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遺伝子変異による細菌の暴走 ―機能性RNAの喪失によりMRSAは高病原性化する―研究成果

遺伝子変異による細菌の暴走
―機能性RNAの喪失によりMRSAは高病原性化する―

平成25年4月22日

東京大学大学院薬学系研究科

1. 発表者
垣内 力 (東京大学大学院薬学系研究科 薬学専攻 准教授)

2. 発表ポイント
<新規性と成果>
psm-mec(注1)という機能性RNAが黄色ブドウ球菌の病原性発現に必須な遺伝子の翻訳を抑制することにより病原性を抑制していることを明らかにしました。また、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の中に、psm-mecが変異したために高病原性化している株が存在することを発見しました。

<社会的意義と将来の展望>
MRSAが高病原性化する分子メカニズムがpsm-mecという病原性の抑制に働く機能性RNAの喪失であることを明らかにしました。psm-mec遺伝子の変異の検出が高病原性型MRSAの検出に役立つと期待されます。

3. 発表概要 
黄色ブドウ球菌は、食中毒などの様々な感染症の原因となる細菌です。その中でも、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は抗生物質に耐性を示すため、治療が難しく問題になっています。
通常MRSAは病院内で免疫力の低下した患者に感染するものの、健常人にはほとんど病気を引き起こしません(「病院分離型MRSA」)。しかし、近年欧米を中心に出現した「市中分離型MRSA」は、健常人にも感染します。高い病原性を持ち、急性疾患を引き起こして感染者を死に至らしめる場合もあります。これまで、市中分離型MRSAが病院分離型MRSAに比べて強い病原性を示す原因は明らかではありませんでした。
今回、東京大学大学院薬学系研究科の垣内力(かいとちから)准教授の研究グループは、市中分離型MRSAが高病原性を持つ分子メカニズムを初めて解明し、さらに、病院分離型MRSAが高病原性化する危険性と、その迅速な検出の可能性を示唆しました。

4. 発表内容
  1960年以降に出現したMRSAはメチシリンを含む様々な抗生物質に耐性を示すため、本菌による感染症は治療が困難です。MRSAは主に病院内で免疫力の低下した患者に感染してきました。一方近年、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ諸国を中心に、市中で健常人に感染する新しいタイプのMRSAが出現して問題を引き起こしています。従来型のMRSAは病院分離型MRSA、新しいタイプのMRSAは市中分離型MRSAと呼ばれています。市中分離型MRSAは免疫力の正常な人にも感染する能力を有することから、市中分離型MRSAは病院分離型MRSAに比べて高い病原性を有すると考えられてきました。市中分離型MRSAの分泌する細胞外毒素の量は病院分離型MRSAに比べて多いことが分っていましたが、その原因はこれまで明らかになっていませんでした。

  今回、東京大学大学院薬学系研究科の垣内力准教授の研究グループは、市中分離型MRSAには存在せず、病院分離型MRSAには存在するpsm-mec遺伝子に着目し、この遺伝子から転写されたRNAが黄色ブドウ球菌の細胞外毒素の産生に必須な役割を果たす転写因子の翻訳を抑制することを見出しました。また、人為的にpsm-mec遺伝子を失わせた病院分離型MRSA はマウスに対して高病原性を示すこと、人為的にpsm-mec遺伝子を導入した市中分離型MRSAはマウスに対する病原性を減弱することが明らかとなりました。すなわち、病院分離型MRSAにおいてはpsm-mec RNAが病原性発現を抑制している一方、市中分離型MRSAにおいてはpsm-mec RNAが発現しないために、病原性抑制機構が破綻し病原性発現が亢進していると考えられます。さらに同グループは、日本の関東地域の病院から325株の病院分離型MRSAを収集し、その約30%がpsm-mec遺伝子に変異を有し、psm-mec RNAの発現を失っていること、並びに、これらのpsm-mec遺伝子変異株では細胞外毒素の発現量が増加していることを見出しました。

  本研究から、市中分離型MRSAの高病原性の原因がpsm-mec RNAの不在であること、病院分離型MRSAの中にもpsm-mec RNAの発現低下により高病原性化している株が存在することが示唆されました。psm-mec遺伝子変異の検出は、高病原性型MRSAの迅速な検出と治療指針の確立に役立つと期待されます。

5. 発表雑誌
雑誌名:PLoS pathogens (オープンアクセスジャーナル 4月4日公開)
巻:9(4): e1003269
論文タイトル:Mobile Genetic Element SCCmec-encoded psm-mec RNA Suppresses Translation of agrA and Attenuates MRSA Virulence
著者:Chikara Kaito (corresponding author), Yuki Saito, Mariko Ikuo, Yosuke Omae, Han Mao, Gentaro Nagano, Tomoko Fujiyuki, Shunsuke Numata, Xiao Han, Kazuaki Obata, Setsuo Hasegawa, Hiroki Yamaguchi, Koiti Inokuchi, Teruyo Ito, Keiichi Hiramatsu, Kazuhisa Sekimizu
DOI番号:10.1371/journal.ppat.1003269
URL:http://www.plospathogens.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.ppat.1003269

6. 問い合わせ先
東京大学大学院薬学系研究科 微生物薬品化学教室
准教授  垣内 力(かいと ちから)

7. 用語解説
(注1)psm-mec (phenol soluble modulin mec)
  フェノールに溶解する疎水性のポリペプチド(PSM-mec)をコードする遺伝子として同定されました。発表者の研究により、この遺伝子から転写されるRNAそのものが黄色ブドウ球菌の病原性を抑制する機能を持つことが明らかになりました。

8. 参考
◯ psm-mecが機能性RNAをコードすることを発見した論文:Kaito C, et al. (2011)
PLoS Pathog 7(2): e1001267. doi:10.1371/journal.ppat.1001267
http://www.plospathogens.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.ppat.1001267
◯ psm-mecが黄色ブドウ球菌の移動能力を抑制することを発見した論文:Kaito C, et al. (2008) PLoS ONE 3(12): e3921. doi:10.1371/journal.pone.0003921
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0003921

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