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神経回路作りを支えるタンパク質工場(小胞体)と工場員Meigo ―新規小胞体分子MeigoがEphrinの機能を調節して樹状突起ターゲティングを制御する―研究成果

神経回路作りを支えるタンパク質工場(小胞体)と工場員Meigo
―新規小胞体分子MeigoがEphrinの機能を調節して樹状突起ターゲティングを制御する―

平成25年4月30日

東京大学大学院薬学系研究科

1.発表者:
千原 崇裕(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 講師)
関根 清薫(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 特任研究員)

2.発表ポイント:
  ◆どのような成果を出したのか
小胞体機能分子Meigo(マイゴ)が、神経回路づくりに必要なEphrinタンパク質の量と機能を調節していることが明らかになりました。
  ◆新規性(何が新しいのか)
すべての細胞にとって必須の細胞内小器官「小胞体」が、機能的な神経回路作りに積極的に関わっていることを初めて示しました。
  ◆社会的意義/将来の展望
細胞の生死、恒常性維持に関わる小胞体は、神経変性疾患や糖尿病など多くの疾患との関わりが報告されています。今回の小胞体機能分子Meigoの発見は、小胞体の生理機能の更なる理解、及び神経変性疾患や糖尿病などの小胞体関連疾患の発症機序解明に繋がることが期待されます。

3.発表概要:
全身の統合や記憶・学習を司る脳神経回路を作るには、膨大な数の神経細胞がそれぞれ適切なパートナーを探しだし、シナプス結合することが求められます。それぞれの神経細胞はどのようにして適切な結合相手を見つけ出し、正しい回路を形成しているのでしょうか。
東京大学大学院薬学系研究科の千原崇裕講師、関根清薫特任研究員らは、米スタンフォード大学のLiqun Luo教授と共同で、神経細胞で情報を受け取る側である「樹状突起」が相手を見つけるメカニズムを世界で初めて解明しました。
研究グループは「タンパク質の工場」と呼ばれる小胞体の中に、Meigo(マイゴ;変異があると神経細胞が相手を正しく見つけられず「迷子」になることから命名)分子が存在することを発見し、Meigo分子が、神経の回路作りに必要なタンパク質Ephrinの量と機能を調節していることを明らかにしました。
樹状突起の形態はあまりに複雑で、これまでよく研究されていませんでした。小胞体というあらゆる膜タンパク質の合成に関わる細胞内小器官が、神経の回路作りにおいて特定の局面を制御しているという発見は新しく、今後は小胞体の生理機能の更なる理解や、小胞体関連疾患の発症機序解明に繋がることが期待されます。

4.発表内容:
  全身の統合や記憶・学習を司る脳のような複雑な神経回路を作るには、膨大な数の神経細胞がそれぞれ正確にシナプス結合することが求められます。では、それぞれの神経細胞はどのようにして適切な結合相手を見つけ出し、正しい回路を形成しているのでしょうか。

  神経細胞は情報を受け取る側である「樹状突起」と、情報を出力する側である「軸索」を持っており、これら両方の神経突起が適切な標的へ投射(ターゲティング)することが神経回路形成に必要です。これまで多くの研究者により「軸索ターゲティング」に関する研究が精力的に進められてきましたが、「樹状突起ターゲティング」に関しては、樹状突起の形態があまりに複雑ということもあり、殆ど研究が進んでいませんでした。そこで我々は樹状突起ターゲティングの分子機構を解明することを目的に研究を始めました。具体的には、遺伝学的手法の発達したショウジョウバエの嗅覚神経系(図1、左)をモデル実験系として、樹状突起ターゲティングがどのような分子機構で行われているのかを明らかにすることを目指しました。

  まず初めに、樹状突起ターゲティングに異常を示す変異体を探索するスクリーニングを行ったところ、酵母からヒトまで進化的に保存されたmeigo遺伝子が、樹状突起ターゲティングに必要であることが明らかになりました。meigo遺伝子は個体の生存に必須な遺伝子で、全身をmeigo遺伝子の変異体にすると致死になります。そこで、個体の中の一部の細胞だけで目的の遺伝子機能を欠損させる手法「遺伝学的モザイク法」を用いてmeigo遺伝子の機能を解析しました。嗅覚回路を構成する神経のうち1細胞のみでmeigo遺伝子を欠損させたところ、特定の方向(正中線方向)への異常な樹状突起ターゲティングが観察されました。更に樹状突起は標的領域で収束できないことも明らかになりました。興味深いことに、他の方向(背腹軸方向など)への異常なターゲティングは見られませんでした。つまり、meigo遺伝子を欠損させた投射神経の樹状突起は、「正中線-側方軸方向の樹状突起ターゲティング」、及び「樹状突起の収束」にのみ異常を示すことが明らかになりました(図1、右)。

  次に、meigo遺伝子から作り出されるMeigoタンパク質に関して解析を行ったところ、Meigoタンパク質は小胞体に局在することが明らかになりました。小胞体は、樹状突起ターゲティングに必要な膜タンパク質の合成と、成熟が行われる細胞内小器官で、「タンパク質の工場」とも呼ばれています。我々はMeigoタンパク質の量を減少させた細胞では小胞体にストレスがかかり、様々な膜タンパク質の合成が抑制されていることを見出しました。そこで、「meigo遺伝子を欠損させた神経では、樹状突起ターゲティングを担う膜タンパク質の量が減少した結果、樹状突起ターゲティング異常が引き起こされたのではないか」と考えました。meigo遺伝子を欠損させた嗅覚回路神経に、様々な膜タンパク質を一つずつ過剰発現させて、どの膜タンパク質が特に樹状突起ターゲティングに重要なのかを探索しました。その結果、Ephrinタンパク質を発現させた時のみ、「meigo変異による樹状突起の収束異常」が抑制されることを見出しました。更なる解析により、Meigoタンパク質はEphrinタンパク質の、①量を増やすこと、②正しい場所(細胞膜)へ運ぶこと、③糖鎖修飾による機能を調節すること、に重要であることが明らかになりました。

  この研究により、小胞体のMeigoタンパク質が、樹状突起ターゲティングに必要であり、その過程にはEphrinタンパク質を介していることが明らかになりました(図2)。小胞体に存在する分子が、神経回路形成の特定の局面に必要とされる現象は新しく、本研究は小胞体における細胞膜タンパク質の機能制御が、樹状突起ターゲティングに重要であることを示唆しています。更に、細胞の生死、恒常性維持に関わる小胞体は、神経変性疾患や糖尿病など多くの疾患との関わりが報告されていることから、今回の小胞体機能分子Meigoの発見は、小胞体の生理機能の更なる理解や、小胞体関連疾患の発症機序解明にも繋がると期待されています。

図1、図2はこちら

5.発表雑誌
雑 誌 名:Nature Neuroscience
出版・発行:online 2013年4月29日(イギリス夏時間:28日(日)午後6時)
論文タイトル:Meigo governs dendrite targeting specificity by modulating Ephrin level and N-glycosylation
著   者:Sayaka U. Sekine, Shuka Haraguchi, Kinhong Chao, Tomoko Kato, Liqun Luo, Masayuki Miura, and Takahiro Chihara* (*:責任著者)

6.問い合わせ先:
東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 講師
千原 崇裕(ちはら たかひろ)

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