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記者会見「昆虫脳の神経回路の基本構造を解明」

平成25年4月1日

東京大学分子細胞生物学研究所

1.会見日時: 2013年4月1日(月) 14:00~ 15:00  

2.会見場所: 東京大学分子細胞生物学研究所 生命科学総合研究棟3階301会議室
         (弥生キャンパス内:文京区弥生1-1-1)
         http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_07_15_j.htm
         東京メトロ南北線東大前駅下車5分

3.出席者: 伊藤 啓(東京大学分子細胞生物学研究所 脳神経回路研究分野 准教授) 
        伊藤正芳(東京大学大学院総合文化研究科 博士課程3年)
        増田直樹(東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻 准教授)

4.発表のポイント
◆どのような成果を出したのか
ショウジョウバエ脳の神経回路を、「それぞれの神経幹細胞が産み出す子孫細胞群」単位で染め出し、約100個ある神経幹細胞*1の子孫のほとんどを同定した。
◆新規性(何が新しいのか)
個々の神経幹細胞に由来する子孫細胞群は、脳内の特定の場所だけに枝を伸ばす特徴的な「クローナルユニット*2」を形成し、これらのユニットがブロックのように組み合わさって、脳全体の神経回路を作っていることが分かった。
◆社会的意義/将来の展望
複雑な脳構造を持つ生物の神経回路の全体構造を始めて明らかにした。今回の発見は、幹細胞から脳の複雑な神経回路が形成される基本原理の解明につながる。

5.発表概要: 
脳にある無数の神経細胞は、全て神経幹細胞*1が分裂を繰り返して作られる。産み出された神経は、「どの幹細胞から産まれたかという出自に関係なく、それぞれが独自に分化してさまざまな神経回路を作る」と「出自ごとに決まった神経回路を作る」という2つの可能性があるが、実際の脳でどうなっているかは不明だった。
東京大学分子細胞生物学研究所の伊藤啓准教授と博士課程3年伊藤正芳氏らは、ショウジョウバエを使って脳の細胞を作る神経幹細胞の1つとそれが作る子孫細胞を染め出す実験を繰り返し、約100個ある神経幹細胞から作られる子孫細胞群のほとんどを同定した。子孫細胞群は、出自ごとに脳内の決まった場所だけに神経突起の枝を伸ばす「クローナルユニット*2」を形成し、このユニットがブロックのように組み合わさって、脳全体の神経回路を作っていることが分かった(図1)。神経回路の詳しい構造はこれまでごく単純な線虫でしか分かっていなかったが、今回の研究で、ショウジョウバエ脳の全ての場所について、どのユニットがどこに投射し、どのような神経回路構造を作っているかを解明し(図2)、複雑な脳構造を持つ生物の神経回路の全体構造を始めて明らかにした(図3)。
今回の発見は、幹細胞から脳の複雑な神経回路が形成される基本原理の解明につながる。

6.発表内容:
【研究の背景】
脳には無数の神経細胞があり、それらが作る神経回路の全貌を知ることは非常に困難です。これら無数の神経細胞は、限られた数の神経幹細胞が分裂を繰り返して作られます。ある幹細胞から作られた子孫細胞の一族(クローン)は、「どの幹細胞から産まれたかという出自に関係なく、それぞれが独自に分化してさまざまな神経回路を作る」と「出自ごとに決まった神経回路を作る」という2つの可能性があります。これを調べるには、ごく少数の神経幹細胞だけを染め出して、それらが作る子孫細胞を成体で調べればよいのですが、技術的困難からこれまでほとんど解明が進んでいませんでした。

【研究の方法】
  キイロショウジョウバエは、脳の中枢部の神経が片半球約15,000個と少なく、これらは106個程度の神経幹細胞から作られることが分かっています。東京大学分子細胞生物学研究所 伊藤啓 准教授と大学院学生の 伊藤正芳 氏らは、DNA内の組み替えを誘発するシステムと、マーカー遺伝子の発現を誘導するシステムを組み合わせ、神経幹細胞の1つか2つ程度に組み替えを起こしてマーカー遺伝子を発現させて、その幹細胞に由来する子孫細胞全体を染め分けました。この実験を数千回繰り返してデータを積み重ねた結果、個々の幹細胞の子孫が作るクローン神経群を96個同定することに成功しました。これは全体の約9割にあたります。

【クローナルユニットの解明】
  1つの神経幹細胞に由来する子孫細胞群は全て、脳内の特定の一部の場所だけに枝を伸ばす、特徴的な構造を作っていました。この構造は幹細胞ごとに異なっており、これら形の異なるユニットがブロックのように組み合わさって、脳全体の神経回路を作っていました(図1)。
  こうしたブロック構造を、「1つの神経幹細胞に由来する子孫細胞のクローンが作る、特定の神経回路のユニット」という意味で、クローナルユニットと呼びます。クローナルユニットは脳の一部の場所で以前から見つけていましたが、今回の研究で、脳の神経回路全体がこうしたユニットでできていることが分かりました。
  クローナルユニットには、以下のような特徴があります。
   ・細胞の数は数十~数百とばらつきがある。
   ・ひとつのクローナルユニットには、いくつかの場所に投射する数種類の神経が含
    まれていることが多い(形態的多様性)。
   ・異なる神経伝達物質を放出する神経や異なる遺伝子発現パターンを持つ神経が混
    在していることも多い(生化学的多様性)。

【脳はクローナルユニットのブロック構造でできている】
  このように、ある程度の多様性を持った神経細胞の集団がブロックのように組み合わさって、脳全体の神経回路を作っています。視覚系、嗅覚系などの感覚情報の経路や、キノコ体や中心複合体*3といった昆虫脳の特徴的な構造は、いくつかのクローナルユニットが連携して構成されていました。脳の離れた場所を結ぶ神経線維の束も、特定のクローナルユニットが組み合わさって作られていました(図2)。
  クローナルユニットの神経どうしがシナプスを作って情報をやりとりするには、それらが空間的に重複した場所に投射していることが不可欠です。クローナルユニットの重複の度合いには脳の場所によって大きな差があり、キノコ体や中心複合体のような特徴的な構造を示す場所よりも、その周囲の場所の方が、多くのクローナルユニットが重複する網の目のような複雑な構造を作っていました。これは、特徴的な構造がないためにこれまで注目されていなかった領域が、実は複雑な脳機能を担っている可能性を示唆しています。

【クローナルユニットにもとづく神経ネットワークの解明】
  さらに、96個のクローナルユニットを投射パターンによって247種類に細分割し、それぞれの投射が結ぶ脳領域のネットワーク図を作りました(図3)。遺伝子の総体(ゲノム)やタンパク質の総体(プロテオーム)と同じように、神経投射の総体(プロジェクトーム)を解析する研究が、現在欧米では急ピッチで進んでいます。今回作ったネットワーク図は、約300個の神経細胞全ての回路が分かっている線虫に次いで、現存する2番目に網羅的な神経投射データになります。そこで、東京大学大学院情報理工学系研究科の 増田直樹 准教授は、この情報を使ってネットワーク解析を行いました。
  このネットワークは、「どの2ケ所もごく少数の結合を経由すればたどりつける」という「スモールワールド性*4」を備えていました。また、このネットワークを「内部では結合が強くて外に向かっては結合が弱いような部分ネットワーク」に分割する「コミュニティー解析」を行うと、脳領域は全部で5個(このうち右と左のキノコ体を除いた主要なものは3個)のコミュニティーに分かれました。これは、昆虫の脳が互いに強く連携して働くいくつかの部分から構成されていることを示唆しています。視覚や嗅覚の情報は、異なるいくつかのコミュニティーに分かれて送られており、感覚情報が複雑な統合処理を受ける可能性を示しています。

【クローナルユニット解明の意義と、今後の展望】
  進化的にショウジョウバエとはかなり遠いコオロギなどでも、今回同定したのとよく似たクローナルユニットが、いくつか見つかっています。神経幹細胞の総数もほぼ同じであり、クローナルユニットは進化の過程で保存された重要な脳の構築要素だと考えられます。また、哺乳類脳では1つ1つの神経幹細胞の子孫を体系的にラベルする研究はあまり行われていませんが、大脳皮質では、同じ神経幹細胞の子孫は互いにシナプスを作る頻度が高い、類似した感覚情報を処理している、といった知見が報告されており、クローナルユニットは脳の構造/機能単位としてやはり重要な役割を果たしていると考えられます。
  幹細胞を医療に利用する研究が急ピッチで進んでいますが、脳の複雑な神経回路が幹細胞からどのようにして作られるのかは、まだ分かっていないことばかりです。昆虫の脳神経回路全体が決まったクローナルユニットのブロック的組み合わせによって作られているという今回の発見は、幹細胞から脳の複雑な神経回路が形成される基本原理の解明に向けての重要な一助になると期待されます。
  なお、本研究成果は、主に科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究領域の支援によって得られました。

7.発表雑誌: 
雑誌名:「Current Biology」4月22日号(オンライン版:3月28日公開)
      Current Biology 23 : 1-12, April 22, 2013
論文タイトル:Systematic Analysis of Neural Projections Reveals Clonal Composition of the Drosophila Brain"
著者:Masayoshi Ito, Naoki Masuda, Kazunori Shinomiya, Keita Endo, Kei Ito
DOI番号:10.1016/j.cub.2013.03.015
URL: http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2013.03.015

8.問い合わせ先: 
東京大学分子細胞生物学研究所 脳神経回路研究分野
准教授 伊藤 啓(いとう けい)

9.用語解説:
*1神経幹細胞:脳の中に存在し、不等分裂を繰り返して多数の子孫細胞を産み出す。
同一の細胞から産まれた細胞のグループを「クローン」と呼ぶが、1つの神経幹細胞から作られた子孫細胞群も、同一細胞に由来するのでクローンになっている。
*2クローナルユニット:1つの神経幹細胞に由来する子孫細胞のクローンが作る、特定の神経回路のユニット
*3キノコ体、中心複合体:昆虫脳で古くから知られている特徴的な神経回路構造。キノコ体は脳の左右に一対あるキノコの形に広がった神経回路構造で、学習記憶への関与が知られている。中心複合体は脳の中央部にある扇型や楕円型に広がった神経回路構造で、視覚情報処理や運動制御への関与が知られている。
*4スモールワールド性:初対面の人でも実は「知り合いの知り合い」ぐらいの近い関係にあり、「世界は狭いねえ」と感じることがあるが、それと同じようにネットワーク内のどの2ケ所も、ごく少数の結合を経由すればたどりつけるような特性を持つ構造。

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