東京大学教職員・学生の手記「駒場アラート奮闘記」

東日本大震災 - 東京大学教職員・学生の手記

平成23年3月11日に発生した東日本大震災発生時の様子やその後の行動、対応、感想等を本学関係者に手記として執筆してもらいました。

駒場アラート奮闘記

総合文化研究科 准教授 増田 建

 3月11日に発生した東日本大震災は、大津波による東北地方沿岸部の壊滅的な被害をもたらし、福島原子力発電所の事故を引き起こしました。この記事を書いている平成23年4月現在、震災による死者・行方不明者の数は2万8千人を超えており、未だに被害の全貌は明らかになっていない状態です。被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに、犠牲になられたお一人お一人とその遺族の皆様に対し、深くお悔やみ申し上げます。

 本震災により首都圏においても、交通機関がストップし大量の帰宅困難者を生むとともに、携帯電話などの情報インフラが麻痺し、しばらくの間は連絡不可能な状態になったことは記憶に新しいと思います。このような災害発生時において、最も重要であるが、同時に最も困難であるのが安否確認です。読者の中にも、被災地の親族・友人・関係者と連絡が取れずに苦労された人が居られると思います。

 本震災において、駒場Iキャンパスの学生・教職員の安否確認には、昨年度より運用を開始した安否確認システム、"駒場アラート"(正式名は英語の"Komaba-alert"ですが、ここでは親しみをこめて日本語で表します)が活躍しました。皆さんも駒場アラートに登録している(はず?)と思いますが、駒場アラートのことを詳しく知っておられる方は案外少ないかもしれません。駒場アラートの導入については、発案者である山影前学部長、前任の真船元学部長補佐、開発者である吉村特任教授など、私よりもよほど詳しい方が居られるのですが、本記事では、昨年度の駒場アラート導入から、震災後の駒場アラートによる安否確認とその後の対応について、計らずも中心的な任を果たすことになった(なってしまった?)、前理系学部長補佐の私の奮闘記をまとめさせていただきます。

平成22年4月~

 4月より学部長補佐として学部長室で業務を開始しました。理系学部長補佐は駒場キャンパスの防災担当とのことで、まずは開発中の駒場アラートの本格運用が最初の仕事でした。この時点で駒場アラートは、既に試験運用の段階に達していましたが、新学期の最初から新入生に登録を呼びかけるにはまだ時間が必要な状態でした。

 駒場アラートのシステムの根幹は、多くの学生・教職員に数分以内に大量のメールを一斉送信する機能を持つこと、そして、受信者がメール中のURLリンクをクリック応答することで安否確認者としてリスト化できる機能を有していることです。ただこのような大量メール送信システムの弱点として、間違ったメールアドレスが多く含まれると、迷惑メールの発信元として携帯電話キャリアがメール配信にストップをかけてしまう危険性があります。特に携帯メールのアドレスは頻繁に変更する人が多いために、受信者のメールアドレスを常に最新の状態に保ち、メールの到達率を高く維持する工夫をしておく必要がありました。そこで駒場アラートでは利用率を高めるために、登録者の大多数を占める前期課程の学生に対して、UTask-Webに登録した履修科目の休講・補講・教室変更情報を携帯メールに配信し、またクラスへのメーリングリストとして利用できるサービスを提供する機能を付けていました。

 駒場アラートの本格運用は4月後半より開始しました。前期学生への登録呼びかけは、UTask-Webへの履修科目登録が終わる4月末頃からで、教養学部のホームページやUTask-Webに登録をお願いするページを掲載しました。当初、なかなか登録者数が伸びなかったため、入学時に教務課に提出するメールアドレスを用いて、前期学生全員に駒場アラートより登録を呼びかける一斉送信を行ないました。夏休み前には、前期学生の約半数が登録を行ない、登録者総数は4千名を超えました。

 駒場アラートは学外にサーバーがあるため、キャンパス内が停電してもメールを送信できるメリットがあります。実際、12月にアドミニストレーション棟が急遽停電し、UTask-Webが使えなくなった際に、学生・教職員への一斉通知を行なう事ができました。また同月に行なわれた消火訓練の際には、初めて安否確認のテストを行ない、1時間以内に約1800名、1日以内に約2700名(登録者の約60%)の安否確認者をシステム上でリスト化できることを確認しました。この時点では、本当に使う事態が起こる事を一切想定していなかったので、取りあえずは使えるなという判断でした。

平成23年3月11日(金)

 東日本大震災が発生した当日、私は学部長室で、学内で発生したタバコの不始末による小火事故への対応のための、"喫煙に対するアンケート"の集計作業を行なっていました。丁度、嶋田前副学部長も学会出張中で、私の補佐の任期もそろそろ終了に近づいていたため、少しのんびりした気分で昼過ぎに業務を終了し、研究室に引き上げようとしていた14時46分に地震が発生しました。何か物に捕まっていないと立っていられない程の大きな揺れで、学部長室では額が落ちたり棚の中のものが飛び出たりする程でした。インターネットで確認したところ、東北地方を震源地とする巨大地震であることが分かりました。その後、テレビで東北地方に大津波が襲う映像が生々しく映し出され、未曾有の大災害であることが分かり言葉を失いました。

 教養学部では長谷川学部長、関谷事務部長が学部長室にすぐに来られ、緊急対策本部を設置しました。本部において、キャンパス内の被害状況を把握するとともに、駒場アラートによる安否確認を行なう事になり、15時12分に安否確認メールを送信しました。結果的には、通信網が麻痺する前の早い段階で安否確認メールを送信出来た事が有効でした。その時点での登録者数は約4400名で、1時間以内に1500名以上の、次の日の朝までに3000名以上の安否を確認する事ができました。特に有効であったのは、東北地方に行っていた学生の安否確認についてです。津波に襲われた地域に学生のグループが合宿免許で滞在していたのですが、その中の複数名が駒場アラートで安否確認をしていてくれたため、少し安心して対応することが出来ました。後で聞いたところによると、実際津波に襲われ、建物の最上階に避難していたとのことですが、全員が無事であったとのことです。発災後の週末(金・土)は泊まり込みで、帰宅困難者への対応や施設の被害状況の把握、学生の安否確認に追われました。

平成23年3月14日(月)

 週明けの月曜日には、駒場アラートによる安否確認者数の伸びが鈍くなりました。教職員の安否については、ほぼ把握できていました。しかし、教養学部には前期課程に約6600名、後期課程に約400名、大学院に約1600名の学生・院生が在籍しており、まだ半数以上が未応答や未登録の状態で、その安否は不明でした。そこで、UTask-WebやUT-mateに登録してあるメールアドレスを用いて、学生全員に駒場アラートを通して一斉送信をしました。駒場アラートは登録者に対しては、URLリンクをクリックする事で安否確認者のリストを生成してくれますが、未登録者に対してはその機能は使えません。そこで急遽、安否確認情報を受信する専用のメールアドレス(anpi@c.u-tokyo.ac.jp)を開設し、そこに安否情報を集約する事にしました。相当数の応答があり、3日後には安否不明者の数を約2900名にまで減らす事が出来ました。しかし、この一斉送信では学生が入学時に登録した古いメールアドレスを用いたため、多くのエラーメールを発生してしまいました。おそらく次はキャリア側が配信にストップをかけてしまうため、今後同じ手段を使えないことが分かりました。

平成23年3月18日(木)

 震災は春休み中に起こったため、帰省している学生がいる可能性が考えられました。そこで、UTask-Webで被災地域(青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県)に実家がある学生を検索し、優先的に安否を確認する事としました。該当する学生の総数は265名で、安否確認者のリストと参照した結果、安否不明者は59名でした。これらの学生に対して、教務課を中心に電話連絡を行ない、23日には全員の無事を確認することができました。

平成23年3月23日(水)

 この時点で、まだ2400名近い学生の安否が不明でした。残りの学生の安否確認をどのように行なうか相談した結果、駒場アラートのクラスへのメーリングリスト機能を用いて、各クラスの横の繋がりから学生の安否を確認することにしました。どのクラスでも、複数名は駒場アラートに登録しているので、その学生にクラスメートの安否を調べてもらい、安否情報をanpi@に知らせてもらおうというアイデアです。そこで、1年生および2年生の各クラスにおいて、まだ安否が確認できていない学生のリストを付けた依頼メールを送信することにしました。しかし、教養学部の前期課程には各学年、文・理系合わせて約100クラスがあります。1・2年生合わせて合計約200クラスについて、それぞれ未応答者のリストを付けたメール送信を、教職員で手分けして行ないました。ほぼ全員が安否確認できているクラス、殆ど応答者がいないクラスなどいろいろありましたが、特に2年生は学部進学が内定しており駒場への帰属意識が低いのか、1年生に比べて多くの安否不明者がいました。しかし、丁寧にクラスメートの安否情報を教えてくれた学生もおり、翌日には安否不明者の数は約1400名にまで減らすことができました。

平成23年3月24日(木)

 まだ千名以上の安否不明者が残っています。連日の疲れもあり、さすがに刀折れ矢尽きた状態で、これ以上は無理かと諦めかけていました。その時、教務課の渋谷さんが、震災後の丁度この期間は、学生がUTask-WebやUT-mateで成績や進学確認を行なうため、このログイン情報を安否確認に使えないかとのアイデアを出されました。ご存知のように、UTask-Webへのログインは、ユーザーID、パスワード、暗証番号の入力が必要で、本人以外が利用する事はあまり考えられません。そこで、UTask-WebおよびUT-mateのログイン情報を教務課よりもらい、未応答者のリストと参照しました。この結果は衝撃的で、前期学生の安否不明者を1年生で49名、2年生で129名にまで一気に減らすことができました。このことから、自分の成績や進学はきちんと確認するが、大学からの安否確認には無関心で対応しないが学生が多くいることが分かり愕然とするとともに、これで力業でも全員の安否を確認できるまでに減らせたとの安堵感が、複雑に入り混ざった気分になりました。

平成23年3月末~

 その後、前期課程の学生については、事務方の粘り強い電話連絡の結果、全員の無事が確認されました。後期課程の学生についても、電話連絡や学位記授与式への参加者などの確認を行ない、全員の無事を確認しました。大学院生については、未だ7名程度の安否未確認者が残っていますが、殆どの学生が普段から連絡が取れない状態であったため、ほぼ打ち切った段階です。

 今回、駒場キャンパスで9000名近い学生・教職員について、数名の怪我人を除いて全員の安否を確認できた事は奇跡的なことだと思っています。一介の生物学者で防災に全く素人の私には、あまりに膨大な人数のため、何から手をつけて良いのか分からなくなることが多々ありました。実際に被災し大きな被害を受けた地域の人々の苦労には比べるべくもありませんが、私たちの奮闘も少しはお役に立てたのではないかと考えています。今回の安否確認については、学部長室の先生方、強力なリーダーシップで安否確認を指揮された関谷事務部長、粘り強く対応して下さった山岸教務課長はじめ多くの事務職員の方々、データ解析でご協力いただいた教養教育評価室の森先生、安否情報メールアドレスを迅速に開設していただいた情報ネットワーク室の石原先生など、多くの方々のご協力をいただきました。ここに深く感謝申し上げます。

 今回の震災では、携帯電話が情報インフラとしての脆弱さを見せたのに対して、インターネット回線は意外と頑強で、PCメールでの連絡手段が最も有効でした。「僕は防災への関心が強い!地震は必ず来るのだ!」と唱えられ、駒場アラートの導入を進められた山影前学部長の先見の明には脱帽するしかありませんが、教養学部において駒場アラートが稼働していた事は、本当に不幸中の幸いでした。今回の震災で、大学による学生の安否確認も大きな課題となっており、学内外から駒場アラートに対する問い合わせを頂いているようです。ただ駒場アラートは、駒場の事情に特化した開発途上のシステムであり、まだまだ改善の余地が多く残っています。特に今回明らかになったように、学生諸君にとっては、UTask-Webと駒場アラートが独立したシステムとして存在していることに何ら意味はなく、今後教務システムとの融合が大きな課題であると考えられます。

平成23年4月~

 4月に入り、嶋田先生も私も学部長室での任期を終えました。震災後の安否確認から新年度の授業開始における教養学部の地震対応、また全学生・教職員の駒場アラートの登録義務化に伴うパンフレット作成やガイダンス説明などを、新たに着任された菊川補佐と力を合わせて行なうという、息つく暇無い1ヶ月でした。震災の影響もあり遅れていた、新旧学部長室の懇親会(慰労会?)に向かう途中、それなりの達成感もあり、ようやく解放されるかとほっとしていた時、永田副学部長より「増田君を防災担当特任補佐に任命したので、今後も駒場の防災に力を尽くすように...」との、あまりにありがたいお言葉をいただき、心が挫けそうになりましたが、二次会でのカラオケ絶唱(昨年度の学部長室は石井副学部長を筆頭に猛者ぞろい)で発散し、何とか気分を持ち直しました(木村補佐、お気遣いありがとうございました)。まだまだ余震には油断禁物ですが、キャンパス内もようやく落ち着きを取り戻しつつあります。また今後、電力事情が厳しくなる夏場を乗り切るまで、全員が節電に協力して克服していく必要があります。


 以上、駒場アラートの奮闘記でした。一斉送信を行なう度に、ツィッターなどで多くの書き込み(殆どネガティブなもの)がありましたが、学生諸君も、大学側が皆さんの無事のために努力していた事を知っていただければと思います。


※ この手記は、教養学部報第540号(2011年7月6日号)「駒場アラート奮闘記」と同一内容です。



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