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昆虫の性フェロモンに反応する人工細胞センサー

平成26年2月7日

東京大学先端科学技術研究センター


1.発表者: 
神崎亮平 (東京大学先端科学技術研究センター 教授)
藤浪眞紀 (千葉大学大学院工学研究科共生応用化学専攻 教授)
中谷 敬 (筑波大学生命環境系 准教授)
櫻井健志 (東京大学先端科学技術研究センター 特任講師)
豊田太郎 (東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻・複雑系生命システム研究センター 准教授)
野本知理 (千葉大学大学院工学研究科共生応用化学専攻 助教)
濵田聡志 (千葉大学大学院工学研究科共生応用化学専攻 当時大学院生)
田渕理史 (東京大学大学院工学研究科先端学際工学専攻 当時大学院生)
細井智浩 (千葉大学大学院工学研究科共生応用化学専攻 当時大学院生)

2.発表のポイント: 
  ◆昆虫の性フェロモン(用語1)の匂いに反応するタンパク質を、遺伝子から作る細胞を人工的に作製した(人工細胞センサー)。
  ◆人工細胞センサーは性フェロモンの匂いに反応して電気信号を発生させることを確かめた。
  ◆本技術により昆虫が匂いを感じる仕組みの解明に加え、半導体や水晶振動子を利用した匂いセンサーに代わり、人工細胞を用いた匂いセンサーの開発が期待される。

3.発表概要: 
空港での麻薬や爆発物などの禁制品の検知、被災地での人命救助、食品安全検査、さらには匂いを利用した病気診断など、私たちの生活のさまざまな場面で匂いの情報は活用されている。一方で多くの昆虫は性フェロモンに限らず、匂い物質を頼りに行動しており、その匂いを探知する能力は非常に優れていることから、昆虫の匂いセンサーの仕組みを解明し、人工的に再現できれば、益虫保護、害虫駆除や忌避といった、農業や環境、バイオ・医療の多くの分野に有益である。しかし、人工的に昆虫の匂いセンサーを再現するためには種々の技術的な課題があり、未成功であった。

東京大学先端科学技術研究センターの神崎亮平教授、千葉大学大学院工学研究科の藤浪眞紀教授、筑波大学生命環境系の中谷敬准教授らの研究グループは、昆虫の性フェロモンの匂いに反応するタンパク質を、遺伝子から作れる人工細胞センサーを世界で初めて作製し、性フェロモンにセンサーが反応する様子をパッチクランプ法(用語2)という手法でとらえることに成功した。

この技術により、昆虫が匂いを感じる仕組みを解明する要素技術が確立されたほか、半導体や水晶振動子を利用した匂いセンサー(用語3)に代わり、人工細胞を用いた匂いセンサーの開発が期待される。
本研究成果は、英国化学会速報誌『Chemical Communications』電子版に2014年2月7日公開される予定である。

4.発表内容: 

背景:
空港での麻薬や爆発物などの禁制品の検知、被災地での人命救助、食品安全検査、さらには匂いを利用した病気診断など、私たちの生活のさまざまな場面で匂いの情報は活用されている。一方で性フェロモンに限らず、多くの昆虫は匂い物質を頼りに行動し、その匂いを探知する能力は非常に優れていることから、昆虫の匂いセンサーの仕組みを解明し、人工的に再現できれば、益虫保護、害虫駆除や忌避といった、農業や環境、バイオ・医療の多くの分野に有益である。

日本では養蚕業で古来から慣れ親しまれているカイコガは、繁殖行動において、雌が雄を呼び寄せるために性フェロモン(用語1)を放出することが知られている(図1)。雄は触角の嗅受容細胞でつくられるフェロモンを感じるためのセンサータンパク質(レセプター)の働きで性フェロモンだけを嗅ぎ分けることが知られているが、レセプターの詳細な仕組みにはまだ不明な点が多く残されている。

レセプターは昆虫の触角にある匂い物質を感じる嗅受容細胞と呼ばれる細胞の細胞膜に存在している。レセプターが匂い物質と化学結合することで細胞膜に電気信号が発生し、それが最終的に脳に伝えられて、匂いが感知されると考えられている。匂い物質の化学結合によりレセプターが電気信号を発生する仕組みは従来、触角細胞から実際にレセプターを抽出した実験や、遺伝子工学によってレセプターを作らせた培養細胞の実験によって明らかになってきたが、これらの実験では匂い物質のレセプター以外のタンパク質なども含まれていた可能性があり、匂い物質のレセプターのみを作れる人工の細胞を使う実験がのぞまれていた。しかし、人工的に昆虫の匂いセンサーを再現するためには種々の技術的な課題があった。

具体的には、人工細胞の膜の中に遺伝子の他に、昆虫細胞のもつタンパク質合成酵素やその反応物、できたばかりのレセプターを膜に取り込む技術が未確立であった。脂質が作るベシクルという袋状膜(用語4)が細胞膜と同じ構造をもつため、人工細胞の膜として有力な候補であった。実際に先行研究では、ベシクルの内部に蛍光タンパク質の情報となる遺伝子を仕込み、蛍光を発する人工細胞が作られた。しかし、目的のレセプターのみを遺伝子から作り出せる人工細胞はこれまでになく、先述の遺伝子などをベシクルに高い効率で内包する技術が求められていた。

研究内容:
今回、研究グループは雄のカイコガの触角の細胞に含まれている、雌のカイコガの性フェロモンを感じるためのタンパク質複合体を、人工的に内部で遺伝子から作る人工細胞を開発した(図2)。この人工細胞は、タンパク質を作らせるための遺伝子(RNA)、昆虫細胞抽出液(用語5)、細胞の小胞体(用語6)を内包した人工の脂質膜(用語4)でできている。人工細胞に性フェロモンの溶液を添加すると、人工細胞の膜に電流が流れることをパッチクランプ法(用語2)という微細電流測定法で明らかにした。

今回の成果において、千葉大学の藤浪教授と東京大学の豊田准教授(当時は千葉大助教)らは、ベシクルをエマルション(用語7)から作製する技術を新たに採用し、レセプターを遺伝子から作るために必要な内包物一式を閉じ込めた人工細胞を作製した。この人工細胞が安定してレセプターを作り出せた背景には、ベシクル膜にポリエチレングリコール(用語8)という人工の高分子を結合させた点が挙げられる。ポリエチレングリコール部位がベシクル膜を保護することで、ベシクル膜に取り込まれたレセプターが成熟し、匂い物質と化学結合できる局所的な反応場が実現した可能性が高い。

一方、東京大学の神崎教授らは、これまで研究を行ってきたBmOR1(用語9)とBmOrco(用語10)というカイコガの性フェロモンと結合できるレセプターの遺伝子を千葉大グループが開発したベシクルに内包した。その結果、これらレセプターがベシクルの膜に共局在することを見いだした(図3)。

筑波大学中谷准教授は、カイコガの性フェロモンの一つであるボンビコールという分子をこのベシクルに添加して、膜に取り付けた電流測定装置(パッチクランプ法、用語2)で電流を検出した(図4)。このレセプターの遺伝子を含まないベシクルは、ボンビコールを加えても電流を発生しなかった。

今後の展開:
本成果は、カイコガの性フェロモンのレセプターに限らず、匂い物質のレセプターを遺伝子から作れる人工細胞を作製するための基盤的な技術である。したがって、特定の匂い物質のみに反応する人工細胞センサーの作製が可能であり、今後、半導体や水晶振動子を利用した匂いセンサー(用語3)に代わる人工細胞を用いた匂いセンサーの開発が期待される。さらに、この人工細胞センサーは、未知のレセプターの機能を調べたり、農薬などをスクリーニングしたりする研究を推進でき、将来、農業や環境、バイオ・医療の多くの分野に波及効果をもたらすと期待される。
 
5.発表雑誌: 
雑誌名:「Chemical Communications」(オンライン版:2月7日)
論文タイトル:Giant vesicle functionally expressing membrane receptors for insect pheromone
著者:Satoshi Hamada, Masashi Tabuchi, Taro Toyota, Takeshi Sakurai, Tomohiro Hosoi, Tomonori Nomoto, Kei Nakatani, Masanori Fujinami, and Ryohei Kanzaki
DOI番号:DOI:10.1039/C3CC48216B

6.問い合わせ先: 
国立大学法人 東京大学 先端科学技術研究センター
神崎亮平 教授

国立大学法人 千葉大学大学院工学研究科共生応用化学専攻
藤浪眞紀 教授

国立大学法人 筑波大学生命環境系
中谷敬 准教授

国立大学法人 東京大学大学院総合文化研究科
広域科学専攻・複雑系生命システム研究センター
豊田太郎 准教授

7.用語解説:
1 性フェロモン: 
動物の体内でつくられて体外に放出され、同種の他個体に特定の行動や生理的な変化を引き起こす化学物質のうち、特に異性間の交信に働く物質。
2 パッチクランプ法: 
細いガラス管内に電極をとりつけ、ガラス管の口を細胞膜等にとりつけて、膜にかかる電圧や膜を通る電流を測定する手法。
3 半導体や水晶振動子を用いた匂いセンサー: 
匂い物質が表面に吸着することで電気的特性が変化する仕組みを用いて、匂いの種類や匂いの強さを判別するセンサー。
4 脂質膜: 
脂質分子が水中で集合して形成する膜。厚みは数ナノメートル(10-9 m)であり、細胞膜と同程度の厚みで、細胞膜も脂質分子を多く含む膜であることから、細胞膜モデルとして注目されている。
5 昆虫細胞抽出液: 
培養した昆虫細胞を大量にすりつぶし、膜成分と遺伝物質を除いた溶液。
6 小胞体: 
真核細胞の細胞質に含まれるカプセル状の細胞内小器官。タンパク質の合成や分解、運搬に関わっている。
7 エマルション: 
油の中に水滴ができている分散液。脂質を含むエマルションは、水滴の境界膜が脂質で形成され、これを水中に移行することで、ベシクルができる。
8 ポリエチレングリコール: 
-(CH2CH2O)n-という構造式であらわされる高分子化合物。水に可溶であり、主鎖が長いために適度にまるまったり伸びきったりする動きによって、生体の高分子にさまざまな影響を与える。
9 BmOR1: 
カイコガの性フェロモンであるボンビコールのレセプター。オスの触角中のフェロモンを検出する細胞だけで合成される。BmOrcoと呼ばれる共受容体と細胞膜上で複合体を形成し、性フェロモンのセンサーとして働く。 
10 BmOrco: 
カイコガの匂いのレセプター全般の共受容体。レセプターと複合体をつくり、匂いの刺激によって反応するイオンチャネルを形成する。

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