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アルツハイマー病の発症を予防する因子CALMの機能を解明研究成果

アルツハイマー病の発症を予防する因子CALMの機能を解明

平成26年2月28日

東京大学大学院薬学系研究科

発表者: 富田泰輔(東京大学大学院薬学系研究科 准教授)
金津邦彦(東京大学大学院薬学系研究科 大学院生)
岩坪 威(東京大学大学院医学系研究科 教授)

【発表のポイント】
- アルツハイマー病の発症予防因子CALM(カルム)タンパク質が、老人斑(注1)の産生に関与する酵素の細胞内の局在を制御していることを明らかにしました。
- この酵素の活性はpHによる影響を大きく受け、特に酸性の環境では老人斑を構成するタンパク質(Aβ42、注2)を多く産生することを見出しました。
- 今後、CALMの機能のみを抑制する方法を明らかにすることにより、アルツハイマー病の予防法の開発につながると期待されます。

【概要】
高齢化社会において大きな問題となっている認知症の多くを占めるアルツハイマー病は、アミロイドβタンパク質(Aβ、注2)が脳に老人斑として蓄積することを契機に発症すると考えられており、その中でも特に凝集性の高いAβ42と呼ばれるタンパク質がその原因物質として注目されています。しかし、Aβ42がどのような因子によって制御されているか不明な点が多く残っていました。さらに近年、大規模ゲノム解析からCALM(カルム)と呼ばれるタンパク質がアルツハイマー病の発症のしやすさに関連していると考えられていましたが、CALMタンパク質がアルツハイマー病の発症にどのような影響を与えているかは不明でした。
東京大学大学院薬学系研究科の富田泰輔准教授、諸橋雄一元助教、金津邦彦大学院生、黒田浩正大学院生、同 大学院医学系研究科 岩坪威教授、奈良女子大学大学院人間文化研究科 渡邊利雄教授、鈴木麻衣大学院生らのグループは共同で、アルツハイマー病の発症におけるCALMタンパク質の役割を解明しました。これは、このタンパク質がアルツハイマー病の予防因子であるとのこれまでの推定を裏付ける結果です。
研究グループは、CALMタンパク質の機能を欠失した培養細胞や遺伝子改変マウスを解析し、CALMタンパク質が脳内においてAβ42の生成量を決定していることを新たに発見しました。また、CALMタンパク質は、Aβ42の生成量に関与している酵素の細胞内の局在を変化させることで酵素の活性に影響を与えていることも見出しました。本成果は、CALMタンパク質の働きを、細胞レベルと個体レベルの両方の実験において世界で初めて確認したものです。
今回発見したCALMタンパク質を介するアルツハイマー病の発症予防メカニズムの解明がさらに進めば、新しい治療薬のみならず、予防薬や診断法の開発に貢献することが期待されます。
本成果は、2014年2月28日に英国科学雑誌「Nature Communications」に公開されます。なお、本研究は科学技術振興機構、文部科学省科学研究費補助金、厚生労働科学研究費、細胞科学研究財団、武田科学振興財団などの助成を受けて行われました。

【発表内容】
<研究の背景>
超高齢化社会を迎えつつある日本では認知症が大きな問題となっています。現在、発症前の予備軍も含めると800万人を超える認知症患者数が想定されており、この疾患の克服は社会的にも極めて重要な課題となっています。アルツハイマー病は認知症の大部分を占める神経変性疾患の一つです。これまでの研究から、アルツハイマー病患者の脳には、老人斑と呼ばれるタンパク質の沈着が認められ、この主成分は40個程度のアミノ酸から成るアミロイドβペプチド(Aβ)であることが知られています(図1)。Aβには様々な長さのAβが知られていますが、特にアルツハイマー病患者脳では42アミノ酸からなる、凝集性の高いAβ42が優位に老人斑として蓄積しています。
さらに近年のゲノム解析技術の進歩により、アルツハイマー病の発症しやすさを決める遺伝学的リスク因子や発症予防因子の存在が明らかとなってきました。その一つであるPICALM遺伝子近傍には、通常ではグアニン(G)である塩基が約36%の人でアデニン(A)となっている一塩基置換(Single Nucleotide Polymorphisms, SNPs)が存在し、アデニンを持つ人ではグアニンを持つ人と比べてアルツハイマー病のなりやすさが13%低いことが明らかとなっていました。しかしPICALM遺伝子がコードするCALMタンパク質がアルツハイマー病発症において果たしているメカニズムについては、明らかではありませんでした。

<研究の詳細>
東京大学大学院薬学系研究科の富田泰輔准教授らの研究グループは、CALMの機能が半分に低下している遺伝子改変マウスの脳を生化学的に調べ、Aβ42の量が減少していることを見出しました。さらに二本鎖のRNAを人工的に培養細胞に導入して、CALMの発現量を低下させて解析したところ、Aβ産生に関与している酵素の一つであり、Aβ42の産生量を決定しているγセクレターゼ(注3)の切断機能を変化させていることが明らかとなりました。したがってCALMはAβ42の産生量を制御することで、アルツハイマー病の発症リスクに影響を与えていると示唆されました。
CALMの機能解明を目的としてγセクレターゼの細胞内の局在を検討したところ、これまでにγセクレターゼが細胞内でどのように運ばれて、どこに存在するかは不明でしたが、γセクレターゼが特に細胞表面からエンドサイトーシス(注4)によって細胞内に取り込まれ、エンドソームからライソソーム(注5)へ輸送されていることを世界で初めて明らかにしました(図2)。そして同時に、CALMの機能抑制によってγセクレターゼの輸送速度が著しく低下していることがわかりました。さらにCALMがγセクレターゼに直接結合していることを見出し、CALMはγセクレターゼのエンドサイトーシス輸送におけるアダプター分子(注6)であると示唆されました。
γセクレターゼの輸送低下によるAβ42産生抑制のメカニズムを探るため、エンドサイトーシスされた小胞におけるpHの変化を調べました。エンドサイトーシスにより形成された小胞の内側は、エンドソームからライソソームへと輸送されていく過程において徐々に酸性化されていきます。研究グループは、γセクレターゼの活性がpHによって大きく影響を受け、特に酸性の環境ではAβ42が多く産生されることを見出しました。すなわち、CALMによって細胞表面から取り込まれたγセクレターゼは、小胞内部が酸性化されていく過程でAβ42を多く作り出す活性を示す可能性が高く、CALMの機能が抑制されると、γセクレターゼの輸送が遅くなり、アルツハイマー病の発症リスクの低下につながっていると示唆されました。

<社会的意義>
本成果は、アルツハイマー病の発症予防因子として推定されていたCALMの働きを、細胞レベルと個体レベルの両方の実験において世界で初めて確認したものです。今後、CALMの機能のみを変化させる方法を明らかにすることで、アルツハイマー病治療薬のみならず、予防薬の開発につながることが期待されます。

【発表雑誌】
雑誌名: Nature Communications
論文タイトル: Decreased CALM expression reduces Aβ42 to total Aβ ratio through clathrin-mediated endocytosis of γ-secretase
著者: Kunihiko Kanatsu, Yuichi Morohashi, Mai Suzuki, Hiromasa Kuroda, Toshio Watanabe, Taisuke Tomita and Takeshi Iwatsubo

【問い合わせ先】
富田泰輔 准教授
東京大学大学院薬学系研究科 臨床薬学教室

【用語解説】
(注1)老人斑:脳の神経細胞から作られるアミロイドβタンパク質(Aβ、注2)が異常に凝集し脳内に沈着したものをいう。

(注2)アミロイドβタンパク質(Aβ):前駆体タンパク質(APP)から、βセクレターゼ、γセクレターゼと呼ばれる2つの酵素によって切りだされ、分泌される40アミノ酸程度のペプチド。特に凝集性の高いAβ42の産生量は、家族性アルツハイマー病遺伝子変異により上昇している。このため、Aβ42はアルツハイマー病発症に最も重要と考えられている分子である。

(注3)γセクレターゼ:APPの2段階目の切断を行う酵素で、Aβ42の量を決定する。4つの膜タンパク質からなり、特に活性中心サブユニットであるプレセニリンをコードする遺伝子には家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異が多数認められ、Aβ42産生を上昇させる。

(注4)エンドサイトーシス:細胞が物質を取り込む過程の1つ。細胞の表面から受容体や細胞外物質を含む細胞膜が陥入し、小胞を形成して細胞内部のエンドソームへと融合する。

(注5)ライソソーム:生体膜につつまれた構造体で細胞内消化の場である。多くの酸性条件下で効率良く働く性質を持つ分解酵素を含む。リソソーム内部のpHはプロトンポンプの働きによって酸性に保たれている。

(注6)アダプター分子:基本的に酵素活性を有していないが、他のタンパク質との結合に関与するドメインを複数有し、各種シグナル伝達分子を集めて様々な反応の場を形作る分子のこと。

【図】

20130228_01

図1 Aβは前駆体タンパク質(APP)からβセクレターゼ、γセクレターゼという酵素に切り出されることによって産生される。特にγセクレターゼはアルツハイマー病の原因物質であるAβ42の産生量を決定する。

20130228_02

図2 CALMは細胞表面から細胞内にγセクレターゼを取り込むために必要な分子であり、γセクレターゼの細胞内の局在を制御する。γセクレターゼが取り込まれた小胞内のpH変化に伴ってγセクレターゼによるAβ42の産生量が決まる。

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