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栄養不足が発育をさまたげるしくみ ―低栄養状態に応答し前駆細胞の活性化を阻害する遺伝子を発見―研究成果

栄養不足が発育をさまたげるしくみ
―低栄養状態に応答し前駆細胞の活性化を阻害する遺伝子を発見―

平成25年5月8日

東京大学大学院薬学系研究科

1. 発表者: 
福山 征光(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 助教)
春日 秀文(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 博士課程学生 平成24年度卒業)
北澤 文(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 修士課程学生)
紺谷 圏二(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 准教授)
堅田 利明(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 教授)

2.発表のポイント:
◆どのような成果を出したのか
低栄養状態に応答してmir-235という遺伝子が活性化し、将来神経や筋肉を生み出す前駆細胞の活性化を阻害することで、発育を抑制することを発見しました。
◆ 新規性(何が新しいのか)
栄養不足が発育を抑制するしくみを細胞・遺伝子レベルで解明しました。
◆社会的意義/将来の展望
個体の栄養状態は、幹細胞や前駆細胞に作用することで、発育、組織恒常性、老化の進行などの生理現象に影響をおよぼすと考えられています。本研究で得られた知見は、これらの生理現象の基本原理の解明に貢献することが期待できます。

3.発表概要: 
個体の栄養状態は、将来さまざまな組織をかたちづくる幹細胞や前駆細胞に作用し、その結果、発育、組織恒常性、老化の進行などの生理現象に影響をおよぼすと考えられています。しかしながら、栄養状態の変化が、幹細胞や前駆細胞の活動や機能に、具体的に細胞や遺伝子のレベルでどのような作用をもつかについては、不明な点が多く残されています。東京大学大学院薬学系研究科の福山征光助教、春日秀文博士課程大学院生(当時)、堅田利明教授らのグループは、mir-235という遺伝子が低栄養状態時に活性化し、前駆細胞が増殖や分化を開始するのを阻止することで、発育を抑制することを明らかにしました。
本研究では、ヒトと多くの共通した遺伝子を持ち、幹細胞や前駆細胞の観察と遺伝子操作の容易な線虫を実験モデルとして用いることによって、mir-235を発見するに至りました。
ヒトを含む多くの高等動物もmir-235に非常に類似した遺伝子をもつことから、本研究で得た知見を糸口に、ヒトにおける幹細胞や前駆細胞の栄養応答メカニズムについて、遺伝子レベルでの理解がさらに深まることが期待できます。

4.発表内容:
個体の栄養状態は、幹細胞や前駆細胞の自己増殖や分化といった活動に影響をあたえることが近年明らかにされつつあります。このような幹細胞や前駆細胞の栄養応答は、個体の正常な発育、組織の恒常性維持、老化の進行といった生理現象の基盤をなすと考えられています。しかしながら、マウスなどの多くの実験動物では幹細胞や前駆細胞を生きたまま時間を追って追跡観察することが非常に困難であるため、細胞や遺伝子レベルでの栄養応答の詳細やそのメカニズムに関しては、多くの部分が未解明であるのが現状です。

本研究では、体が透明で、生きたまま幹細胞や前駆細胞の観察を容易におこなうことができる、C.エレガンスという線虫の一種をモデル実験系として用いています。これまでの研究により我々ヒトとC.エレガンスは非常に多くの共通の遺伝子を持つことが知られています。また、C.エレガンスの遺伝子操作は非常に容易であるため、数千もの遺伝子に対して、それらの遺伝子を欠失させた系統(欠失変異体)が既に作出されています。そこで、本研究では、まず最初に幹細胞や前駆細胞の活性化制御に関わると推測される百あまりの候補遺伝子の欠失変異体を一つ一つ観察し、幹細胞や前駆細胞の栄養応答に異常を示すものを探索しました。その結果、mir-235という遺伝子の欠失変異体では、神経や筋肉の前駆細胞が、本来休眠状態で維持されるべき低栄養状態においても、活性化して増殖や分化を活発におこなうことを見いだしました。 mir-235遺伝子は、micro(マイクロ)RNAという非常に小さなRNA(注1)を発現する(注2)ことが既に報告されていました。そこで、mir-235のmicroRNAの発現を調べたところ、低栄養状態では発現が亢進し、高栄養状態では発現が減少することが観察されました。また、C.エレガンスにおいても、ヒトと同様にインスリン/インスリン様成長因子シグナル伝達経路という、個体の栄養状態を細胞に伝えるしくみが存在することが知られています。我々は、インスリン/インスリン様成長因子シグナル伝達経路が、高栄養状態に応答したmir-235の発現減少に必須であることを見出しました。
これまでにヒトを含む多くの生物は、数百、ないしは数千ものmicroRNAを発現していることがしられています。一般的に、microRNAは特定の遺伝子を「標的」とし、それらの発現を抑制することが知られています。実際に、mir-235を欠損した線虫や、高栄養状態でmir-235の発現が低下した線虫では、mir-235の標的遺伝子の発現が抑制されずに亢進していること、また、その標的遺伝子が前駆細胞の活性化に関与していることが、本研究では明らかにされました。

以上の結果より、mir-235遺伝子を介して栄養状態と発育を連動させるしくみが明らかにされました(図参照)。すなわち、低栄養状態においては、mir-235の発現が増加し、標的遺伝子の発現が抑制され、神経や筋肉の前駆細胞が不活性化し、その結果それらの組織の発育が抑制されます。それに対し、高栄養状態ではインスリン/インスリン様成長因子シグナル伝達経路が活性化し、mir-235の発現が減少し、標的遺伝子の発現が亢進し、神経や筋肉の前駆細胞が活性化して発育が促進されます。

我々ヒトなどの哺乳動物もmir-235に非常に類似したmiR-92という遺伝子をもっています。miR-92は白血病細胞などのがん細胞で発現が亢進しており、がんの発生に関与していることが示唆されています。また、幹細胞の活性化機構は、がんの発生にも関与することが近年報告されています。今後、哺乳動物における、幹細胞や前駆細胞の栄養応答やインスリン/インスリン様成長因子シグナル伝達経路とmiR-92の関係を調べることで、栄養状態が発育に影響を与えるしくみや、がんの発生メカニズムについて、遺伝子や分子レベルでの理解が進むことが期待されます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:Nature(オンライン版:5月6日午前2時(日本時間))
論文タイトル:The microRNA miR-235 couples blast cell quiescence to the nutritional state
著者:Hidefumi Kasuga, Masamitsu Fukuyama※, Aya Kitazawa, Kenji Kontani, Toshiaki Katada
(※責任著者)
DOI番号:10.1038/nature12117
アブストラクトURL:http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/abs/nature12117.html

6.問い合わせ先:
東京大学 大学院薬学系研究科薬科学専攻 助教 福山 征光

7.用語解説: 
(注1)RNA:リボ核酸のこと。生体高分子の一種で、遺伝子にコードされた情報を実行したり、遺伝子からの蛋白質合成を媒介する機能を持つ。
(注2)発現:遺伝子の情報がRNAや蛋白質として変換・合成されること。

8.添付資料
こちらからダウンロードできます。

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