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筋強直性ジストロフィーの症状が改善 ―アンチセンス法でマウスを治療―研究成果

筋強直性ジストロフィーの症状が改善
―アンチセンス法でマウスを治療―

平成25年7月22日

 東京大学大学院総合文化研究科

1.発表者: 
石浦 章一(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授)
古戎 道典(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 大学院生、こえびす みちのり)

2.発表のポイント
◆筋強直性ジストロフィー1型の筋強直症状を改善するアンチセンス核酸を筋肉細胞に導入する新しいデリバリー法を開発
◆本デリバリー法は、バブルリポソームと超音波を組み合わせたもので、筋強直症状を示すマウスにおいてその有効性を実証
◆本デリバリー法は、筋強直性ジストロフィー1型における筋強直症状を改善するアンチセンス核酸医薬の開発へと繋がる可能性があり、効果的なデリバリー法がなかった筋肉の難病治療に明るい見通しをもたらす。

3.発表概要:
筋強直性ジストロフィー1型は、10万人に5人程度に見られる日本で最多の成人筋疾患ではあるが、現在までに本症を抜本的に治療する薬はない。本症の特徴は、その疾患の名前にも由来している筋強直で、収縮した筋肉が弛緩するときに時間がかかってしまう症状である。例えば、筋強直によって手をグッと握った後にパッと広げるのに指が曲がったままでなかなか手が伸びないようなことがある。これは、ドアノブやつり革から手を離すのに時間がかかってしまうなど日常生活の困難さを招く。
現在までに、筋強直性ジストロフィー1型における筋強直は、塩化物イオンチャネル遺伝子(注1)CLCN1のスプライシング(注2)の異常により生じること、スプライシング異常の改善はエキソン・スキップ(注3)という方法が最良であることがわかっていた。しかし、エキソン・スキップには、特定の核酸配列を筋細胞に届ける必要があり、効果的なデリバリー法が見つかっていなかった。
今回、東京大学大学院総合文化研究科の古戎道典(博士課程3年)と石浦章一教授らは、CLCN1のスプライシングを正常化する効率の良いアンチセンス核酸(注4)を同定し、それをバブルリポソームと超音波を用いて筋細胞に導入する新しい治療法を確立した。この方法をマウスに用いると、CLCN1のスプライシングが正常化し、マウスの筋強直症状が改善した。今後は、開発したデリバリー法のヒト細胞での効果を確認することで、筋強直性ジストロフィー1型の筋強直症状を緩和する薬剤の開発へと繋がることが期待される。

4.発表内容:
筋強直性ジストロフィー1型は、筋肉だけでなく、全身へと様々な症状が及ぶ特徴がある。具体的な症状としては、筋強直や進行性の筋萎縮、心伝導障害、白内障、耐糖能異常、そして精神遅滞などが挙げられる。筋強直性ジストロフィー1型における様々な症状が生じる詳細な機構についての決定的な理解は得られていないが、いくつかの症状が遺伝子からmRNAが作られる過程の「スプライシング」という反応の異常な制御によって引き起こされることが知られている。例えば、筋強直症状は塩化物イオンチャネル遺伝子CLCN1の異常の結果、耐糖能異常はインスリン受容体遺伝子(注5)のスプライシング制御の異常の結果生じるということが分かってきた。これらのスプライシングの異常な制御を改善することは、筋強直性ジストロフィー1型の症状緩和につながるため、現在まで様々なスプライシングの改善方法が試みられてきており、エキソン・スキップという方法が最良であることがわかっている。これは余分なエキソンの読み取りをアンチセンス核酸を用いて飛ばす方法で、マウスを含む筋ジストロフィーモデル動物でも応用されている。しかし、アンチセンス核酸を用いてエキソン・スキップを引き起こすためにはアンチセンス核酸を細胞内に導入する必要がある。しかし、アンチセンス核酸そのものは細胞膜を通過することができず、アンチセンス核酸を効果的に筋細胞に届ける方法の開発が求められていた。

東京大学大学院総合文化研究科の石浦章一教授らの研究グループは、バブルリポソームと超音波を用いたアンチセンス核酸のデリバリー法により、筋強直の原因となるCLCN1の異常なスプライシングを正常化する新しい方法を開発した。まず、研究グループは、特定の配列を持つアンチセンス核酸がマウスのCLCN1の正常型スプライシングを効率よく促進することを発見した。次に、アンチセンス核酸を効率よく筋肉細胞に導入する方法として、バブルリポソームと超音波を用いた。バブルリポソームとは、脂質の膜であるリポソームに超音波造影剤であるパーフルオロプロパンガスを封入したもので、言わば、超音波造影剤の小さな泡である(東京薬科大学の根岸洋一准教授との共同研究)。このバブルリポソームとアンチセンス核酸の混合溶液をマウスの筋肉に注射し、筋肉に外から超音波を照射すると、バブルリポソームが筋組織内ではじけ、その衝撃で筋細胞膜に小孔が開く。この小孔により、理論的にはアンチセンス核酸を細胞内に導入できる。本研究では、バブルリポソームと超音波を用いてマウスの筋細胞にアンチセンス核酸を導入することにより、筋強直性ジストロフィー1型モデルマウスのCLCN1のエキソン・スキップに成功し、筋強直症状の改善が観察された。

ヒトとマウスでは、CLCN1のエキソン・イントロン構造に若干の違いがあるので、今後はヒトのCLCN1におけるアンチセンス核酸の効果を確認することで、筋強直性ジストロフィー1型の筋強直症状を緩和する薬剤として応用が期待される。

なお、石浦教授らの研究グループは、2013年7月9日(火)にもCLCN1の異常なスプライシングを正常化する低分子化合物を発見し、その報告を行っている(Scientific Reports 3, Article number: 2142 http://www.nature.com/srep/2013/130705/srep02142/full/srep02142.html)。これらは、筋強直性ジストロフィー1型の筋強直症状をさまざまな方法により改善するための研究の一環として行われている。

5.発表雑誌:
雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版の場合:7月22日)3巻2422
論文タイトル:Ultrasound-enhanced delivery of morpholino with bubble liposomes ameliorates the myotonia of myotonic dystrophy model mice.
著者:Michinori Koebis, Tamami Kiyatake, Hiroshi Yamaura, Kanako Nagano, Mana Higashihara, Masahiro Sonoo, Yukiko Hayashi, Yoichi Negishi, Yoko-Endo-Takahashi, Dai Yanagihara, Ryoichi Matsuda, Masanori P. Takahashi, Ichizo Nishino and Shoichi Ishiura
DOI番号:10.1038/srep02242
URL:http://www.nature.com/srep/2013/130722/srep02242/full/srep02242.html

6.問い合わせ先:
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授
石浦 章一(いしうら しょういち)

7.用語解説: 
(注1)塩化物イオンチャネル遺伝子(CLCN1)
筋細胞膜上にあるイオンチャネルをコードする遺伝子で、主に塩化物イオンの透過に関わっている。このチャネルの機能が低下することで、筋肉が収縮しやすくなり、筋強直を引き起こす。
(注2)スプライシング
遺伝子からタンパク質が作られる過程で、DNAから転写されたmRNA前駆体のうち、タンパク質に翻訳されないmRNA前駆体の領域(イントロン)を除き、タンパク質に翻訳される領域(エキソン)のみをつなげる反応。
(注3)エキソン・スキップ
特定のエキソンを読み飛ばすことを指す。これにより、成熟mRNAに特定のエキソンが含まれないように制御することができる。なお、同じ遺伝子でもエキソンとイントロンの配置は、動物種によって異なる。
(注4)アンチセンス核酸
DNAやRNAなど生体内の核酸と相補的な核酸配列をもち、DNAやRNAの特定の配列に結合する人工的に設計された核酸のこと。DNAやRNAの特定の配列に結合することで、DNAやRNAの働きを阻害する。
(注5)インスリン受容体遺伝子
細胞膜上にあるインスリンの受容体をコードする遺伝子。この受容体機能が低下すると、耐糖能異常などの糖尿病様症状が出現する。

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