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過剰なビタミンAが引き起こす皮膚炎の原因を解明 ―線維芽細胞が司るマスト細胞の組織特異性のかく乱―研究成果

過剰なビタミンAが引き起こす皮膚炎の原因を解明
―線維芽細胞が司るマスト細胞の組織特異性のかく乱―

平成26年4月11日

東京大学医科学研究所

 

1.発表者:
倉島洋介(東京大学医科学研究所 炎症免疫学分野 助教)
國澤 純(独)医薬基盤研究所 ワクチンマテリアルプロジェクト プロジェクトリーダー)
清野 宏(東京大学医科学研究所 炎症免疫学分野 教授)

 

2.発表のポイント: 
◆ 免疫細胞の一種であるマスト細胞(注1)が皮膚や肺、腸管などの組織でそれぞれ異なる特性をもつ背景には線維芽細胞(注2)が関与していることが分かった。
◆ 皮膚では線維芽細胞によるビタミンAの代謝がマスト細胞の慢性的な活性化を抑制し、皮膚炎を未然に防いでいることをマウスで明らかにした。
◆ 線維芽細胞によるマスト細胞の性質の調節機構を紐解くことで、体のさまざまな組織で起こり得る慢性的な炎症やアレルギーに対する予防や治療法の開発につながると期待される。

 

3.発表概要: 
アレルギーや炎症を引き起こす免疫細胞の一種にマスト細胞(注1)と呼ばれる細胞が存在する。マスト細胞は、皮膚などの結合組織と肺や腸管などの粘膜組織とでは異なる性質を持つことが古くから知られていた。しかし、その特性が組織ごとに異なることの意味やそれぞれの特性がどのようなメカニズムによって調節されているかは不明であった。

東京大学 医科学研究所の倉島 洋介 助教、清野 宏 教授と独立行政法人医薬基盤研究所の國澤 純プロジェクトリーダーらの研究グループは、マウスにおいてマスト細胞が皮膚や肺、腸管などの組織でそれぞれ異なる特性をもつことを確認し、これらの特性は線維芽細胞(注2)と呼ばれる結合組織を構成している細胞によって調整されていることを明らかにした。皮膚では、皮膚の線維芽細胞によってビタミンA の濃度が調節されており、過剰なビタミンAや線維芽細胞によるビタミンAを代謝する仕組みが機能しなくなった場合にマスト細胞が異常に活性化し、皮膚炎が誘導されることがわかった。また、皮膚のマスト細胞ではマスト細胞を活性化させる受容体の発現が他の組織より少ないことも見出した。

過剰なビタミンAの摂取が皮膚炎を起こす事例として、高濃度のビタミンAが蓄積されたホッキョクグマの肝臓などを食べる習慣のあるイヌイットでは皮膚障害が引き起こされることが知られており、本研究の成果はこの皮膚障害の発症メカニズムを説明できるものである。本成果は、組織ごとに異なる特性をもつマスト細胞の活性のかく乱が、体のさまざまな部位で起こる慢性的な炎症やアレルギーの発症につながっている可能性を新たに示したものであり、慢性的な炎症やアレルギーに対する予防や治療法の開発につながると期待される。

 

4.発表内容:
マスト細胞と呼ばれるアレルギーや炎症を引き起こす免疫細胞の一つは、皮膚などの結合組織と肺や腸管などの粘膜組織とでは異なる性質を持つことが古くから知られていたが、その特性が組織ごとに異なること(組織特性)の意味や組織特異性の調節メカニズムについては不明であった。

東京大学 医科学研究所の倉島 洋介 助教、清野 宏 教授と独立行政法人医薬基盤研究所の國澤 純プロジェクトリーダーらの研究グループは、まず体のさまざまな組織に存在するマスト細胞の遺伝子発現を比べて、マスト細胞は組織ごとに性質が異なっていることを確認した。次に、生体内において線維芽細胞とマスト細胞が積極的に相互作用をしている様子が観察されたことから(図①)、マスト細胞の組織特性の獲得に線維芽細胞が関与している可能性が示唆された。そこで体のさまざまな組織から単離した線維芽細胞とマスト細胞を試験管内で共に培養すると、各組織の特性がマスト細胞において導かれた。

加えて、本研究グループは、皮膚のマスト細胞の特性としてP2X7受容体(注3)の発現が他の組織より少ないことを明らかにした。P2X7受容体を発現するマスト細胞をマウスの皮内に移植すると、数日でP2X7受容体のレベルが低下することが示された(図②)。これは皮膚の線維芽細胞のもつCyp26b1と呼ばれるビタミンA (レチノイン酸) (注4)を代謝する酵素により調節されていた。この作用が働かなくなる状況もしくは過剰なレチノイン酸が皮膚中に存在する状況では、マスト細胞の過度な活性化が導かれ皮膚炎が起こることが明らかとなった。一方で、P2X7受容体やマスト細胞を持たないマウスでは、皮膚の炎症が起こらないことが示された(図③)。P2X7受容体は、傷害や炎症によって細胞の外に放出されるアデノシン三リン酸(ATP)や、皮膚に豊富に存在する抗菌ペプチドを認識することから、皮膚の特殊な環境に応じたマスト細胞の性質が線維芽細胞によって調整されていると示唆された。

過剰なビタミンAの摂取は、慢性中毒症として嘔吐や下痢とともに皮膚障害といったさまざまな健康障害を引き起こすことが知られており、例えば、イヌイットの皮膚障害は、ホッキョクグマの肝臓など高濃度のビタミンAが蓄積されたものを食べる習慣によって引き起こされるという有名な話がある。これは皮膚中のレチノイン酸の増加によってマスト細胞のP2X7受容体が増強された結果、マスト細胞が活性化してしまい、ヒスタミンやケモカイン、炎症性サイトカイン、脂質メディエーター(注5)などが皮膚中に放出されて慢性的な炎症が導かれることによるものと説明できる。

これまでに皮膚のレチノイン酸やその代謝酵素の変化が、アレルギー性疾患や脱毛症といった皮膚疾患に関連することが報告されている。これらも本成果で明らかになった皮膚の線維芽細胞とマスト細胞の相互作用が関与している可能性がある。また、本成果は、マスト細胞の組織特性がかく乱されることによって、体のさまざまな組織で慢性的な炎症やアレルギーを引き起こしている可能性を新たに示したものであり、体のさまざまな組織で起こり得る慢性的な炎症やアレルギー対する予防や治療の開発につながると期待される。

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」
(研究総括:宮坂 昌之 大阪大学 未来戦略機構 特任教授)
研究課題名:「炎症性腸疾患の慢性化制御機構の解明と治療戦略の基盤構築」
研究代表者:清野 宏(東京大学 医科学研究所 教授)
研究期間:平成23年4月~平成28年3月
また、科学研究費補助金、厚生労働科学研究費補助金、農研機構・生物系特定産業技術研究支援センターBRAIN(現、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業)の支援により得られた研究成果、ならびに京都大学、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター、東京理科大学、大阪大学との共同研究の成果の一部を含みます。


5.発表雑誌: 
雑誌名:「Immunity」 (2014年4月17日)

論文タイトル:
「The enzyme Cyp26b1 mediates inhibition of mast cell activation by fibroblasts to maintain skin-barrier homeostasis」
線維芽細胞によるCyp26b1酵素を介したマスト細胞鎮静化は皮膚の恒常性の維持に必須である。

著者:
Yosuke Kurashima, Takeaki Amiya, Kumiko Fujisawa, Naoko Shibata, Yuji Suzuki, Yuta Kogure, Eri Hashimoto, Atsushi Otsuka, Kenji Kabashima, Shintaro Sato, Takeshi Sato, Masato Kubo, Shizuo Akira, Kensuke Miyake, Jun Kunisawa*, and Hiroshi Kiyono*
(Corresponding author*)
倉島洋介、網谷岳朗、藤澤久美子、柴田納央子、鈴木裕二、小暮優太、橋本えり、大塚篤司、椛島健治、佐藤慎太郎、佐藤健、久保允人、審良静男、三宅健介、國澤純*、清野宏*


6.問い合わせ先: 
東京大学 医科学研究所 炎症免疫学分野

助教 倉島洋介(クラシマ ヨウスケ)

教授 清野 宏(キヨノ ヒロシ)
研究室URL: http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/EnMen/index_j.html

(独)医薬基盤研究所 ワクチンマテリアルプロジェクト
プロジェクトリーダー 國澤 純(クニサワ ジュン)

7.用語解説: 
(注1)マスト細胞
免疫細胞の一種で、肥満細胞とも呼ばれる。粘膜組織や結合組織に散在しており、活性化に伴う脱顆粒反応によるヒスタミンの産生はアレルギー反応の原因であることが知られている。

(注2)線維芽細胞
結合組織を構成する細胞の一種で、コラーゲンなどの細胞外マトリックスを産生する。

(注3)P2X7受容体
エネルギー代謝など、細胞内の重要な反応に欠かせない物質であるアデノシン三リン酸(ATP)が、組織の傷害や炎症によって細胞外に放出された際に働く受容体(P2X受容体とP2Y受容体)の一つ。なお、本研究グループは、2012年に炎症性腸疾患の増悪化を導くマスト細胞のP2X7受容体が腸管に存在するマスト細胞では高レベルであることを報告している(Kurashima Y. et al. Nat Commun 2012)
JST プレスリリース掲載記事http://www.jst.go.jp/pr/announce/20120905/index.html
UTokyo Research掲載記事http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/research-news/extracellular-atp-mediates-mast-cell-dependent-intestinal-inflammation-through-p2x7-purinoceptors/

(注4)ビタミンA (レチノイン酸)
脂溶性ビタミンの一つで、欠乏すると夜盲症などの症状を生じることで知られている。過剰により嘔吐や下痢、皮膚障害が起こることが知られている。免疫学的には、腸管の免疫の増強に重要なビタミンである。

(注5)ケモカイン、炎症性サイトカイン、脂質メディエーター
細胞から産生される因子で、これら因子の受容体を持つ細胞に作用することで、細胞の活性化や遊走を誘導もしくは抑制する。

 

8.添付資料:


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