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ウイルス感染応答を制御する新たな分子メカニズムを解明研究成果

ウイルス感染応答を制御する新たな分子メカニズムを解明

平成26年4月30日

東京大学大学院薬学系研究科

 

1.発表者:
一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授)
モサラネジャッド健太(元 東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 大学院生)


2.発表のポイント:
 ウイルス感染よって引き起こされる自然免疫応答や細胞死に、DHX15というタンパク質が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
 DHX15タンパク質は、サイトカイン産生や細胞死の誘導に関与するMAPキナーゼおよび転写因子NF-κBを活性化して自然免疫応答や細胞死を誘導していることを明らかにしました。
 本研究成果は、ウイルス感染症などのMAPキナーゼやNF-κBの活性化を引き起こすヒトの疾患に対して新たな治療薬の開発を提供するものと期待されます。

 

3.発表概要:
自然免疫応答(注1)や細胞死は、感染したウイルスの増殖を抑えるために生体が引き起こす重要な防御機構です。ウイルスに感染した細胞において、ウイルスを感知したタンパク質が細胞内シグナル伝達分子(注2)を活性化することでウイルスの増殖を抑えるサイトカイン(注3)の産生や細胞死を誘導することが知られていますが、どのような分子機構でこれらの細胞応答が誘導されているかについては、不明な点が残されていました。
東京大学大学院薬学系研究科の一條秀憲教授とモサラネジャッド健太元大学院生らの研究グループは、自然免疫応答や細胞死を誘導するリン酸化タンパク質(MAPキナーゼの一種、p38 MAPキナーゼ)を活性化する新しいタンパク質DHX15をショウジョウバエで発見し、DHX15がRNAウイルス(注4)に対する細胞応答においてサイトカインの産生や細胞死の誘導に関与するMAPキナーゼや転写因子(注5)NF-κBを活性化していることを明らかにしました。
本研究成果により、DHX15のような転写因子を活性化するタンパク質を創薬の標的とすることで、ウイルス感染をはじめとした、MAPキナーゼやNF-κBの活性化を引き起こすさまざまなヒトの疾患に対して新たな治療薬の開発を提供するものと期待されます。
本成果は、2014年4月29日(米国時間)に、米国の科学雑誌「Science Signaling」のオンライン版に公開されます。なお、本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、また科学研究費補助金ならびに先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業などの助成を受けて行われました。

 

4.発表内容: 
<研究の背景>
  ウイルスに感染した生体の細胞は、ウイルスの増殖を抑える役割や炎症を引き起こす役割を持つサイトカインとよばれるタンパク質を産生し、また細胞死を引き起こすことでウイルスの増殖に抵抗します。これらの細胞応答が不十分な場合、ヒトはウイルスの増殖が抑えられず重篤な症状を呈します。細胞内でRNAウイルスを感知したRNAヘリカーゼ(注6)タンパク質RIG-Iは、MAVSというタンパク質を活性化し、MAVSがIRF3やNF-κB、MAPキナーゼといった転写因子やシグナル伝達因子を活性化することでサイトカインの産生や細胞死の誘導を引き起こすことが知られています。しかしながら、MAVSによってこれらのタンパク質がどのように活性化されるかについて詳細な分子機構は不明なまま残されていました。今回、東京大学大学院薬学系研究科の一條秀憲教授とモサラネジャッド健太元大学院生らの研究グループは、ウイルス感染に対する自然免疫応答や細胞死誘導のより詳細な分子機構の解明に取り組みました。

 

<研究の詳細>
  これまでに一條教授らは、MAPキナーゼの一種であるp38 MAPキナーゼの活性化がどのような分子機構で制御されているかを明らかにするため、p38 MAPキナーゼの活性を制御する新たなタンパク質を、遺伝学的研究に広く用いられているショウジョウバエを用いて探索しました。本研究グループは、以前の探索の結果からp38 MAPキナーゼ活性化タンパク質の候補として得られていたRNAヘリカーゼDHX15が、ウイルス感染時のサイトカインの産生に必要であることを明らかにしました。続いて、DHX15がどのようにサイトカインの産生を誘導しているのかを明らかにするために、サイトカインの産生を調節する転写因子やシグナル伝達分子の活性化にDHX15が与える影響を検討しました。その結果、DHX15はIRF3の活性化を引き起こさない一方で、そのヘリカーゼ活性非依存的にNF-κBやMAPキナーゼの活性化をすることでサイトカインを産生していることが分かりました。また、DHX15がRIG-Iによって活性化されるタンパク質MAVSと結合すること、MAVSによるNF-κBやMAPキナーゼの活性化に必要であることも見出しました。さらに、DHX15がウイルス感染時に、サイトカイン産生のみならず細胞死の誘導にも必要であることを明らかにしました。これらの結果から、図1に示すようにDHX15は、RNAヘリカーゼ活性を利用してシグナルを活性化するRIG-IなどのRNAウイルスセンサーとは異なる機構を用い、MAVSによる細胞応答を調節するタンパク質であることが示唆されました。


<社会的意義・今後の期待>
今回の重要な研究成果として、ウイルス感染に対する自然免疫応答や細胞死に重要な新たなタンパク質DHX15を発見しました。NF-κBやMAPキナーゼはウイルス感染のみならずさまざまな疾患において細胞死などの応答を引き起こします。今後さらなる詳細なシグナル活性化機構の解析を行うことで、DHX15によるNF-κBやMAPキナーゼ活性制御を標的とした新たな疾患治療薬の開発につながると期待されます。


5.発表雑誌: 
雑誌名:Science Signaling
論文タイトル:
The DEAH-Box RNA Helicase DHX15 activates NF-κB and MAPK signaling downstream of MAVS during antiviral responses.
著者:
Kenta Mosallanejad, Yusuke Sekine, Seiko Ishikura-Kinoshita, Kazuo Kumagai, Tetsuo Nagano, Atsushi Matsuzawa, Kohsuke Takeda, Isao Naguro and Hidenori Ichijo

 

6.問い合わせ先: 
  一條秀憲 教授
  東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 細胞情報学教室

7.用語解説: 
(注1)自然免疫応答:外来性の細菌やウイルスの感染に対して最も初期に引き起こされる細胞応答。
(注2)細胞内シグナル伝達分子:細胞内外の環境で起こったさまざまな変化を感知し、その情報を核や細胞小器官へと伝達する一連の分子群。
(注3)サイトカイン:細胞から放出される情報伝達タンパク質。ウイルスが感染した細胞は、ウイルスの増殖を抑制するインターフェロンとよばれるサイトカインや、その他炎症を引き起こす様々なサイトカインを放出する。
(注4)RNAウイルス:リボ核酸(RNA)を有するウイルス。
(注5)転写因子:DNAに結合するタンパク質で、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進または抑制する。
(注6)ヘリカーゼ:絡みあう核酸をほどく酵素。二本鎖のRNAをほどくヘリカーゼをRNAヘリカーゼという。

 

8.添付資料:


図1:ウイルス感染に対する細胞応答におけるDHX15の役割

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