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複数のマルチサブユニット複合体に共通に存在するサブユニットの機能を複合体ごとに解析することに成功研究成果

複数のマルチサブユニット複合体に共通に存在するサブユニットの機能を
複合体ごとに解析することに成功

平成25年12月28日

東京大学分子細胞生物学研究所



1.発表者: 東京大学 分子細胞生物学研究所 発生分化構造研究分野 堀越 正美 准教授
東北薬科大学 生命科学系 生化学教室 関 政幸 教授(共同研究者)

2.発表のポイント
  ◆タンパク質複合体中に存在する共通サブユニットの機能を解析する方法を開発した。
  ◆共通サブユニットの機能解析において、半世紀の間、解析不可能であった問題点を克服した。
  ◆「ゲノムの時代」から「タンパク質の時代」とされている現代にあって、半世紀以上にわたって未解決であった課題を解決する第一歩となる。

3.発表概要:
  生体反応の中心因子であるタンパク質は、多くの場合、他のタンパク質と複合体を形成し、マルチサブユニット複合体として存在する。また、複数のマルチサブユニット複合体には、共通に存在するタンパク質 (共通サブユニット) が数多く知られている。しかしながら、共通サブユニットの働きを解析する方法は確立されていなかった。
  今回、東京大学分子細胞生物学研究所の堀越正美准教授と東北薬科大学の関政幸教授らは、共通サブユニットの働きを解析する方法(FALC法: Functional Analysis of Linker-mediated Complex;図1参照)を開発し、共通サブユニットの個々の複合体中の働きを解明することに成功した。具体的には、2種類の異なるヌクレソーム(複合体)に共通するサブユニットを別々のサブユニットにつなげて2種類の融合タンパク質を作製し、その融合タンパク質の状態で共通サブユニットに変異(※注1)を導入することで、個々のヌクレソームにおける共通サブユニットの働きが明らかとなった。
開発した方法は、タンパク質複合体中に存在する共通サブユニットの機能を解析する一般的な方法となり得るため、あらゆる研究対象領域で働くマルチサブユニット複合体の共通サブユニットの機能解析に役立つものと期待される。「ゲノムの時代」から「タンパク質の時代」と騒がれる現代にあって、本研究はタンパク質機能解析における大きな成果と言える。なお、本成果は「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

4.発表内容:
1. マルチサブユニット複合体とは?
  生体内には数多くの異なるタンパク質から構成されるマルチサブユニット複合体が存在し、多様な働きを司っている。たったひとつからなるタンパク質に比べると、マルチサブユニット複合体中の個々のサブユニットの働きを調べることは、さまざまな理由(例えば “あるサブユニット” を欠損させると複合体全体が崩壊するなど)から、困難なことが知られている。誰もが知っている遺伝情報(DNA)の読取り装置であるRNA ポリメラーゼ(※注2)や遺伝情報(RNA)読取り装置であるリボソーム(※注3)、そしてDNA をコンパクトに収納するヌクレオソーム(※注4)などもマルチサブユニット複合体である。

2. 共通サブユニットとは?
  立体的な構造などの三次構造が解明されているマルチサブユニット複合体であっても、個々のサブユニットの働きの多くは未解明である。個々のサブユニット内の機能ドメインや機能モティーフ(※注5)、ましてやアミノ酸レベルの解析も殆どなされていない。状況を更に複雑にする要因として、そういったさまざまなマルチサブユニット複合体中に見いだされる共通サブユニットの働きを調べる方法にある。生体内の2 種類以上の複合体に存在する共通サブユニットの働きを調べるために、従来の方法では、共通サブユニットに変異を導入して変化した表現型(機能欠損)を観察した。しかし、この方法でわかる共通サブユニットの働きは、いずれの複合体の機能欠損に依るものなのか、判定できない。

3. 共通サブユニットの例
  共通サブユニットの例として、RNA ポリメラーゼには主に I、II、III の3 種類があり、共通サブユニットRpb5、 6、8、 10、 12 が存在する。また、RNA ポリメラーゼI、 II、 III が転写を開始する際に働く専用の転写開始複合体SL1、TFIID、TFIIIB には、共通サブユニット TBP(TATA ボックス結合因子)が存在する。エピジェネティクス(※注6)の主要制御因子であるヒストンアセチル化酵素NuA4 とヒストン脱アセチル化酵素Rpd3 には、共通サブユニットEaf3 が存在する。更に、NuA4 及びクロマチンリモデリング複合体(※注7)SWR1 とINO80には、 Act1 とArp4 が共通サブユニットとして存在する。これらは、共通サブユニットのほんの一例であり、多くの複合体中に、共通サブユニットが知られているものの、上述したように、生体内での働きを調べる有効な方法がないため、これらのどの共通サブユニットの機能も未解明のままである。

4. ヌクレオソーム複合体内の共通サブユニット
  共通サブユニットを有するさまざまなタイプの複合体の中で、ヌクレオソームはヒストン(※注8)H2A、H2B、H3、H4 が2 個ずつの八量体にDNA が1.75 回転巻き付いた構造をとるマルチサブユニット複合体であり、通常は遺伝子(※注9)の働きを抑える役割を担っている。ヒストンは真核細胞では出芽酵母からヒトに至るまでアミノ酸配列が 90% 以上保存されていることを考えれば、ヒストンが遺伝子発現制御の要であることがわかる。実際、ヒストンの化学修飾を中心としたエピジェネティクス研究が基礎研究・応用研究においても、現在一大研究ブームとなっている。

5.共通サブユニットであるヒストンH2B
  ヌクレオソーム複合体の種類が単純な出芽酵母では、H2Aの他にH2A のヒストンバリアント(※注10)であるHtz1 があり、H2A を成分とする主要ヌクレオソームとHtz1を成分とするバリアントヌクレオソームが存在する。2 種類のヌクレオソームの機能的な差異を解明しようとすれば、それぞれのヌクレオソームをコードする遺伝子に変異を導入し、変異タンパク質を作製し、H2A、Htz1 の機能欠損や増強を引き出し、ヌクレオソームの働きを調べられる。ところが、共通サブユニットH2B(あるいはH3やH4)に変異を導入した場合には、得られる生体内での表現型が主要ヌクレオソームに由来するのかバリアントヌクレオソームに由来するのか原理的に特定できない。さまざまな生物のあるいはそれぞれの個体レベルでのゲノムプロジェクトが目覚ましく進行している状況にあっても、マルチサブユニット複合体のサブユニットの働きを解析することは遅々として進まず、ましてや共通サブユニットの働きの解明を未解決の問題として現代生物科学の俎上にあがることもないのが現状である。
6.共通サブユニットの機能解明
  非常に多くのマルチサブユニット複合体が存在し、その多くのマルチサブユニット複合体に共通サブユニットが存在していることを考えると、「ゲノムの時代」から「タンパク質の時代」へと過去10 年もの長きにわたって騒がれている状況下にあっても、共通サブユニットの機能の解明といった基本的な問題に対して全く手がかりすらない状況にあった。共通サブユニットの存在は半世紀以上も前から知られているにもかかわらず、その生体内での機能を解き明かすことができていない状況が続いてきたのは、このような問題が研究者の間で認識されてこなかった可能性が高い。

7.共通サブユニット機能解明の戦略
  今回、東京大学の研究グループは東北薬科大学との共同研究により、誰もが知るヌクレオソームを材料に用いて、共通サブユニットの働きを解析する方法(FALC法: Functional Analysis of Linker-mediated Complex)を開発することにより、この問題を解決した(図1参照)。FALC法により、主要ヌクレオソームとバリアントヌクレオソームの2 種類のヌクレオソームに共通に存在するサブユニットH2B の分子表面が、いずれのヌクレオソームにおいてどのように働いているかを明らかにすることに成功した。研究の進展を支えた発想は、共通サブユニットの異なるヌクレオソームにおいて共通サブユニットではなくさせ、個々のヌクレオソームにおいて特有サブユニットにしてしまうことである。具体的には、共通サブユニットH2B を2 種類の異なるヌクレオソームの特有サブユニットであるH2A あるいはHtz1 につなげることで 、異なるH2A-H2B 融合タンパク質とHtz1-H2B 融合タンパク質を作製し、結果として共通サブユニットH2B を異なる2 種類の特有タンパク質に変えたことになる。その上で、それぞれの融合タンパク質内の共通要素となるH2B側に変異を導入することにより、個々のヌクレオソームにおけるH2B の個別の働きを区別化することが可能になったのである。その結果、H2B の123 番目のリジンへの変異は、H2A を成分とする主要ヌクレオソームの機能をより大きく損ねたものの、バリアントヌクレオソームへの影響は少なかった。一方、H2B の71 番目のアスパラギン酸の変異はHtz1 を成分とするバリアントヌクレオソームの機能をより大きく損ねたが、主要ヌクレオソームへの影響は少なかった。つまりFALC法を用い、共通サブユニットH2Bの示す主要ヌクレオソームあるいはバリアントヌクレオソームにおける働きの特定に成功した。

8.本研究の一般性
  今回、解析の対象となる共通サブユニットを特有のサブユニットと融合して、共通サブユニットを区別化し、その後、共通サブユニットに変異を導入して2 種類の複合体のいずれの機能が欠損しているか調べることが可能になった。共通サブユニットの発見以来、半世紀を経て、その課題を解き明かす第一歩を踏み出したのが、本研究の成果である。

5.発表雑誌: 
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences
論文タイトル:"Roles of common subunits within distinct multisubunit complexes"
著者:Yu Nakabayashi, Satoshi Kawashima, Takemi Enomoto, Masayuki Seki* and Masami Horikoshi*

6.問い合わせ先: 
堀越 正美 関 政幸
東京大学分子細胞生物研究所 東北薬科大学生命科学系
発生分化構造研究分野 生化学教室

7.用語解説:
※注1 変異
DNA塩基配列の変化(変異と呼ばれる)は、タンパク質のアミノ酸配列に変化をもたらす場合がある。

※注2 RNA ポリメラーゼ
RNAポリメラーゼはDNAの塩基配列を鋳型に、メッセンジャーRNAを合成するために必要な酵素。4つの塩基(A:アデノシン, U:ウリジン, G:グアノシン, C:シチジン)をつなげる。

※注3 リボソーム
メッセンジャーRNAの遺伝情報をアミノ酸へと変換し、タンパク質を合成する酵素。

※注4 ヌクレオソーム
染色体の基本構成単位で、ヒストンにDNA が1と3/4回転巻き付いた構造をとる。

※注5 機能ドメインや機能モティーフ
タンパク質の構造の中で、機能を持つ部分のこと。

※注6 エピジェネティクス
DNA塩基配列の変化によらずに、細胞の分裂を通じて生じた子孫の細胞に同じ遺伝子発現パターンを継承すること。

※注7 クロマチンリモデリング複合体
ヌクレオソーム構造の形成や破壊を促進する働きを持つ酵素。

※注8 ヒストン
DNA と結合してヌクレオソームを形成し、染色体の主成分となる塩基性タンパク質。基本的には4種類のコアヒストン(H2A、H2B、H3、H4)とリンカーヒストン(H1)が存在する。また、H1、H2A、 H3 にはさまざまな種類がありヒストンバリアントと言われている。

※注9 遺伝子
染色体上に分布する遺伝情報の単位で、タンパク質のアミノ酸配列を決める暗号が含まれている、DNA 塩基配列情報のこと。

※注10 ヒストンバリアント
主要なヒストンとアミノ酸配列がわずかに異なるタンパク質のこと。

8.添付資料: 資料はこちら

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