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記者会見「新規作用機序を有する抗生物質ライソシンの発見 カイコを利用した実験から」研究成果

記者会見
「新規作用機序を有する抗生物質ライソシンの発見
カイコを利用した実験から」

平成26年12月9日

東京大学大学院薬学系研究科

 

1.会見日時: 2014年12月 5日(金) 16:00~17:00
 
2.会見場所: 薬学系総合研究棟10F 大会議室

 

3.発表者: 
浜本 洋(東京大学大学院薬学系研究科 助教)
関水和久(東京大学大学院薬学系研究科 教授)

 

4.発表のポイント:
  ◆日本で産業用の昆虫として用いられてきたカイコに細菌を感染させた実験手法を利用して、これまでに新規抗生物質ライソシンを発見していました。
  ◆ライソシンEが多剤耐性黄色ブドウ球菌(MRSA、注1)の細胞膜を破壊する作用機序を解析し、メナキノン(注2)を標的とするというこれまでの抗生物質とは異なる新しい機構であることを明らかにしました。
  ◆ライソシンEは短時間で優れた殺菌性を示すため、治療効果が優れており、毒性も低く、多剤耐性黄色ブドウ球菌の新しい治療薬としての応用が期待されます。

 

5.発表概要:
  高齢化社会の到来により、細菌感染症によって亡くなる患者が増えています。臨床の現場では、多剤耐性菌の出現により既存の治療薬が効かない感染症が深刻な問題となっており、これまでにない作用機序に基づく治療薬の開発が必要とされています。しかしながら、治療効果を有する新しい抗生物質の発見確率は低下してきており、また、その開発には巨額の費用がかかることから、近年、新しい作用機序を有する抗生物質が市場で販売されるに至るケースは非常に限られてきています。
このような状況に対応するため、東京大学大学院薬学系研究科の関水和久教授、浜本洋助教らと株式会社ゲノム創薬研究所らの共同研究グループは、コストが安く、倫理的な問題がないカイコにさまざまな細菌を感染させ、抗生物質を評価できる実験手法を開発してきました。そしてこの実験手法を利用して、これまでに新規抗生物質ライソシンを発見していました。しかし、ライソシンの作用機序は分かっていませんでした。
今回、研究グループは、ライソシンEの作用機序について明らかにし、ライソシンEがこれまでの抗生物質とは異なり、メナキノンを標的とする全く新しい機構で細菌を殺菌していることを見いだしました。また、マウスにさまざまな細菌を感染させてライソシンEの治療効果を評価した実験においても、ライソシンEは既存薬と比較して多剤耐性黄色ブドウ球菌(MRSA、注1)に対して優れた治療効果を示し、安全性も高いことを明らかにしました。
ライソシンEは今後、多剤耐性菌の出現で問題となっている黄色ブドウ球菌の治療薬としての応用が期待されます。

 

6.発表内容:
  多剤耐性菌の蔓延は臨床現場で深刻な問題となっており、既存の抗菌薬とは異なる作用機序を有する感染症治療薬が求められています。特に、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA、注1)は、院内感染により肺炎や皮膚炎などのさまざまな疾病を引き起こし、近年でも乳児の死亡例などが報告されています。しかしながら、新規抗生物質の発見は年々難しくなり、開発コストが増大する中、近年、新しい作用機序を有する抗生物質が市場で販売されるに至るケースは非常に限られたものになってきています。


東京大学大学院薬学系研究科の浜本洋助教らによって確立された、カイコを細菌感染モデルとして利用した抗生物質の定量的な評価系を用いて、治療効果を指標に抗生物質を探索することにより、株式会社ゲノム創薬研究所と共同で新しい感染症の治療薬の探索に着手しました(図2)。カイコは、日本の養蚕業を支えた産業用昆虫であり、コストが安く、利用にあたって倫理的な問題を回避できる利点があります。これまでの研究から14,000株の土壌細菌で探索した結果、沖縄の土壌から分離されたライソバクター属(Lysobacter属、注3)の細菌が生産する培養上清に、黄色ブドウ球菌に感染したカイコへの治療効果が認められることを見いだしていました。そして、培養上清の中から新規抗生物質ライソシン(これまでの呼び名:カイコシン)を発見していました。しかし、ライソシンの作用機序は分かっていませんでした。


  今回、東京大学大学院薬学系研究科の関水和久教授、浜本洋助教らと株式会社ゲノム創薬研究所らの共同研究グループは、これまでに発見していた抗生物質ライソシンの誘導体の中で最も生産量が高いライソシンE(図1)について、その作用機序を解析しました。その結果、多剤耐性の黄色ブドウ球菌を含むグラム陽性菌(注4)の一部の細菌に対して治療効果を示し、黄色ブドウ球菌に対して1分という短時間で99.99%の菌を殺傷するという、強力な殺菌活性(注5) を有することを見いだしました。また、ライソシンEは細菌の細胞膜のみを障害する作用がありました。その他にも、ライソシンEに耐性を示すライソバクター属の株を取得し、ライソシンEに耐性を示す株を分離したところ、メナキノンの合成に関わるmenA遺伝子に変異を生じていることが分かりました。さらに、細胞外からメナキノンを添加するとライソシンの活性が抑制されました。そこで、ライソシンの標的がメナキノンであるとの予測のもと詳細に解析したところ、ライソシンEとメナキノンは相互作用すること、及び、ライソシンEはメナキノンを含有するリポソームのみに働きかけて破壊することから、ライソシンEは細胞膜中のメナキノンと相互作用し、細胞膜を破壊していることが示唆されました。既存の抗生物質の中でメナキノンという細胞膜中の低分子を標的としているという先行研究はこれまでになく、本化合物が初めての報告です。


  さらに、浜本助教らが発見したライソシンEと、同じくカイコを用いた実験方法を利用して北里大学の内田龍児講師らによって見いだされていたノソコマイシンAについて、細菌感染したマウスにおいてそれらの治療効果を評価したところ、いずれも優れた治療効果を示すことが分かりました。昆虫モデルでの探索によって見いだされた化合物が、哺乳動物モデルでも治療効果を示すことを明らかにした点も本成果の注目すべき特徴です。さらに、ライソシンEについては、マウスにおいて臓器毒性もなく、急性毒性も低いことを明らかにしました。


  ライソシンEは、作用機序も新しく、これまでのMRSAを始めとする多剤耐性菌に効果を示し、かつ安全性も高く治療効果も優れていることから、臨床応用の可能性が高い抗生物質です。現在、東京大学と株式会社ゲノム創薬研究所とが共同で、(独)科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)ハイリスク挑戦タイプの助成を受けながら、実用化を目指した研究開発試験を実施しています。


  この成果は、Nature Chemical Biology オンライン版に米国東部時間2014年12月8日(日本時間9日)に掲載されます。

 

 なお本研究は、文部科学省科学研究費 新学術領域研究「天然物ケミカルバイオロジー」、及び、日本学術振興会科学研究費助成事業、JST A-STEP ハイリスク挑戦タイプ、医薬基盤研究所「保健医療分野における基礎研究推進事業」の支援を受けて行われました。

 

7.発表雑誌: 
雑誌名:「Nature Chemical Biology」(オンライン版の場合:2014年12月9日)
論文タイトル:Lysocin E is a new antibiotic that targets menaquinone in the bacterial membrane
著者:Hiroshi Hamamoto, Makoto Urai, Kenichi Ishii, Jyunichiro Yasukawa, Atmika Paudel, Motoki Murai, Takuya Kaji, Takefumi Kuranaga, Kenji Hamase, Takashi Katsu, Jie Su, Tatsuo Adachi, Ryuji Uchida, Hiroshi Tomoda, Maki Yamada, Manabu Souma, Hiroki Kurihara, Masayuki Inoue, and Kazuhisa Sekimizu*

DOI番号:10.1038/nchembio.1710

 

8.問い合わせ先:
東京大学大学院薬学系研究科 微生物薬品化学教室
教授 関水和久
助教 浜本洋

 

9.用語解説: 
※1 耐性黄色ブドウ球菌(MRSA):黄色ブドウ球菌は免疫が低下した患者に感染症を引き起こすが、その中でもβラクタム系抗生物質に耐性を示すものを指す。他の抗生物質に対しても耐性を示す場合が多く、治療に難渋するケースが臨床で問題となっている。これまでは、院内での感染が問題とされてきたが、最近、病院外でもMRSAに感染し発症するケース(市中感染型MRSAと呼ばれる)が問題となってきている。近年では切り札とされているバンコマイシンに対しても耐性を示す黄色ブドウ球菌の出現が懸念されており、新たな作用機序を有する抗生物質の開発が行われている。

※2 メナキノン:細菌のエネルギー生産に関わる電子伝達系の補因子として利用される、低分子化合物である。ヒトを含む哺乳動物では、その補因子としては構造が異なるユビキノンが用いられており、メナキノンを利用するのは一部の細菌のみである。そのために、ライソシンはヒトなどの哺乳類には毒性を示さず、細菌に対してだけ効果を発揮する。

※3 ライソバクター属(Lysobacter属):土壌細菌の一種で、近年、さまざまな化合物を生産する菌として注目されている。

※4 グラム陽性菌:細菌は細胞の外壁の構造から大きく2つの分類に分けられ、グラム染色という染色法で染め分けられる。グラム陽性菌には、黄色ブドウ球菌や枯草菌、リステリア菌などが属する。

※5 殺菌活性:抗生物質の作用には、菌を殺傷する殺菌活性と、殺傷はしないが増殖を抑制する静菌作用の2種類がある。ライソシンは前者の殺菌活性を示す。


10.添付資料:


図1 ライソシンEの構造

 

図2 14,000株の土壌細菌から探索し、ライソシンの発見につながった過程

 

図3 今回明らかにしたライソシンEの作用機序

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