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老いた個体の行動を左右する嗅覚神経の細胞死
―老化にともなう神経細胞死と個体行動の関係―

平成26年6月27日

東京大学大学院薬学系研究科

 

1.発表者:
千原 崇裕(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 准教授)
三浦 正幸(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授)

 

2.発表ポイント:
  ◆老化にともない特定の嗅覚神経細胞が死んでいることをショウジョウバエで見出し、それが老化した個体の異常な行動の原因となっていることを示しました。
  ◆老化時に起きる脳機能の低下、行動異常を説明できる神経回路の変化(神経細胞の細胞死)を同定し、確認することに成功しました。
  ◆本研究成果は、正常な老化に伴う脳機能の低下、神経変性疾患時における神経細胞の細胞死の原因、ひいてはその発症機序の理解に繫がることが期待されます。

 

3.発表概要:
一般に、老化に伴って記憶学習、認識等の脳機能は低下します。その一因として老化に伴う神経細胞の細胞死が注目されており、これまで多くの研究者によって神経変性疾患における細胞死が研究されてきました。しかし、正常な老化の過程における細胞死はほとんど研究されていませんでした。
東京大学大学院薬学系研究科の千原崇裕准教授、三浦正幸教授らは、米カリフォルニア大学サンディエゴ校のJing Wang教授、米スクリプス研究所のRonald Davis教授らと共同で、老化した個体の行動変化の一因が、匂いを感知する神経細胞(嗅覚神経細胞)の細胞死であることを突き止めました。まず、老化したショウジョウバエの脳内で、リンゴ酢の匂いに反応する特定の神経細胞が死んでいることを見出しました。ショウジョウバエはリンゴ酢の匂いを感知してリンゴ酢のある場所に集まりますが、老化したショウジョウバエはリンゴ酢の匂いを感じることができず、リンゴ酢の場所が分かりません。ところが、この嗅覚神経細胞の細胞死が起こらないように操作したショウジョウバエでは、老化した場合でもリンゴ酢を感知することができ、最終的にリンゴ酢の場所へ集まることができました。
本研究では、老化に伴った個体の行動の変化を、特定の神経細胞における細胞死で説明することに成功しました。今後は、なぜ正常な老化において特定の嗅覚神経細胞が細胞死しているのか、その原因を探ることで、神経変性疾患時における神経細胞の細胞死の原因、ひいてはその発症機序の理解に繫がることも期待されます。

 

4.発表内容:
高齢者が増加している日本において老化に伴う記憶学習、認識等の脳機能の低下は大きな社会問題になっています。脳機能の低下の一因として老化に伴う神経細胞の細胞死が挙げられます。老化に伴う神経細胞の細胞死は、正常な老化と神経変性疾患の双方において起きており、その生理的な意味、分子機構の解明は脳の機能低下を改善する上でも重要な情報となります。そして実際に、多くの研究者によって神経変性疾患における細胞死が研究されてきました。一方、正常な老化の過程における細胞死はほとんど研究されていませんでした。


東京大学大学院薬学系研究科の千原崇裕准教授は、老化研究を迅速に進めるために、寿命が1~2ヶ月と短く、遺伝学的手法の発達したショウジョウバエをモデル動物として使用しました(図1)。まず、正常な老化における脳内の細胞死を観察する目的で、細胞死に必要な酵素・カスパーゼが、いつ、どの神経細胞で活性化しているか解析しました。その結果、老化したショウジョウバエの神経細胞のうち、特に匂いを感知するのに重要な神経細胞「嗅覚神経細胞」でカスパーゼが活性化していることが明らかになりました(図2)。ショウジョウバエの嗅覚神経細胞は、約50種類存在し、それぞれ神経細胞ごとに感知する匂いが異なります。カスパーゼは、この50種類の嗅覚神経細胞のうち、特に「リンゴ酢や酵母の匂い」を感知するOr42b神経細胞で活性化していました。この結果から、老化ショウジョウバエでは、Or42b神経細胞が細胞死していることが予測され、事実、老化したショウジョウバエでは若いショウジョウバエよりも細胞数が減少していることが確認されました。リンゴ酢は、Or42b神経細胞を介して嗅覚中枢を活性化し、それによってショウジョウバエはリンゴ酢がある方向を感知します。この嗅覚中枢の活性化とショウジョウバエのリンゴ酢に対する行動を調べたところ、老化したショウジョウバエではリンゴ酢を与えても嗅覚中枢がほとんど活性化されませんでした。また、老化したショウジョウバエはリンゴ酢がある場所に集まらない(誘引されない)ことも明らかになりました。興味深いことに、Or42b神経細胞でカスパーゼが活性化できないようにしたショウジョウバエでは、たとえ老化してもリンゴ酢の方向へ誘引されることが分かりました。


  これらの結果から、正常な老化において、特定の嗅覚神経細胞が細胞死していること、そしてその細胞死が老化したショウジョウバエの異常な行動の原因になっていることが明らかになりました。一般に、老化に伴って匂い感覚能(嗅覚機能)は低下します。また、パーキンソン病を含む神経変性疾患においても運動機能障害に先だって嗅覚機能低下が現れます。本研究成果は、正常な老化における神経細胞の細胞死の意義、分子機構に迫るとともに、神経変性疾患時における神経細胞の細胞死の原因、ひいてはその発症機序の理解にも繫がることが期待されます。

 

 

5.発表雑誌
雑 誌 名:PLOS Genetics
論文タイトル:Caspase inhibition in select olfactory neurons restores innate attraction behavior in aged Drosophila
著   者: Takahiro Chihara*, Aki Kitabayashi, Michie Morimoto, Ken-ichi Takeuchi, Kaoru Masuyama, Ayako Tonoki, Ronald L. Davis, Jing W. Wang and Masayuki Miura* 
        (*:責任著者)

 

6.問い合わせ先:
東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 准教授
千原 崇裕(ちはら たかひろ)


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