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光合成を行う藻類の分子光スイッチの作動機構を解明 ―多様な光スイッチ創出と光合成生産に向けて―研究成果

光合成を行う藻類の分子光スイッチの作動機構を解明
―多様な光スイッチ創出と光合成生産に向けて―

平成25年3月12日

東京大学大学院総合文化研究科

1. 発表者: 
広瀬 侑(豊橋技術科学大学 エレクトロニクス先端融合研究所 特任助教)
池内 昌彦(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授)

2.発表のポイント: 
  ◆藍藻類(シアノバクテリア)が効率よく光合成を行うための分子光スイッチの作動機構を、世界で初めて解明しました。
  ◆今回解明した新しい光感知機構を遺伝子工学と組み合わせることで、多様な色の光を受容する新規光受容体を創出できる可能性が高まりました。
  ◆この光スイッチはシアノバクテリアの光合成の生産効率を決定するため、光合成による高効率バイオマス生産に向けた応用が期待できます。

3.発表概要: 
  陸上植物はおもに青色光と赤色光を用いて光合成しますが、シアノバクテリアは、これに加えて緑色光や黄色光など水環境で豊富に得られる光エネルギーを利用して光合成をします。ある種のシアノバクテリアは、周囲に緑色光が多いときは緑色光を吸収する光合成色素タンパク質(フィコエリスリン)をつくり、逆に、赤色光が多いときには赤色光を吸収する光合成色素タンパク質(フィコシアニン)をつくることで、効率よく光合成を行います(図1)。この現象は100年以上前から知られていましたが、ながらくその光感知機構は不明でした。東京大学大学院総合文化研究科博士課程(現・豊橋技術科学大学・エレクトロニクス先端融合研究所特任助教)の広瀬侑氏、東京大学大学院総合文化研究科の池内昌彦教授らは、これまでに、緑色光と赤色光を感知するスイッチタンパク質(シアノバクテリオクロム)がこの現象を制御していることを明らかにしてきました。しかし、このシアノバクテリオクロムの色感知機構の詳細は不明でした。
  今回、広瀬特任助教、池内教授らは、金沢大学猪股勝彦教授ら、カリフォルニア大学J.C. Lagarias教授らと共同で、ついにこのシアノバクテリオクロムの色受容機構を解明しました。シアノバクテリオクロムには開環テトラピロールと呼ばれる色素が結合します。広瀬特任助教らは、シアノバクテリオクロムタンパク質の「色」が、溶液の「pH」(水素イオン濃度)を変化させると大きく変化することを偶然発見しました。この発見を手がかりに、色とpHの関係を詳細に分析したところ、色素の光異性化反応と水素イオン移動を組み合わせることで、シアノバクテリオクロムが緑色光と赤色光を受容することを明らかにしました(図2)。本成果によって、これまで不明であったシアノバクテリアの色感知システムの分子メカニズムの全容が明らかとなりました。現在、日本国内でも藻類を用いた大規模なバイオマス生産プロジェクトが進行中ですが、本成果をこれらのプロジェクトに応用することによって、バイオマス生産性の飛躍的な向上につながる可能性があります。また、新たな光スイッチ創出の可能性も出てきました。

4.発表内容: 
水環境に生息する藻類は、陸上植物とは異なり、多様な光合成色素をもっています。褐藻、緑藻、藍藻、紅藻などの名称は、その光合成色素の特徴に基づいたものです。水環境では特定の色の光が優占することが、このような多様な藻類が進化した理由です。さらに一部の藻類、とくに藍藻類(シアノバクテリア)は、光環境に応じて光合成色素の組成を調節(最適化)できることが、100年以上も前から知られています。その典型的な例は、糸状性シアノバクテリアFremyella diplosiphon(図1)という生物です。これは、赤色光で培養すると青緑色を呈し、緑色光で培養すると赤色を呈するようになります。そのため、この光応答現象は、補色順化(complementary chromatic acclimation)と呼ばれます。これは、シアノバクテリアが赤色光培養下では赤色光を吸収する光合成色素タンパク質(フィコシアニン)を合成し、逆に、緑色光培養下では緑色光を吸収する光合成色素タンパク質(フィコエリスリン)を合成するためです。このように、シアノバクテリアが周囲の緑色光と赤色光の割合を感知して光合成の光吸収効率を最適化する応答現象は、光合成機能の調節のわかりやすい例として非常に有名ですが、その調節の分子機構は最近まで不明でした。

広瀬特任助教らは東京大学在学時から、このような補色順化応答の分子機構の解明に向けて、その特異な光感知にかかわる光受容体の研究を行ってきました。まず、光合成色素の調節異常を示すSynechocystis sp. PCC 6803というシアノバクテリアの解析から、緑色光吸収型と赤色光吸収型の間を変換する光受容体(CcaS)を単離し、さらにCcaSがタンパク質のリン酸化を介してフィコシアニンの発現を調節することを明らかにしました(Hiroseら2008 PNAS)。さらに、Nostoc punctiformeという糸状性シアノバクテリアの補色順化の応答を詳細に解析し、CcaSが幅広いシアノバクテリアにおけるフィコエリスリンの合成を調節する可能性を示しました(Hiroseら2010 PNAS)。そして、今回、フィコシアニンとフィコエリスリンの両方が調節される典型的な補色順化応答を示すFremyella diplosiphonの光受容体(RcaE)を解析し、RcaEとCcaSが共通の緑色光と赤色光の感知機構を介して、補色順化を制御している事を明らかにしました(図1)。

RcaEやCcaSタイプの光受容体は、開環テトラピロール(注)と呼ばれる色素を結合し、その一部のピロール環が回転することで、可逆的な光変換を示します。これらの光受容体は、植物で開花や発芽などを調節する「フィトクロム」と呼ばれる光受容体と似ている事から、「シアノバクテリオクロム」と呼ばれています。興味深いことに、フィトクロムはもっぱら赤色光吸収型と遠赤色光吸収型の間の光変換を示すのに対し、シアノバクテリオクロムは、紫外光~青色光を吸収する一群や緑色光~赤色光を吸収する一群など、吸収する光の色にバリエーションが存在することが、池内教授らのこれまでの研究で明らかになっていました。このうち、前者の一群では、光照射によるピロール環の回転によって、タンパク質内のシステイン残基が色素に可逆的に結合することで、紫外光~青色光を吸収するという分子機構が明らかとなっていました。ところが、RcaEやCcaSなどのように、緑色光~赤色光を受容する光受容体群の発色の分子機構は謎に包まれていました。

今回の研究では、補色順化を制御するシアノバクテリオクロムの発色機構が、開環テトラピロール色素のH+イオン(プロトン)の脱着によるものであることを解明しました。広瀬特任助教は、外液のわずかなpH変化によってRcaEの光吸収が変化することを実験中に偶然発見しました。これをきっかけに詳細な解析を進めたところ、光照射しなくても、pHを酸性側に傾けると、緑色光吸収型が赤色光吸収型に変化し、pHをアルカリ性側に傾けると、赤色光吸収型が緑色光吸収型に変化することが明らかとなりました。また、光照射すると色素の一部が回転することが光反応の第一歩であることがよく知られていますが、これが起こらないように化学修飾を施した色素では、光照射による吸収変化が起こりませんでした。これらの結果から、光照射によって色素の一部が回転し、これが色素のプロトンの脱着を引き起こし、その結果として吸収型が変化することが明確に示されました。さらに、タンパク質の荷電性アミノ酸残基を網羅的に置換し、それらのpH応答の変化を調べてみると、高度に保存されたグルタミン酸残基を欠失させると、色素の回転能は保持されたまま、プロトン移動能のみが失われました。この結果から、グルタミン酸残基がプロトンの供給源であることが、突き止められました。このように、広瀬特任助教らは、プロトン脱着を介したシアノバクテリオクロムの発色機構の全容を世界で初めて明らかにし、その機構を「プロトン発色性光変換(プロトクロミック・フォトサイクル)」と名付けました。

これらの研究成果は、藻類が多様な自然環境によりよく適応するしくみの分子機構を解明した重要な成果です。また、シアノバクテリオクロムは植物などのフィトクロムよりはるかに小さいタンパク質であり、しかもより明瞭な光変換を示します。加えて、色素近傍のわずかなアミノ酸の改変によって、吸収する光の色を制御できる可能性を強く示しています。これらの点を生かすことで、藻類における光合成効率の改良や、新しい光スイッチの創出などさまざまな応用的な研究の展開が可能となります。

なお、本研究成果は、文部科学省の海外派遣と基盤研究による支援を受けて得られたものです。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(オンライン版の場合:3月11日午後3時(米国東部時間)公開)
論文タイトル:Green/red cyanobacteriochromes regulate complementary chromatic acclimation via a protochromic photocycle
著者: Yuu Hirose, Nathan C. Rockwell, Kaori Nishiyama, Rei Narikawa, Yutaka Ukaji, Katsuhiko Inomata, J. Clark Lagarias and Masahiko Ikeuchi
アブストラクトURL:http://www.pnas.org/content/early/2013/03/06/1302909110.abstract

6.問い合わせ先: 
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授
池内 昌彦(いけうち まさひこ)

豊橋技術科学大学エレクトロニクス先端融合研究所 特任助教
広瀬 侑(ひろせ ゆう)

7.用語解説: 
(注)開環テトラピロールは4つのピロール環が繋がった構造をしており、その末端のピロール環が光励起で回転します。

8. 添付資料
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