様々な生命システムや大量の再生可能エネルギーを導入した電力ネットワークのような工学システム、さらには経済システムなどの不安定化予兆検出やその不安定化メカニズムの研究にも応用可能である。

5.発表雑誌:
Rui Liu, Meiyi Li, Zhi-Ping Liu, Jiarui Wu, Luonan Chen, Kazuyuki Aihara. Identifying critical transitions and their leading biomolecular networks in complex diseases. Scientific Reports. (2012).

6.問い合わせ先:
・陳 洛南(ちん らくなん)
東京大学 生産技術研究所 客員教授 
〒153-8505東京都目黒区駒場4-6-1

・合原 一幸(あいはら かずゆき)
東京大学 生産技術研究所 教授
〒153-8505 東京都目黒区駒場 4-6-1

7.用語解説:
(注1)動的ネットワークバイオマーカー
バイオマーカーとは、正常(健康)状態と異常(疾病)状態の違いを定量的に示す物質、例えば、タンパク質、代謝物などである。疾病(例えば、癌、糖尿病など)の診断において広く使われている。
「動的ネットワークバイオマーカー」は、個々の単一のバイオマーカーとしての性能は高くなくても、それらのネットワーク(注2)としては極めて高機能で、様々な複雑疾病において疾病の早期診断や病態悪化の予兆検出が可能な全く新しいネットワークバイオマーカーの概念である(本研究グループによって、本年3月にサイエンティフィック・レポーツ誌(2, 342, 2012)で発表された)。

(注2)ネットワーク
複数の構成要素間のつながりを表現する数理的概念で、グラフとも呼ばれる。各構成要素に対応する「頂点」と、要素間のつながりに対応する「枝」によって構成される。特に、人間関係、インターネット、WWW、遺伝子ネットワーク、たんぱく質相互作用ネットワーク、神経回路網、電力網、交通網など、多数の頂点が複雑につながったネットワークは世の中に広く存在し、このようなネットワークのことを複雑ネットワークと呼ぶ。

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