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イオンの動きで単一電子を100倍効率よく制御 ~「人工原子」デバイスの応用に前進~研究成果

イオンの動きで単一電子を100倍効率よく制御
~「人工原子」デバイスの応用に前進~

平成25年10月23日

東京大学生産技術研究所

1.発表者: 
柴田 憲治(東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構 特任講師)
袁 洪涛 (前 東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻・
工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任助教)
岩佐 義宏(東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻 教授/理化学研究所創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム チームリーダー)
平川 一彦(東京大学生産技術研究所 教授/
東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構 教授)

2.発表のポイント
  ◆単一の自己形成量子ドットのゲートにイオン液体を初めて適用し、トランジスタの制御性を従来比最大100倍に向上
  ◆従来、困難だった自己形成量子ドット中の電子の閉じ込めサイズや、スピンの振る舞いを電圧で大きく制御
  ◆10ナノメートル級の微小ナノ構造の量子計算への応用に大きく前進

3.発表概要: 
トランジスタの微細化・高集積化は、パソコンや携帯電話などに使われている半導体集積回路の性能を高める上で欠かせません。近年、トランジスタの微細化・高集積化を目指して単一電子トランジスタ(Single-Electron Transistor: SET)*1の研究が盛んに行われています。しかし、SETの中でも自己形成による半導体量子ドット*2SETは高温での動作が可能ですが、微小なためその特性を制御することは困難でした。
東京大学生産技術研究所の平川一彦教授、同ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構の柴田憲治特任講師は、同大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センターの岩佐義宏教授らと共同で、人工原子である半導体量子ドット1つを用いたSETを作製し、イオン液体を介してゲート電圧を加える新しい手法を用い、その特性を従来と比べ最大で100倍効率よく電圧制御することに成功しました。新技術により、量子ドットに閉じ込められた電子の閉じ込めサイズ*3の制御性を飛躍的に向上させることができ、新たな量子計算デバイス実現に道を拓くものです。
本研究成果は文部科学省・先端融合領域イノベーション創出拠点の形成プログラム、科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業などの支援を受けて実現しました。成果論文は英国科学誌「Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)」(オンライン誌)10月24 日付(英国時間)に掲載されます。

4.発表内容:
① 背景
パソコンや携帯電話などに使われている半導体集積回路は、トランジスタの微細化・高集積化を通じて性能を高めてきましたが、これまでと同様の手法でのトランジスタの微細化には限界が生じつつあります。近年、この壁を乗り越えようと、単一の電子で動作する新原理のSETに関する研究が活発に行われています。
このSETにおいては、単一の量子ドットを電子の通り道として用い、ここにゲート電圧を加えることで、電子1個分に相当する電流を制御します。つまりSETは、微細化に対応した究極の省エネルギー素子であるだけでなく、量子力学に基づいて絶対安全な情報の伝達などを担う量子情報処理のキーデバイスとしても注目されています。
SETでは、量子ドットのサイズを小さくするほど、量子力学的な効果が顕著になり、高温動作も可能となる特徴があります。平川教授らは数十ナノメートル程度の非常に小さな自己形成InAs量子ドット(In:インジウム、As:ヒ素)を用いたSETの研究に長年取り組んできました。しかし、これまで主としてInAs量子ドットが小さすぎることが原因で、その特性をゲートで制御することが難しく、逆にその応用範囲は限られてきました。本研究では、SETのゲート絶縁膜として、イオン液体を用いる電気二重層ゲート*4と呼ばれる新しい手法を用いることで、量子ドットにきわめて強い電場を加え、量子ドットを用いたSETの特性を格段に大きく電圧制御することに初めて成功しました。これにより、量子効果が大きな微小量子ドットのSETへの応用拡大に道を拓くことが可能になりました。

② 研究内容
平川教授、柴田特任講師らの共同研究グループは、直径数十ナノメートルの単一InAs自己形成量子ドットの両サイドに金属電極(ソース・ドレイン電極)を取り付け、さらにそのゲート電極としてイオン液体を利用した電気二重層ゲート型SET(図1)を開発しました。0次元の電子のふるまいをする量子ドットに電気二重層ゲートを適用したのはこれが初めてです。
この研究では、量子ドットの電子状態と電子数を細かく制御するために、SETの基板裏面にバックゲートを設けてあります。そのうえで電気二重層電極を形成し、この電極と量子ドットが浸るようにイオン液体を塗布したうえで、電圧(VEDL)を加え、電子状態の制御性を調べました。
その結果、電気二重層ゲートの0.5 V程度の小さな電圧の変化によって、SETの伝導特性(図2)が非常に大きく変化することが分かりました。この振る舞いを詳しく調べた結果、量子ドットに閉じ込められた電子の閉じ込めサイズが、電圧によって劇的に変化していることが分かりました。電圧によって自己形成量子ドット中の電子の閉じ込めサイズを大幅に変化させたのは、これが初めてです。同時に、新手法によって、電子スピンの磁場に対する感度が2倍になるなど、電子スピンの振る舞いも大きく電圧制御できることも分かりました。これによる電子の閉じ込めサイズやスピン状態の制御性の劇的な向上により、今後、自己形成量子ドットの量子情報処理への応用が大きく前進することが期待されます。
さらに、1Vのゲート電圧で、どの程度大きな電子のエネルギー変化を引き起こすことができるかを、さまざまな電圧を加える方法(電圧印加の手法)で比較しました(図3)。従来用いられてきたゲート電圧印加手法(サイド=横側=ゲート、トップ=上側=ゲート、バック=基板側=ゲート)に比べて、イオン液体を用いた電気二重層ゲートでは、SETで最も一般的なサイドゲート型と比較して100倍も大きな電子のエネルギー変化を引き起こすことが分かりました。これにより自己形成量子ドットを用いたSETで、電気二重層ゲート構造を用いることにより、電圧による大きな特性変化を引き起こすことが初めて可能となりました。

③ 今後の展開
電気二重層ゲートを用いることで、非常に小さな自己形成量子ドットを用いたトランジスタの特性を電圧で大きく変化させることに成功しました。この技術は、量子ドット1つを用いた超低消費電力トランジスタの制御性を格段に向上させ、その量子情報処理への応用に新たな道を拓くものです。また、本研究で用いた電気二重層トランジスタの手法は、他のさまざまなナノ材料系にも適用可能であり、広く量子ナノ構造の次世代エレクトロニクス応用に、貢献するものと期待されます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Nature Communications」(10月24日10時 英国時間)
論文タイトル:Large modulation of zero-dimensional electronic states in quantum dots by electric-double-layer gating
著者:Kenji Shibata*, Hongtao Yuan, Yoshihiro Iwasa, and Kazuhiko Hirakawa
DOI番号:10.1038/ncomms3664

6.問い合わせ先: 
東京大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
特任講師 柴田 憲治(シバタ ケンジ)

東京大学 生産技術研究所
教授 平川 一彦(ヒラカワ カズヒコ)

7.用語解説:
*1)単一電子トランジスタ
1個1個の電子をゲート電圧で制御して流すことができる究極の省エネルギー素子。作製には、2つの電極の間に数百~数十ナノメートル程度の“島構造”を準備する必要があるなど、非常に高度な作製技術が要求される。“島構造”のサイズが小さいほど量子力学的な効果が顕著に観測され、高温動作も可能になる。本研究では、直径が50ナノメートル程度の微小な自己形成InAs量子ドット(In(インジウム)As(ヒ素)層などを用いた量子ドット)を単一電子トランジスタの“島構造”として用いている。

*2)半導体量子ドット
量子ドットとはナノメートルスケールの微小な箱で、半導体結晶で構成されている。電子は、このような微小な空間に閉じ込められることにより、量子力学で記述される飛び飛びの電子状態を持つ。原子との類似性から量子ドットは、しばしば人工原子と呼ばれる。本研究で用いた自己形成量子ドットは、半導体の結晶成長過程において、自然に形成される半導体量子ドットを指す。自己形成InAs量子ドットは、サイズが小さく、高密度で高品質なことから、その光・電子素子への応用が活発に研究されている。

*3)電子の閉じ込めサイズ
電子雲のひろがりともいう。量子ドット内に閉じ込められた電子は離散的な飛び飛びのエネルギー状態をとる。電子の閉じ込めサイズが小さいほど、電子の閉じ込め効果が大きいといい、発現する量子効果(離散的なエネルギー間隔など)も大きくなる。

*4)電気二重層ゲート
通常の電界効果トランジスタは、ゲート絶縁膜に酸化物などの誘電材料を用いるが、本研究の電気二重層ゲートでは、誘電材料の代わりにイオン液体を用いる。ゲート電極に電圧をかけると、その電圧の符号に応じてイオン液体の陽イオンまたは陰イオンが半導体表面に移動し、半導体表面にイオンとは反対の電荷を持った電子または正孔が蓄積される(これを電気二重層と呼ぶ)。電気二重層ゲートでは1ナノメートル程度のイオン分子膜一層が絶縁膜として働き非常に大きな電気容量が得られる。そのため、通常の電界効果トランジスタよりもはるかに高い電界を半導体に加えることが可能で、半導体表面への高濃度の電荷蓄積が可能になる。

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