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細胞質内タンパク質HMGB1が敗血症・感染症の抑制に重要であることを発見研究成果

細胞質内タンパク質HMGB1が敗血症・感染症の抑制に重要であることを発見

平成25年12月4日

東京大学生産技術研究所

1. 発表者: 谷口維紹(東京大学生産技術研究所 特任教授)
        柳井秀元(東京大学生産技術研究所 特任助教)

2.発表のポイント: 
◆炎症関連タンパク質High-mobility group box 1 (HMGB1) (注1)の遺伝子を、特定の細胞種や臓器において欠損しているマウスを世界に先駆けて作製しました。
◆このマウスを用いた解析から、細胞質内HMGB1が敗血症(注2)・細菌感染症の抑制に重要であることが分かりました。
◆本成果は敗血症・細菌感染症の分子機構を理解する上で重要であると同時に、本研究により作製されたマウスを用いた解析により、炎症性疾患におけるHMGB1の治療応用に必要な分子基盤が明らかになると期待されます。

3.発表概要: 
敗血症や自己免疫疾患などの病態の増悪に関与する分子の一つにHMGB1が考えられています。HMGB1は主に細胞の核内に蓄積されているタンパク質であり、一部が細胞質内にも存在し、炎症応答や感染に際しては細胞外にまで放出され、炎症性サイトカイン(注3)として機能し、炎症応答を促進することが知られています。しかしながら全身でHMGB1遺伝子を欠損した遺伝子改変マウスは致死的であることから、HMGB1の生理的な役割については詳細が不明でした。
今回、東京大学生産技術研究所の谷口維紹 特任教授、柳井秀元 特任助教、松田淳志大学院生らは、炎症関連分子High-mobility group box 1 (HMGB1)タンパク質の遺伝子を、特定の細胞種や臓器においてのみ欠損しているマウス(HMGB1コンディショナルノックアウトマウス)を世界に先駆けて作製し、細胞質内のHMGB1がリポ多糖誘導性(LPS)により誘導された敗血症およびリステリア菌感染症の抑制に重要であることを発見しました。また、HMGB1を欠損したマクロファージにでは、細胞質内で誘導されるオートファジー(注4)形成に異常があることも明らかにしました。HMGB1は通常ではほとんどが核内に蓄積していますが、細胞がリポ多糖刺激を受けたりバクテリアの感染を受けたりすると細胞質内に放出されることも見いだされたことから、本研究では核が「細胞応答調節分子の貯蔵庫」とも言えるとした、新しい概念を提唱しています。
本研究においてHMGB1コンディショナルノックアウトマウスが作製されたことにより、今後、炎症性サイトカインとしてのHMGB1の機能、疾患との関連性についても、その理解が急速に進む可能性が高まり、炎症性疾患の治療に向けた分子基盤の確立に繋がるものと期待されます。

 

4.発表内容:  
<研究の背景>
  HMGB1は主に核内に存在し、クロマチンの構造の安定化、遺伝子の転写反応に役割を担うタンパク質として同定されていましたが、最近の解析から、一部が細胞質内にも存在し、細胞外から取りこまれた核酸の認識やオートファジーの誘導に関与していることなどが明らかにされています。さらに、リポタ多糖などの炎症性刺激によって、または細胞死に伴って、核内から細胞外にまで放出されることが報告されております。特に、細胞外に放出されたHMGB1は、Toll様受容体を始めとする自然免疫受容体によって認識され、腫瘍壊死因子(Tumor necrosis factor-α; TNF-α)といった炎症性サイトカインの誘導を促進する機能が報告されていることから、敗血症や自己免疫疾患、虚血性再還流や臓器移植の際の炎症に関与すると考えられています。実際、HMGB1中和抗体の投与はこれらの疾患病態を軽減できることが報告されています。これらのことから、HMGB1は、炎症応答誘導機構の理解という点のみならず、炎症性疾患の治療応用の標的となりうる、という観点からも注目されています。しかしながら、一般的な方法によりHMGB1遺伝子を欠損した遺伝子改変マウスを作成した場合には、その遺伝子改変マウスは成長することなく死にいたることから、 HMGB1の生理的機能・役割の検討は個体レベルでの解析が不可能であり、これまで解析がなされていませんでした。

<研究内容>
  この問題点を解決するため、本研究グループにおいて、特定の細胞種や臓器においてのみHMGB1を欠損できるHMGB1コンディショナルノックアウトマウスを世界に先駆けて作製しました。実際、このマウスを用いて、マクロファージや樹状細胞、肝臓などの細胞・臓器においてHMGB1の遺伝子発現を欠損できることを確認しました。HMGB1はリポ多糖(Lipopolysaccharide; LPS)刺激により、マクロファージなどのミエロイド系細胞群(注5)から放出されることが報告されていたため、これらの細胞群でHMGB1を欠損するマウスを作製し、LPSをマウスの腹腔内に投与にしてエンドトキシンショック(注6)を誘導し(LPS誘導性ショック)、検討を行いました。その結果、血中TNFαの産生量には、異常が認められない野生型マウス群(コントロール群)と比較してHMGB1欠損マウスにおいて有為な差は認められず、また血中HMGB1の量にも差異はありませんでした(図1)。この結果より、HMGB1の放出には、ミエロイド系細胞群だけでなく、その他の細胞・臓器も関与しているものと示唆されます。しかしながら一方で、HMGB1欠損マウスは、LPS誘導性ショックによる生存率がコントロール群と比較して悪化することが分かりました(図2)。その原因の一つとして、炎症性サイトカインであるIL-1β(interleukin-1β)やIL-18の血中での産生量がHMGB1欠損マウスで高くなっていることが考えられました(図3)。これらのサイトカインの産生には、細胞質内におけるカスパーゼ1(caspase-1)(注6)の活性化が必須であり、caspase-1の作用によってIL-1βやIL-18が不活性型から活性型に変換されることが知られています。先行研究では、このcaspase-1の活性化はさまざまな刺激に応じて誘導されることが報告されており、また、オートファジーと呼ばれる細胞内のタンパク質分解機構によってその活性化が負の制御を受けることも知られていました。加えて他の研究グループによりこれまでの解析から、HMGB1にはオートファジー形成を促進する作用があることが報告されており、今回、本研究では、LPSで刺激した場合にIL-1βやIL-18の産生がHMGB1欠損マクロファージにおいて亢進しており、また、オートファジー形成能にも減弱が認められました。HMGB1はオートファジーの形成の促進等を介してIL-1βやIL-18の産生を抑制していること、またこれがLPSショック時の生存率の低下に繋がっているとが示唆されます。また、オートファジーは細菌感染時の細菌の排除に重要であることが知られており、細菌感染時のHMGB1の役割についても検討を行ったところ、やはりHMGB1欠損マクロファージにおいてオートファジーの形成に異常が認められ、さらに、HMGB1欠損マウスにリステリア菌を感染させ、マウスの生存率を検討したところ、コントロール群と比較して、HMGB1欠損マウスはリステリア感染に高感受性を示し、脾臓や肝臓においてリステリア菌の高い増殖が見られました(図4)。

<今後の展開>
  本研究におけるHMGB1コンディショナルノックアウトマウスを用いた解析から、細胞質内HMGB1には、LPS誘導性のショックやリステリア菌の感染症において、生体を防御する役割があることが明らかとなりました。今後、オートファジーとの関連を含め、細胞質内HMGB1がどのように生体防御に寄与しているか、その詳細が明らかになるものと期待されます。同時に、今回作製されたマウスを用いることで、さまざまな細胞・組織においてHMGB1を欠損できるようになったことから、細胞外にHMGB1を放出する細胞群の特定や、大部分の血中HMGB1量を操作できるようになる可能性が高まります。炎症性サイトカインとしてのHMGB1の役割・機能の解析が可能になることが予想されます。このような検討を通じて、HMGB1を標的とした炎症性疾患・自己免疫疾患の治療応用に向けた分子基盤の確立を目指すと同時に、治療薬の開発応用に繋がることが期待されます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2013年12月3日に公開されています。

論文タイトル:Conditional ablation of HMGB1 in mice reveals its protective function against endotoxemia and bacterial infection
著者:Hideyuki Yanai*, Atsushi Matsuda, Jianbo An, Ryuji Koshiba, Junko Nishio, Hideo Negishi, Hiroaki Ikushima, Takashi Onoe, Hideki Ohdan, Nobuaki Yoshida and Tadatsugu Taniguchi*
DOI番号:10.1073/pnas.1320808110
アブストラクトURL:http://www.pnas.org/content/early/2013/12/03/1320808110.abstract

6.問い合わせ先:東京大学・生産技術研究所 炎症・免疫制御学社会連携研究部門 
特任助教 柳井秀元(やない ひでゆき)

7.用語解説: 

注1) HMGBタンパク質(High-mobility group box タンパク質)
DNA結合部位(HMGBドメイン)を2つ有しており、アミノ酸の配列が互いに類似しているHMGB1、HMGB2、HMGB3の3種類があることが知られている。細胞死や刺激等により細胞外に放出され、炎症性サイトカインとして機能することも知られている。

注2) 敗血症
敗血症は感染が引き金になって発症することが多く、全身性の炎症反応を示す。病原性のリポ多糖(LPS)はエンドトキシンとも呼ばれ、マウスなどに投与した場合、エンドトキシンショックや敗血症性ショックと呼ばれる症状を引き起こすことが知られている。

注3) 炎症性サイトカイン
病原体の生体内への侵入があった際、免疫系は発熱などの炎症反応を誘導することにより病原体を排除する。この炎症反応の原因となるサイトカインを炎症性サイトカインと呼ぶ。TNF-αやIL-1βなど、さまざまな種類が知られており、その作用も多様である。

注4) オートファジー
細胞内部を「清掃」する仕組み。オートファゴソームと呼ばれる直径1μm(マイクロメートル)の小さな膜構造が多数細胞内に形成され、細胞内の老廃物や有害物を取り込み、分解する。飢餓状態になったときに、細胞成分を分解して栄養源にすることもできる。近年オートファジーが、がん、炎症、感染など多岐に亘る疾患の抑制に働いていることが明らかになり注目されている。

注5) ミエロイド系細胞群
血液細胞のうち、T細胞、B細胞、赤血球などを除き、顆粒球、単球などの細胞群を総称したもの。

注6) エンドトキシンショック
大腸菌やサルモネラ菌などの細菌由来成分であるリポ多糖(LPS)などのエンドトキシンをヒトや動物に注射した際に生じる急速なショック症状。発熱や過度の炎症症状が起き、時には死に至ることもあります。

注7) カスパーゼ1
タンパク質分解酵素の一つ。タンパク質中の特異的なアミノ酸配列を認識し、切断する。プロ型IL-1βやプロ型IL-18は、カスパーゼ1によって認識される配列を持つ。プロ型IL-1βならびにIL-18がカスパーゼによって切断を受けると、成熟型へと変換され、細胞外に放出される。放出されたIL-1βやプロ型IL-18は発熱や感染局所での炎症反応を誘導する。

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