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亜鉛欠乏に対する新しい細胞応答の機構を解明 筋萎縮性側索硬化症の病態解明に向けて研究成果

亜鉛欠乏に対する新しい細胞応答の機構を解明
筋萎縮性側索硬化症の病態解明に向けて

平成25年9月27日

東京大学大学院薬学系研究科

1.発表者:
一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 教授)
本間謙吾(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 特任研究員)

2.発表のポイント: 
◆SOD1というタンパク質が、亜鉛欠乏時に構造を変化させることで、細胞の恒常性の維持に重要な働きを担っていることを明らかにしました。
◆野生型SOD1は生体内の亜鉛が欠乏した環境下では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を引き起こす様々なタイプの変異型SOD1タンパク質と同様の共通構造をとることを明らかにしました。
◆本研究成果により、ALSのみならず亜鉛欠乏によって起こる様々な疾患に対する新たな治療薬開発につながることが期待されます。

3.発表概要:
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis;ALS)は、人生の中盤から後半にかけて発症する割合が高く、運動神経が特異的に障害される神経変性疾患です。東京大学大学院薬学系研究科の一條秀憲教授らの研究グループは、これまで遺伝的要因が関与しているALS(家族性ALS)には変異型SOD1(注1)が共通した立体的な構造をとることにより神経細胞死を引き起こすこと、また、正常なSOD1(野生型SOD1)も環境によって変異型SOD1と同じ構造をとる場合があることを明らかにしています。しかし、野生型SOD1の構造変化とその機構は不明でした。
今回、同研究グループは、野生型SOD1は亜鉛が欠乏している環境下で変異型様の構造に変化し、亜鉛欠乏細胞の恒常性(注2)の維持に寄与していることを明らかにしました。本研究成果により、亜鉛欠乏によって起こる様々な疾患に対する新たな治療薬の開発につながることが期待されます。また、亜鉛恒常性の破綻とALS病態に関する研究の新たな契機になることも期待されます。
  本研究成果は、2013年9月27日に、米国の科学雑誌「Molecular Cell」のオンライン版に公開されます。なお、本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、また科学研究費補助金ならびに先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業などの助成を受けて行われました。

4.発表内容:
<研究の背景>
  筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis;ALS)は、人生の中盤から後半にかけて発症する割合が高く、運動神経が特異的に障害される神経変性疾患です。ALSの発症には遺伝的要因が関与しているもの(家族性ALS)があり、最も高頻度に見られる遺伝子変異としてCu/Zn superoxide dismutase (SOD1)が知られています。東京大学大学院薬学系研究科の一條秀憲教授らは以前の研究により、家族性ALSにみられる変異型SOD1は共通した立体的な構造をとることを報告していました。小胞体は細胞内小器官の1つであり、分泌タンパク質や膜タンパク質の適切な立体構造形成に重要な働きを果たしています。正しい立体構造がとれなかったタンパク質は小胞体に蓄積します。小胞体に存在するDerlin-1(注3)というタンパク質は小胞体内に蓄積したこのような不良タンパク質の分解に関わります。家族性ALSにみられる立体構造が変化した変異型SOD1は、Derlin-1と結合してその働きを阻害し、そのために小胞体ストレス(注4)を過剰に誘導して、運動神経の細胞死を引き起こすことを明らかにしました。興味深いことに、正常なSOD1(野生型SOD1)にももともとDerlin-1結合部位が存在すること、また、血清を含まない培地で培養した細胞においては、野生型SOD1でも変異型SOD1と同じように、Derlin-1結合部位を露出した構造をとることも明らかとなっていました。しかし、どのような条件において野生型SOD1の構造が変化するのか、またその生理的意義については不明でした。

<研究の詳細>
  今回、同研究科の本間謙吾特任研究員や一條秀憲教授らの研究グループは、野生型SOD1の構造変化を制御する血清中の因子として亜鉛を同定しました。また、亜鉛欠乏時には野生型SOD1は変異型SOD1と同様の構造に変化し、Derlin-1結合部位を露出することによりDerlin-1と結合することを明らかにしました。野生型SOD1には亜鉛が結合しており、亜鉛欠乏時にはSOD1から亜鉛が失われることによって構造が変化することが分かりました。一方、亜鉛欠乏時にDerlin-1の発現を抑制した細胞では、小胞体ストレス応答が抑制され、細胞生存率が低下しました。これらの結果は、亜鉛欠乏時に野生型SOD1の構造変化によって引き起こされるDerlin-1との結合は、生理的な小胞体ストレス応答を引き起こし、シャペロン(注4)や亜鉛トランスポーターの発現を誘導したり、他のタンパク質合成を抑制することによって亜鉛欠乏細胞の恒常性と生存維持に寄与していることを示唆しています。
  これまで野生型SOD1は抗酸化機能をもつことが知られていましたが、今回の研究により、亜鉛欠乏に対抗する応答反応としての小胞体ストレスを惹起する分子スイッチとして働くことが新たに示唆されました。

<社会的意義・今後の期待>
  今回、本間研究員らは、野生型SOD1も亜鉛欠乏時にALSの原因となる変異型SOD1と同じ構造をとること、そしてDerlin-1と結合することで亜鉛欠乏に対抗するための小胞体ストレス応答反応が誘導されることを明らかにしました。本研究により、亜鉛欠乏に応答するための新しい分子機構が明らかになったことから、亜鉛欠乏によって起こる様々な疾患に対する新たな治療薬開発につながると期待されます。また、SOD1の構造変化がALS病態に関わっていることから、本研究はSOD1の構造変化と密接な関係にある亜鉛恒常性の破綻と、ALS病態に関する研究の新たな契機になることが期待されます。

5.発表雑誌:
雑誌名:Molecular Cell(オンライン版の場合:9月27日)
論文タイトル:
SOD1 as a molecular switch for initiating the homeostatic ER stress response under zinc deficiency
著者:
Kengo Homma, Takao Fujisawa, Naomi Tsuburaya, Namiko Yamaguchi, Hisae Kadowaki, Kohsuke Takeda, Hideki Nishitoh, Atsushi Matsuzawa, Isao Naguro, and Hidenori Ichijo*
DOI番号: 10.1016/j.molcel.2013.08.038
アブストラクトURL: http://www.cell.com/molecular-cell/abstract/S1097-2765%2813%2900638-2

6.問い合わせ先:
  一條秀憲教授
  東京大学・大学院薬学系研究科・薬科学専攻 細胞情報学教室

 一條不在時
  本間謙吾
  東京大学・大学院薬学系研究科・薬科学専攻 細胞情報学教室

※「文部科学省 脳科学研究戦略推進プログラム」に関するお問い合わせ
脳科学研究戦略推進プログラム 事務局 (担当:大塩)

7.用語解説:
(注1)SOD1(Cu/Zn superoxide dismutase):スーパーオキシドを酸素と過酸化水素へ不均化する抗酸化酵素。最も高頻度に見られるALSの原因遺伝子であり、100種類以上の遺伝子変異が報告されています。
(注2)恒常性:外界の変化に対応して生物が一定の状態、構造などを保とうとする性質。細胞内でも一定の状態や環境が保たれるような仕組みが働いています。
(注3)小胞体ストレス:小胞体は細胞内小器官の1つであり、分泌タンパク質や膜タンパク質の適切な立体構造形成に重要な働きを果たしています。小胞体ストレスとは、環境要因または遺伝的要因によって、小胞体内腔に異常な立体構造をとった不良タンパク質が蓄積した状況を指します。これに対して細胞は小胞体ストレス応答と呼ばれる応答により対抗します。
(注4)Derlin-1:小胞体内に不良タンパク質が蓄積することを回避するための、不良タンパク質を小胞体内から細胞質に逆輸送し分解する機構に重要な小胞体膜タンパク質。
(注5)シャペロン:他のタンパク質が適切な構造を形成し、正しく機能することを助けるタンパク質の総称。

8.添付資料:
20130927_01

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