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電子のスピンと軌道の絡み合った共鳴状態の世界初の解明 新しい量子状態の存在を示唆する成果研究成果

電子のスピンと軌道の絡み合った共鳴状態の世界初の解明
新しい量子状態の存在を示唆する成果

平成25年6月17日

東京大学物性研究所

<本研究成果のポイント>
・新しい量子状態を示唆する、スピンと軌道が混ざったスピン軌道共鳴状態を観測
・低温では、電子の軌道とスピンが強く関連しながら揺らいだ状態が実現していることを観測

<概要>
大阪大学大学院基礎工学研究科(物質創成専攻物性物理工学領域)若林裕助准教授、東京大学物性研究所 中辻知准教授を中心とする研究グループは、蜂の巣構造を基本骨格とする銅酸化物(図1)において、電子の持つ自由度であるスピンと軌道が量子力学的に混ざった状態に特徴的な構造を観測することに世界で初めて成功しました。研究グループは、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)放射光科学研究施設フォトンファクトリー(PF)*1の放射光を用い、数ナノメートルの範囲でのみ銅イオンの電子軌道が整列していることを観測しました。その温度依存性を磁性と比較した結果、電子の軌道とスピンが強く絡み合いながら揺らいだ状態が実現していることが明らかになりました。この状態は、軌道が高い温度で秩序化し、その環境に合わせて磁性が低温で秩序化する通常見られる状態と大きく異なっています。
蜂の巣構造などある種の幾何学的な構造は、単純な秩序構造と辻褄が合わず、フラストレーションを持ったまま非常に低温まで秩序を形成しないことが知られています。そのような物質の中では、通常生じない新しい状態が生まれることが理論的に予想されています。今回の観測は、このような新しい状態の一つを実験的に確認したことに相当します。このような新しい量子状態は、新しい物性や機能を秘めている可能性があり、今後はその解明が期待されます。

本研究成果は、Nature Communicationsの2013年6月17日号(英国時間)に掲載される予定です。

テキスト ボックス:    図1: Ba3CuSb2O9の結晶構造

<研究の背景>
単純な秩序構造をもたない結晶では、幾何学的フラストレーション*2と呼ばれる電子スピンが不安定な配列になり、特異な物性が現れるため多くの研究が行われています。通常は温度を下げると、フラストレーションを解消するように構造が歪むことで何らかの秩序状態に到達しますが、まれに非常に低温までフラストレートした状態が継続することがあります。量子力学的な揺らぎによって秩序形成が妨げられた場合、電子が抵抗なしに動き続ける超伝導や、粘性のない液体である超流動のような、非常に変わった現象がおこります。このように“何かが動き続ける”状態が発見されれば、これまでにない新しい物性が出現すると考えられます。今回測定したBa3CuSb2O9は極めて低温まで秩序化が生じないフラストレーションを持った磁性体である上に、銅の電子軌道の配置にも自由度があります*3。このような状況では、電子スピンが担う磁性と、軌道自由度とが混ざった新しい量子状態の可能性が理論的に指摘されていました。
  Ba3CuSb2O9の磁気的な性質については既に調べられていましたが、軌道自由度の精密な測定はこれまでなされていませんでした。八面体配位した銅の場合、図2に示すように、x、y方向に広がった軌道が占有されない場合、z方向に八面体が伸びるように歪みます。これを利用して、構造の歪みをX線散乱法*4によって観測することでBa3CuSb2O9の電子軌道の配置を調べました。

テキスト ボックス:      図2: 八面体配位した銅イオンの軌道と歪みの関係  x、y方向に伸びた電子軌道(緑のシンボルで表示)が空席となる場合、z方向に伸びるように構造が歪む。

測定の結果、以下のことが解りました。
(1) 室温(300 K)では図3(a)のような弱い電子軌道の秩序が生じている。
(2) 低温(4 K)では図3(b)の秩序が発達するとともに図2の秩序が混在する。
(3) これらの秩序は最大でも数ナノメートルの範囲でしか生じない。
(4) 磁性が大きく変化する50Kまでは温度低下とともに電子軌道が秩序化していくが、それ以下の温度では軌道秩序は変化しない。

軌道自由度は非常に強く周囲と相互作用しているため、通常は磁性よりずっと高温で秩序化します。しかし今回の場合、磁性が軌道自由度の振る舞いを支配しているように見える点が通常と大きく異なる点です。
一方、理論研究では、スピンと軌道が混ざった量子状態を形成し、スピン軌道共鳴状態というベンゼンのような特殊な電子の状態が生じ、図3のような軌道秩序が予言されています。今回の測定は電子軌道の配列と、その温度依存性の二つの側面でこの理論を裏付ける結果を得ました。

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<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>
  本研究では、理論的に指摘されていた新しい量子状態を支持する観測結果を得ました。今後は、極低温下での時間的変動などを調べることで確定的な結論を得ることを目指します。このような新しい量子状態は、新しい物性を秘めている可能性があり、その解明が期待されます。

<特記事項>
本研究成果はNature Communicationsの2013年6月17日号(英国時間)に掲載されました。
論文名:
Dynamical spin-orbital correlation in the frustrated magnet Ba3CuSb2O9
(日本語名:フラストレーション磁性体Ba3CuSb2O9に見られる動的スピン軌道相関)
アブストラクトURL: http://www.nature.com/ncomms/2013/130617/ncomms3022/abs/ncomms3022.html

<用語解説>
*1  フォトンファクトリー(PF)
光(Photon)の工場(Factory)の愛称で親しまれているPFは、日本初のX線を利用できる放射光専用光源として、1982年に完成した。数度の大改修を経て輝度を高めるとともに、最新技術の実験装置の整備により、世界最先端の研究成果を創出している。
このような大型施設は、大学などが単独で維持管理することが難しいため、大学や研究機関が共同で利用実験するための施設(大学共同利用機関)としてKEKで運用している。

*2 幾何学的フラストレーション
円柱を束ねた場合、正三角形状に並ぶのが普通の並び方である。一方、円柱型の棒磁石を束ねようとすると、隣あわせの磁石の磁極(NS)を逆に向けようという磁気的な力が働く。しかしこの磁気的な相互作用は正三角形状の配列と辻褄が合わない。このように磁石をどう配置しても安定な配置になることが出来ない幾何学的な配置は何種類も知られており、そういった状況を幾何学的フラストレーションがある状態と呼ぶ。この種の構造を持つ物質は簡単な安定構造をとることができないため、予想が難しい奇妙な性質を示すことが期待される。

*3 銅の電子軌道配置の自由度
銅を含む遷移金属の性質は3d軌道の電子に支配される。 この物質では銅の価数は2+で、3d電子の軌道10個のうち、9つを占有する。一つだけ電子の入らないd軌道が残るが、それが右図の3つのどの軌道であっても同じエネルギーを持つ。そのため、どの軌道が占有されずに残るかは決まらず、自由度が残る。これを軌道の自由度と呼ぶ。多くの場合、隣のサイトとの相互作用によって安定な構造が定まるが、この物質では極低温まで冷やしてもこの自由度が残ったままになる。
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*4 X線散乱
X線を試料に照射し、散乱されたX線の強度分布から物質中の原子配置を調べる手法。結晶から液体まで、幅広い物質に対して適用される。

<本件に関する問い合わせ先>
【研究に関するお問い合わせ】
大阪大学 大学院基礎工学研究科 若林裕助准教授
東京大学 物性研究所 中辻知准教授

【報道担当】
大阪大学 大学院基礎工学研究科 庶務係
高エネルギー加速器研究機構 広報室
東京大学 物性研究所 総務係

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