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心不全治療の新たな方向性を示す ―Gタンパク質共役受容体キナーゼのシステイン残基のニトロシル化がβアドレナリン受容体脱感作を抑制する―研究成果

心不全治療の新たな方向性を示す
―Gタンパク質共役受容体キナーゼのシステイン残基のニトロシル化が
βアドレナリン受容体脱感作を抑制する―

平成25年1月10日

東京大学大学院薬学系研究科
東京大学医学部附属病院

1.発表者:
飯利太朗(東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 特任講師(病院)[助教])
大和田智彦(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授)

2.発表概要:
βアドレナリン受容体を持続的に刺激すると、刺激に対する応答が減弱する「脱感作」という現象が起こり、これが心不全などの心血管疾患発症の基盤となることが知られています。しかし、脱感作の発生抑制メカニズムの詳細はこれまではっきり分かっておらず、心血管疾患の新たな治療薬開発に向け、その解明が待たれていました。
今回、東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 飯利太朗博士と薬学系研究科 薬科学専攻 大和田智彦博士の共同研究グループは、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)(注1)の1つであるβアドレナリン受容体(β受容体)のβ受容体作動薬による脱感作が、Gタンパク質共役型受容体キナーゼ2(GRK2)のシステイン残基のS-ニトロシル化(注2)で抑制され、結果として受容体の脱感作を阻止できる可能性を実験的に示唆しました。これまでβ受容体作動薬の脱感作を抑制するメカニズムには議論がありましたが、本成果によって初めて決着がつきました。今後、心不全治療薬開発の新たな方向性を示すことが期待されます。

3.発表内容:
【要旨】βアドレナリン受容体を持続的に刺激すると、刺激に対する応答が減弱する「脱感作」と呼ばれる現象が起こり、これが心不全などの病態発症の基盤となることが知られています(参考文献1)。この脱感作では、Gタンパク質共役型受容体キナーゼ2(GRK2)によるβ受容体のリン酸化が引き金になると考えられています。実際、心不全でのGRK2発現増加が観察されており、モデル動物でGRK2発現を抑制すると心不全発症が抑制されます。最近、GPCR研究で昨年ノーベル化学賞を受賞したLefkowitzとStamlerのグループは、生体中で最も多いニトロソチオールであるS-ニトロソグルタチオン(GSNO)によるGRK2のシステイン残基のニトロシル化が、GRK2を抑制し、β受容体の脱感作を阻害することを提唱しました。ところがGSNOは、システイン残基をニトロシル化する以外に、自発的に分解して一酸化窒素(NO)を放出します。このNOはそれ自身、心血管保護作用を有することが広く知られています。このためGRK2のニトロシル化がGRK2を抑制しβ受容体の脱感作抑制に到るということには議論がありました。
本研究グループはこの問題を解明し、GRK2が治療・創薬ターゲットになり得ることを示しました。研究グループは、水溶性をもち、かつNOを放出することなくシステインのニトロシル化を行う化学物質WNNOの設計合成に成功し、これがGRK2をニトロシル化しGRK2のリン酸化を抑制してβ受容体脱感作の抑制に到ることを示しました。
本化合物やその誘導体は、今後の疾患研究の重要なツールとなるとともに心不全などの疾患群における新しい治療戦略の基盤となることが期待されます。

(参考文献1)Whalen EJ, Foster MW, Matsumoto A, Ozawa K, Violin JD, Que LG, Nelson CD, Benhar M, Keys JR, Rockman HA, Koch WJ, Daaka Y, Lefkowitz RJ, Stamler JS. Regulation of beta-adrenergic receptor signaling by S-nitrosylation of G-protein-coupled receptor kinase 2. Cell. 2007;129:511-522.

4.発表雑誌
雑 誌 名:米国心臓学会サーキュレーションリサーチ(Circulation Research)
出版・発行:原稿online出版 2012年12月4日
Online発行およびプリント版発行予定 2013年1月18日
論文タイトル:Attenuated Desensitization of b-Adrenergic Receptor by Water-Soluble N-Nitrosamines that Induce S-Nitrosylation Without Nitric Oxide Release
著   者:Noriko Makita#, Yoji Kabasawa#, Yuko Otani, Firman, Junichiro Sato, Makiko Hashimoto, Michio Nakaya, Hiroaki Nishihara, Masaomi Nangaku, Hitoshi Kurose, Tomohiko Ohwada* and Taroh Iiri*
(#:同等寄与者/*:責任著者)
アブストラクトURL:
http://circres.ahajournals.org/content/early/2012/12/04/CIRCRESAHA.112.277665.abstract
DOI:10.1161/CIRCRESAHA.112.277665

5.問い合わせ先:
東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 特任講師(病院)[助教]
飯利太朗(いいり たろう)
東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授
大和田 智彦(おおわだ ともひこ)

6.用語解説
(注1)Gタンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor: GPCR):細胞は、細胞外の情報を認識して応答することで外界に適応している。Gタンパク質共役受容体(GPCR)は、細胞膜上に存在し、認知・感覚、内分泌代謝、循環調節、生体防御などのきわめて多様な細胞外シグナルを受容し、細胞内のシグナルへと変換する役割を担っている。GPCRには、1000以上の遺伝子が存在しゲノム中最大のファミリーのひとつを形成している。GPCRの変異や自己抗体は種々の疾患の原因となり、また今までに人類が手にした薬物の約50%はGPCRを標的とする。これはGPCRが疾患と治療において重要であることを示す。

(注2)硫黄原子をもつアミノ酸であるシステインの硫黄原子上に一酸化窒素が結合すること。システインのS-ニトロシル化はタンパク質の3次元構造を変化させタンパク質の触媒活性やタンパク質-タンパク質相互作用を改変する。S-ニトロシル化は可逆で、元のシステインにもどる。近年シグナル伝達に重要なタンパク質修飾と考えられるようになって来た。

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