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「不安社会」日本 ~格差感と格差に関する5年間の実態分析から見える日本の姿~研究成果

「不安社会」日本
~格差感と格差に関する5年間の実態分析から見える日本の姿~

平成25年2月22日

東京大学社会科学研究所

1.発表者: 石田浩(東京大学社会科学研究所 教授)
        有田伸(東京大学社会科学研究所 教授)
        田辺俊介(東京大学社会科学研究所 准教授)
        大島真夫(東京大学社会科学研究所 助教)

2.発表のポイント:
◆2012年までの5年間に、日本社会では格差感が弱まる傾向にある一方で、将来の生活や仕事に対する希望は失われ続け、暮らし向きに対する不安は徐々に高まり続けている。
◆2000年代後半に社会問題化した格差社会のその後を追跡している研究は少ない。また、同一人に繰返し尋ね続けるパネル調査という手法を採用している点で本調査結果の信頼性は高い。
◆格差縮小の手段である社会保障制度のあり方に社会的関心が寄せられている中で、実証研究に基づく本研究の知見は、議論を深める素材を提供しうるものである。

3.発表概要:
東京大学社会科学研究所の石田浩教授らの研究グループは、2007年から毎年実施している「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」の2012年調査結果をもとに、日本社会における人びとの格差感と格差の実態について分析を行った。知見は次の通りである。
①所得格差感は2007年から2012年にかけて弱まった。また、生活全般に対する満足度は2007年から2012年にかけて緩やかな上昇傾向にある。
②それにもかかわらず、将来の自分の仕事や生活に対して希望を持っている人は2007年から2012年にかけて減少傾向にあり、10年後の暮らし向きは悪くなると予想する人が2007年から2012年にかけて増加傾向にある。
社会の格差に対する感覚は薄れているにもかかわらず、むしろ将来への希望は失われ、不安感は増しており、漠然とした不安が日本社会に広まっていることを調査結果は示している。
2000年代後半に社会問題化した格差社会のその後を追跡している研究は少ない。また、同一人に繰返し尋ね続けるパネル調査という手法を採用している点で本調査結果の信頼性は高い。格差縮小の手段である社会保障制度のあり方に社会的関心が寄せられている中で、実証研究に基づく本研究の知見は、議論を深める素材を提供しうるものである。

4.発表内容:
  東京大学社会科学研究所では、2007年より「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(Japanese Life Course Panel Survey-JLPS)を毎年実施している。本調査は、急激な少子化・高齢化や世界的な経済変動が人びとの生活に影響を与える中で、日本に生活する人びとの働き方、結婚・出産といった家族形成、社会や政治に関する意識・態度がどのように変化しているのかを探索することを目的としている。同一人に繰り返し尋ね続ける「パネル調査」という手法を用いている点が他調査にはない強みで、同一個人を追跡することにより、個人の行動や意識の変化を跡付けることができる。2012年調査は第6回目の調査である。
  今般、2012年調査(2012年1~3月実施:回答者3179名)に基づき、日本社会における人びとの格差感と格差の実態について分析を行った結果を公表する。

①薄れゆく格差感
「日本社会の所得格差は大きすぎる」と答える比率は全体的に大きく減少している。「格差社会」が時代の流行語となっていた2007年には、全体の約4分の3にあたる72%が「所得格差が大きすぎる」と答えていたが、その比率は徐々に低下し、2012年には56%にまで下がっている。リーマンショックや東日本大震災が生じた時期にもこのような低下傾向に大きな変化はなく、格差感の減少傾向は一貫したトレンドだといえる。また性別や世代、居住地域別にみてもこのような傾向には大きな違いが無い。しかし別に行ったより詳細な分析結果からは、同じ時期、日本社会の実際の所得格差には目立った改善はみられず、格差の水準はほとんど変化していないことがわかっている。このことから、人々の格差感の希薄化は、実際の社会の変化を反映したものではなく、「格差問題に対する社会全般での関心の弱まり」などによって生じたものと考えられる。

②失われる将来への希望
「あなたは、将来の自分の仕事や生活に希望がありますか」との質問に対して、「希望がある」と答えた人たちは、全体的に減少してきている。2007年では55%の人が希望を持っていたが、2009年には44%、2012年には39%と、6年の間で15ポイント以上も減っている。若い人は将来が長い分希望を抱きやすい傾向があるが、本調査データのさらに詳しい分析によってその影響を取り除いた場合でも、何らかの時代的な効果によって希望を持つ人が明らかに減少してきていることが示されている。また性別、世代、居住地域別にみても、この「希望を持つ人の減少傾向」に大きな違いはない。特定の属性の人々だけではなく、社会全体として「希望がない」という感覚が広がってきた結果と考えられる。

③広がる将来の生活への不安感
希望が失われているだけではなく、将来への不安感を抱く人も着実に増加している。「10年後のあなたの暮らしむきは、今よりも良くなると思いますか。それとも悪くなると思いますか」との質問に対して、「悪くなる」との回答した人の割合は、2007年に15%程度であったものが、リーマンショック後の2009年には23%に、そして震災後の2012年には31%まで急増している。このように社会経済的なショックは、人々の今後の暮らし向きの見通しを悪化させ、不安感を増大させる効果があるのだろう。またこのような「将来見通しの悪化傾向」には、性別、世代、居住地域などによる大きな違いがない。リーマンショックや震災によって実質的な影響を受けた人に限らず、幅広い人々の間で「将来の暮らし向きが良くならない」という不安感が広がっていると考えられる。

④変わらない幸福感
個人の抱く希望が失われ、将来への不安感が増している。その一方、人々の現状の生活における幸福感には悪化の傾向は見られない。「あなたは生活全般にどのくらい満足していますか」として尋ねた生活満足感は、全体的にはむしろ緩やかに上昇していたのである。この満足感の変化については、個人の条件別にみると20代前半の人が上昇しやすく、男性は女性に比べて伸びが小さいなど、個別生活事情を反映した違いが存在する。しかし逆に言えば、現状認識としての幸福感自体は、将来への不安感などと異なり、リーマンショックや政権交代、震災などの出来事の影響をあまり受けていないと考えられる。

⑤「不安社会」日本
以上のように、「現状の判断」ともいえる生活満足感は高い水準で維持されており、また社会の格差に対する感覚は薄れているにもかかわらず、むしろ将来への希望は失われ、不安感は増してきている。現状の生活はそこまで悪化しているわけではないにもかかわらず、将来への漠然とした不安ばかりが広がっている日本社会の現状が示されたと言えるだろう。

(補足)本調査では「大人になること」について日本社会の人々がどのように考えているかも尋ねており、米国における同様の調査の結果と比較したところ以下のような知見を得た。
①日本では自分のことを「大人でない」と感じている人が25%も存在する(米国では4%)
②大人であるために必要な条件として日米で違いが見られたのは以下の項目。
「就職すること(日61%、米30%)」「結婚すること(日23%、米10%)」「子どもを持つこと(日25%、米7%)」
この項目に関する分析は、以下のサイトで詳細を公開している。

より詳しい情報は以下のサイトで公開しています
http://ssjda.iss.u-tokyo.ac.jp/panel/pr/

5.発表雑誌: 本プレスリリースの発表内容に関連した研究成果報告会を以下の通り開催いたします。報道関係者の方は、当日直接お越しください。

日時:2013年2月27日(水) 13:30~17:20
場所:東京大学情報学環 福武ホール 福武ラーニングシアター

第一部:研究成果報告 13:30~15:20
石田浩(東京大学社会科学研究所・教授)「社会科学研究所におけるパネル調査の役割と射程」
前田幸男(東京大学社会科学研究所・准教授)「政党支持の変動・7年から2012年まで―」
菅万理(兵庫県立大学経済学部・准教授)「失業が健康・生活習慣に及ぼす効果」
中澤渉(大阪大学大学院人間科学研究科・准教授)「教育システムと職業経歴の関連性 日本・台湾の比較」

第二部:シンポジウム「若者のライフデザイン」 15:35~17:20
コーディネーター:佐藤博樹(東京大学社会科学研究所・教授)
元治恵子(明星大学人文学部・准教授)「若者の描く将来像」
深堀聰子(国立教育政策研究所・総括研究官)「若者の価値観・進路・家族--日米比較から」
伊藤秀樹(東京大学大学院教育学研究科・博士課程)「親元にとどまる若者たち」
佐藤香(東京大学社会科学研究所・准教授)「就労支援から自立支援へ」

6.問い合わせ先: 
東京大学社会科学研究所 助教 大島真夫

添付資料はこちら

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