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ニューロンが動き出すメカニズムを解明
~神経幹細胞から産まれたニューロンが脳内で正しく配置されるための最初のステップ~

平成25年2月25日

東京大学分子細胞生物学研究所

1.発表者: 東京大学分子細胞生物学研究所 教授 後藤 由季子
        東京大学分子細胞生物学研究所 助教 伊藤 靖浩

2.発表のポイント
  ◆どのような成果を出したのか
胎生期のマウス大脳新皮質において、脳の深いところに存在する神経幹細胞から産まれたニューロンが、目的地である脳の表層側に向かって移動を開始するメカニズムを解明した。
  ◆新規性(何が新しいのか)
ニューロンの移動の開始において、癌悪性化などでしばしば観察される現象「上皮間葉転換」とそっくりのメカニズムが働いていることを新しく発見した。
  ◆社会的意義/将来の展望
ニューロンの移動や配置の異常は精神疾患の原因のひとつと考えられており、今回の発見は精神疾患の病因の解明や治療方法の開発にも繋がる可能性がある。

3.発表概要: 
脳は(特に大脳では)様々な機能を持った種々のニューロンがきちんと層構造を作って配列されることで高度なネットワーク/計算機能を発揮しています。この層構造を作るのに際して、脳の最も内側に存在する神経幹細胞(注1)から「順々に」様々なニューロンが産まれては外側に移動することが重要です。しかし、どうやってニューロンが神経幹細胞から産まれるとすぐに移動できるのか分かっていませんでした。
今回、東京大学分子細胞生物学研究所の後藤由季子 教授、伊藤靖浩 助教らは、神経幹細胞から産まれたニューロンがScratchという転写因子を発現することによって動き始めることを発見しました。また、実はこのニューロン移動の開始において、癌悪性化でしばしば観察される現象「上皮間葉転換」とそっくりのメカニズムが働いていることを明らかにしました。更に、このメカニズムが働かないと、神経幹細胞がニューロンを産み出してもうまく移動せずに配置が異常になることもわかりました。
ニューロンの移動や配置の異常は精神疾患の原因のひとつと考えられており、今回の発見は精神疾患の病因の解明や治療方法の開発にも繋がる可能性があると期待しています。

本研究成果は、JST 戦略的創造研究推進事業、チーム型研究(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究領域における研究課題「神経幹細胞の分化ポテンシャル制御による神経回路構成素子の形成メカニズム」(研究代表者:後藤由季子)、新学術領域研究「神経細胞の多様性と大脳新皮質の構築」研究領域における研究課題「胎生期大脳新皮質神経幹細胞による多様な細胞の産生機構の解析」(研究代表者:後藤由季子)によって得られました。

4.発表内容: 
脳は(特に大脳では)様々な機能を持った種々のニューロンがきちんと層構造を作って配列されることで高度なネットワーク/計算機能を発揮しています。この層構造を作るのに際して、脳の最も内側に存在する神経幹細胞から「順々に」様々なニューロンが産まれては外側に移動することが重要です。すなわち、神経幹細胞から産まれたニューロンが速やかにタイミング良く移動をスタートすること、そして、それに続いて適切なスピードで目的地まで移動をすることが哺乳類の脳におけるニューロンの層構造形成にとって必要不可欠です。
  これまでの研究では、ニューロンが動き始めてから目的地に到達するまでの間のニューロンの移動メカニズムの解析が中心的に行われてきました。しかしながら、神経幹細胞から産まれたニューロンが動き始めるまさに移動の最初のステップがどのようなメカニズムで制御されているのかはわかっていませんでした。
  今回、東京大学分子細胞生物学研究所の後藤由季子 教授、伊藤靖浩 助教らは、Scratchと呼ばれる遺伝子が神経幹細胞から産まれたニューロンの移動を開始させることを見いだしました。発生期のマウス大脳において、転写因子であるScratchタンパク質は神経幹細胞から産生された直後のニューロンに発現していました。そこで、Scratchの発現を生体内で低下させたところ、神経幹細胞から産まれたニューロンが移動をうまくスタートできずに配置が異常になることが分かりました。以上の結果は、神経系前駆細胞から産生されたニューロンはScratchを発現することによって移動を開始する事を示唆しています。
  そこで研究グループは、Scratchがどのようなメカニズムでニューロンの移動の開始を制御するかを調べました。神経幹細胞は、発生期の大脳において神経幹細胞同士で隣り合って存在し、E-cadherin(注2)と呼ばれるタンパク質を細胞の表面に発現しています。このE-cadherinが隣接する細胞の表面に発現しているE-cadherinと強く相互作用することによって、神経幹細胞は各々の細胞の間で強固な細胞間接着を形成しています。実は、ScratchはE-cadherinの発現を低下させていたのです。すなわち、神経幹細胞の集団から産まれたニューロンは、E-cadherinを持っていないためにまわりの神経幹細胞と接着することができず、こぼれ落ちるようにして神経幹細胞の集団から離れることが示唆されました。このように、細胞同士での接着が強固な細胞集団の中から接着が弱い細胞が産まれて、集団からこぼれ落ちる現象は「上皮間葉転換」と呼ばれています。従って、本研究はニューロンの移動の開始が上皮間葉転換にそっくりのメカニズムで制御されていることを示唆しています。また、上皮間葉転換は個体の発生に重要な種々の場面で用いられるとともに癌細胞の悪性化にも関わることが知られる現象ですが、これまで脳の発生に関わるという証拠はありませんでした。従って、本研究は脳の発生に上皮間葉転換が関わっていることを示唆する世界で初めての成果であると考えられます。
  今回の成果により、ニューロンが動き始めるメカニズムを解明することができました。ニューロンの移動や配置の異常は精神疾患の原因のひとつと考えられており、今回の発見は精神疾患の病因の解明や治療方法の開発にも繋がる可能性があると期待しています。

5.発表雑誌: 
雑誌名:Nature Neuroscience
論文タイトル:Scratch regulates neuronal migration onset via an epithelial-mesenchymal transition-like mechanism
著者:伊藤靖浩、森山泰亘、長谷川強、遠藤高帆、豊田哲郎、後藤由季子
DOI番号:10.1038/nn.3336
アブストラクトURL(日本時間2月25日(月)午前3時掲載予定):http://www.nature.com/neuro/journal/vaop/ncurrent/abs/nn.3336.html

6.問い合わせ先: 
東京大学分子細胞生物学研究所 教授 後藤 由季子 (ごとう ゆきこ)

7.用語解説: 
(注1)神経幹細胞:
ニューロンやグリア細胞など、神経系の細胞を産み出す元となる細胞。脳の発生において、神経幹細胞は分裂を繰り返しながらニューロンやグリア細胞を産生する。
(注2)E-cadherin:
細胞膜を1回貫通するタンパク質。細胞膜の外側に飛び出している部分は、隣接する細胞から同様に飛び出しているE-cadherinと結合する。E-cadherin同士が細胞間で結合することによって、細胞間に強固な接着が形成される。

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