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脳が心の中で記憶を思い浮かべるメカニズム: その基礎となる数理理論の構築

平成25年1月12日

東京大学生産技術研究所

1. 発表者:

金丸 隆志 Takashi Kanamaru(工学院大学 グローバルエンジニアリング学部 准教授)
藤井 宏 Hiroshi Fujii(京都産業大学 名誉教授)
合原 一幸 Kazuyuki Aihara(東京大学 生産技術研究所 教授)

2.発表ポイント
①エピソードの想起や心的イマジェリー(注1)など、脳が心の中で記憶を思い浮かべる際に、脳内ニューラルネットワークで働くメカニズムの基礎となる数理理論を最近の脳神経科学の知見をもとに構築・提案した(図1)。

②ある記憶を意識的に思いだす際には、神経伝達物質アセチルコリンによって起こるニューラルネットワークの状態変化が重要であることが明らかになった。

③脳内のアセチルコリン量欠乏の関与が知られるレヴィ小体型認知症やアルツハイマー病などにおける認知障害に関わる症状を理解する理論的基盤にもなることや、ロボットなどにおける記憶や意識の数理モデルとしての将来的な応用が期待される。

3.発表概要:

金丸隆志 工学院大学 准教授、藤井 宏 京都産業大学 名誉教授、合原一幸 東京大学 教授らの研究チームは、脳の記憶想起において、脳が記憶を意識的に想起するメカニズムに関する新しい数理理論を提案し、数理モデルを構築した。

意識的な記憶の想起のメカニズムは、いまだによくわかっていない。本研究では、脳を構成する神経細胞を簡単な位相素子モデルによりモデル化し、それを多数結合した位相素子から成るニューラルネットワーク(神経回路網)(注2)を構築した(図1)。このモデルには、脳が何かに注意を向ける時に放出されるアセチルコリン(注3)による効果と、より高次の領域からそのネットワークへ入力されるトップダウン信号の効果を取り込んだ。
この数理モデルの解析により、意識にのぼらない基本(待機)状態で「複数の記憶状態間を自発的に遷移し続ける状態」にあったネットワークが、注意に伴って放出されるアセチルコリン量の一時的増大により「複数の中のある記憶を想起する状態」に変化することがわかった。一方、高次領域からのトップダウン信号は複数ある記憶のうち、特定の一つを選択するという役割がある。「複数の記憶状態間を自発的に遷移し続ける状態」では、トップダウン信号があってもすぐに別の記憶へと状態が移って行ってしまう。アセチルコリンとトップダウン信号が共に働くことで「意識的な想起」が実現するメカニズムが明らかになった(図2)。
レヴィ小体認知症やアルツハイマー病などにおいて、脳内のアセチルコリン量の欠乏により認知障害が起こることが知られているが、本モデルは、そのような記憶に関わる病気を理解するための理論的基盤ともなることが期待される。
この成果は、2013年1月12日にPublic Library of Science社の科学雑誌「PLOS ONE(プロス・ワン誌)」(オンライン版)に掲載される予定です。掲載論文は下記URLからどなたでも無料で閲覧することができます。
http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0053854

4.発表内容:

■背 景

  “記憶の想起”には意識的な想起だけでなく、意識せずに自律的にイメージが展開する有名なマルセル・プルーストの回想などが知られている。その中でも意識的な記憶の想起にどのような  脳内機序が働いているのかは、実はよくわかっていない。「思い出そう」という能動的な心の働き(意識)が、脳内のニューラルネットワークにどのような働き(作用)をしているのか、アセチルコリンという単なる化学物質がなぜ「心」の動きに関連するのか?このような疑問への答えもいまだに明らかではない。
本研究では、この脳の機能に対して、数理的な “力学系”という概念の重要性と、アセチルコリンが状態転移に関わっている可能性を理論的に示した。

■内 容

本研究では、脳を構成する神経細胞を簡単な位相素子モデルによりモデル化し、それを多数結合した位相素子から成るニューラルネットワーク(注2)を構築した(図1)。このモデルには、脳が何かに注意を向ける時に放出されるアセチルコリン(注3)による効果と、ネットワークの階層構造においてより高次領域から入力されるトップダウン信号の効果を取り込んでいる。アセチルコリン量が通常レベルの時、ネットワークの状態は、潜在的な活性パターンとして、意識にはのぼらず複数の記憶状態(擬アトラクタ)の間を次々と自発的に遷移し続ける状態にある(図2左)。脳内では、注意に伴って前脳基底部マイネルト核から大脳皮質へのアセチルコリン量が一時的に増大すると、ネットワークはこれまでの記憶の中のどれかを思い出す状態(アトラクタ状態)に変化する。その際に、脳の高次領域からのトップダウン信号が同時に加わることにより、脳はある特定の記憶を「意識的に」思い出すことができる(図2右)。

■効 果

 脳内のアセチルコリン量の欠乏によりレヴィ小体認知症やアルツハイマー病などのような認知障害が起こることが知られているが、本モデルは、そのような記憶に関わる病気を理解するための理論的基盤となることが期待される。
   さらに、ロボット脳において記憶や意識を実装する数理モデルとしても注目される。

5.発表雑誌:
Takashi Kanamaru, Hiroshi Fujii, Kazuyuki Aihara. Deformation of attractor landscape via cholinergic presynaptic modulations: A computational study using a phase neuron model. PLOS ONE. (2013).

6.問い合わせ先:
・金丸 隆志(かなまる たかし)
工学院大学 准教授

・藤井 宏(ふじい ひろし)
京都産業大学 名誉教授

・合原 一幸(あいはら かずゆき)
東京大学 生産技術研究所 教授

7.用語解説:

(注1)心的イマジェリー
眼では見えていないイメージを心の中で思い浮かべる事。例えば、過去のあった出来事のシーン(エピソード記憶)を思い浮かべるとか、また、友人に「君の家の居間には窓はいくつあったっけ?」と尋ねられたとき、たいていの人は脳の中にイメージを思い浮かべる(“心的イマジェリー”)。
どちらの場合にも、脳内に貯えられている記憶を意識的に(voluntarily:自由意志で;意識的に;意志的に)思い浮かべる。

(注2)位相素子から成るニューラルネットワーク
脳を構成する神経細胞(ニューロン)は一般に多数の変数を用いてモデル化されるが、それを1変数のみを用いてシンプルにモデル化したものが位相素子である。そして、それを多数結合させて脳のモデルとしてのニューラルネットワークを構築したものがここで言う位相素子から成るニューラルネットワークである。

(注3)アセチルコリン
神経細胞間での情報伝達の役割を担う神経伝達物質の一つ。学習、記憶、睡眠などに関わっている。特に脳が注意を必要とする状況で、前脳基底部マイネルト核から大脳皮質へ分泌される。また、レヴィ小体型認知症やアルツハイマー病などの認知症では、脳内でアセチルコリンの顕著な減少が知られており、認知障害や幻覚との関連が注目されている。

添付資料はこちら

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