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血圧コントロールの体内機構を解明 ―浸透圧変化に応答するタンパク質による調整システム―研究成果

血圧コントロールの体内機構を解明
―浸透圧変化に応答するタンパク質による調整システム―

平成24年12月19日

東京大学大学院薬学系研究科

1.発表者:
一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授)
名黒功 (東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 助教)

2.発表のポイント:
◯どのような成果を出したのか
ASK3というタンパク質が、周囲の浸透圧変化に対して敏感に応答するとともに、腎臓での働きを介して、全身血圧の制御に関わることを明らかにしました。

◯新規性(何が新しいのか)
体内の浸透圧(水とイオンのバランス)が乱れた際に必要不可欠な腎臓を介した血圧のコントロールシステムにおいて、浸透圧変化に対して敏感に応答するASK3という新しく発見したタンパク質が重要な働きをしていることを初めて明らかにしました。

◯社会的意義/将来の展望
高食塩負荷時など体内のイオンのバランスが崩れた時にどのようにして生体が血圧を保つのか血圧維持の新たな制御機構が明らかになり、高血圧疾患や浮腫など体内水分量に関わるヒトの疾患に対する新たな治療薬開発につながることが期待されます。

3.発表概要:
  生体にとって、脱水・イオンバランスの異常・水の貯留などで起こる体内の浸透圧変化は非常に大きなストレスとなるため、その状態をもとに戻すようなシステムの存在が重要です。しかし、これまで、この浸透圧変化がどのように細胞レベルで感知され情報が伝達されているのかについては不明な部分が残されていました。
今回、東京大学大学院薬学系研究科の一條秀憲教授と名黒功助教らの研究グループは、腎臓に多く発現するASK3というタンパク質が、浸透圧変化に対して感度よく、精密に応答し、浸透圧変化の際に必要な情報伝達を担っていることを明らかにしました。さらに、ASK3を失ったマウスでは、普通のマウスでは血圧に変化が見られない程度の高食塩食で高血圧になることを明らかにし、ASK3が腎臓を介した血圧の制御に重要な働きをすることを世界で初めて提唱しました。
本研究成果により、浸透圧変化に対する新たな応答システムが明らかになり、それが体内の水とイオンバランスの調整を介して血圧制御などに働いている可能性が示されました。この新たなシステムをターゲットとすることで、高血圧や浮腫など体内水分量の異常を原因とするヒトの疾患に対する治療薬開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2012年12月18日(英国時間)に、英国の科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版に公開されます。なお、本研究は、科学研究費補助金、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム、先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業などの助成を受けて行われました。

4.発表内容: 
<研究の背景>
  生体にとって、浸透圧(水とイオンのバランス)がある適切な範囲であることが生存に必要な条件であり、それより低い場合(低浸透圧)も高い場合(高浸透圧)もストレスとなります。生物は体内の浸透圧がどちらかにずれた場合にそれをもとの正常な範囲に戻す性質(恒常性)を保つシステムを有していますが、細胞レベルでどのようなシステムが“ずれ”の情報を認識し対応しているか未解明の部分が残っていました。また、利尿薬など腎臓に作用して体内水分量を調節する薬が高血圧症の第一選択薬の一つとして使用されていることからも分かるように、体内の水とイオンのバランスを適切に保つことはいくつかの病態の治療においても重要なポイントになっています。今回、東京大学大学院薬学系研究科の一條秀憲教授と名黒功助教らの研究グループは、ASK3というタンパク質が浸透圧変化に対して非常にユニークな応答を示すことを突き止め、生体がASK3を利用してどのような分子機構で浸透圧変化に対応しているかについて解析を行いました。

<研究の詳細>
  本研究において、一條教授らはASK3というタンパク質が腎臓という個体の浸透圧制御を担う臓器に非常に多く発現することに注目し、低浸透圧、又は高浸透圧ストレスにさらされた細胞内のASK3の挙動を解析しました。すると、ASK3は低浸透圧で活性化、高浸透圧で不活性化するという、これまでに報告された分子には見られないユニークな反応を示すことが明らかになりました。逆方向のストレスに対し、逆方向の応答を示すことに加え、微弱な浸透圧変化に敏感に応答する性質、応答が非常に素早く可逆的である性質から、ASK3が細胞の浸透圧恒常性維持のシステムで重要な働きをしていることが示唆されました。そこで、腎臓においてASK3と相互作用するタンパク質を探索したところ、WNK1という細胞のイオン輸送を司ることが知られていたタンパク質がASK3に結合することが明らかになりました。そこで、ASK3とWNK1の関係について詳細に解析したところ、ASK3が活性依存的にWNK1の働きを抑制することが明らかになりました。
  WNK1はヒトの遺伝性高血圧症の原因遺伝子の一つでもあり、WNK1-SPAK/OSR1経路というシグナル伝達経路(注1)により腎臓でのイオン輸送の調節を介して血圧制御にも関与することが報告されていました。そこで、ASK3を遺伝的に欠損したASK3ノックアウトマウスの腎臓を解析したところ、WNK1の過剰な働きによると考えられるSPAK/OSR1のリン酸化の上昇が観察されました。この結果は、ASK3というWNK1の抑制因子が失われたことで、WNK1-SPAK/OSR1経路が過剰に活性化したことを示唆しています。WNK1-SPAK/OSR1経路の過剰活性化は、WNK1変異によるヒトの遺伝性高血圧症の状況と類似したものであったため、ASK3ノックアウトマウスの血圧を測定したところ、年を取るのに従って野生型よりも血圧が高くなる傾向を示しました。さらに、餌に含まれるNaClを増やし、高食塩食にすると野生型では血圧に大きな変化がない程度のNaCl濃度でもASK3ノックアウトマウスでは有意に血圧が上昇することが明らかになりました。これらの結果は、高食塩食などで体内のイオンバランスが崩れた場合でも、腎臓でASK3がWNK1-SPAK/OSR1経路を抑制することで適切な応答を導き、血圧が上がらないようにコントロールしていることを示唆しており、浸透圧にユニークな応答を示すASK3が、腎臓を介した血圧の制御に重要な働きをするという新しい知見になります。
 
<社会的意義・今後の期待>
  今回、一條教授らの研究グループは、浸透圧変化に対し非常にユニークに応答するASK3というタンパク質を見出し、このタンパク質が腎臓のイオン輸送を司るシグナル伝達経路を制御することで、高食塩食などイオンバランスが崩れた際の血圧の恒常性維持に働くことを明らかにしました。本研究により、生体が浸透圧変化に対応するための新しいシステムが見つかるともに、血圧コントロールの新たな制御機構が明らかになったことから、高血圧疾患に対する新しい治療薬開発につながることが期待されます。また、うっ血や浮腫など、やはり体内水分量やイオンバランスが崩れた場合にもASK3が働く可能性も考えられ、これらの疾患に対する治療法や治療薬の開発も期待されます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:
ASK3 responds to osmotic stress and regulates blood pressure by suppressing WNK1-SPAK/OSR1 signaling in the kidney

著者:
Isao Naguro, Tsuyoshi Umeda, Yumie Kobayashi, Junichi Maruyama, Kazuki Hattori, Yutaka Shimizu, Keiichiro Kataoka, Shokei Kim-Mitsuyama, Shinichi Uchida, Alain Vandewalle, Takuya Noguchi, Hideki Nishitoh, Atsushi Matsuzawa, Kohsuke Takeda and Hidenori Ichijo

6.問い合わせ先: 
  一條秀憲 教授
  〒113-0033 文京区本郷7-3-1
  東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 細胞情報学教室

 名黒功 助教
  東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 細胞情報学教室

※「文部科学省 脳科学研究戦略推進プログラム」に関するお問い合わせ
脳科学研究戦略推進プログラム 事務局 (担当:大塩)

7.用語解説: 
(注1)シグナル伝達経路:特別な生理応答を引き起こすために、細胞内で、特定のタンパク質が別のタンパク質に情報を受け渡す経路。様々な生理応答を引き起こすために、非常に多くのシグナル伝達経路が存在します。

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