再生のアカデミズム実践編 第1回:被災地の農林水産・畜産・漁業の支援・復興

プロジェクトで復興を支援する再生のアカデミズム実践編 第1回

再生のアカデミズム《実践編》

  3.11の東日本大震災、それに伴う原発事故という未曽有の大災害から1年が経ちました。この1年間、東京大学では様々な形で救援・復興支援を行ってきました。そして、総長メッセージ「生きる。ともに」に表れているよう、先の長い復興に向けて、東大は被災地に寄り添って活動していく覚悟でいます。この新連載では、救援・復興支援室に登録されているプロジェクトの中から、復興に向けて持続的・精力的に展開している活動の様子を順次紹介していきます。

「再生のアカデミズム《実践編》 第1回」は、東京大学学内広報NO.1423 (2012.3.26)に掲載されたものです。

プロジェクト名:

被災地の農林水産・畜産・漁業の支援・復興

中西 友子 教授(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属放射性同位元素施設)

第1回目は、部局一丸となって被災地における放射能の農畜水産物等への影響を調査、回復に向けた研究に取組んでいる農学生命科学研究科の取組みについて、プロジェクトのサブリーダーでいらっしゃる中西先生にお話を伺いました。

広報課 放射能の農畜水産物等への影響についての調査・回復研究を研究科全体で取組んでいますが、きっかけはどのようなものだったのでしょうか?

中西 震災、原発事故後に、長澤研究科長のリーダーシップの下、被災した農業の現場で役立つ研究計画を募ったところ、40~50件の提案が集まりました。そこで、各提案をまとめ、穀物、畜産物、魚介類などの分野ごとにグループを作り、農学部の牧場(茨城県笠間市)、農場(西東京市)などの施設、さらに以前から連携があった福島県農業総合センターなどをフィールドとして、調査研究を始めました。農学部全体で分野を超えて1つのプロジェクトに大勢で取組むということは、初めての試みです。

広報課 プロジェクトはいつから開始されたのですか?

中西 4月には被災地に赴き、調査を始めました。当初は、被ばくの恐れから学生が現地へ行くことを禁止し、教員のみが現場へ行き測定していました。研究科長の裁量で旅費だけは農学部から出ましたが、すべて手弁当でのスタートでした。全員が被災地の農業復興のために科学者としてできることをしなければ、という強い使命感を持ち、取組んできたところです。

広報課 プロジェクトとしての成果が出ていると聞きます。

中西 はい。4月、5月に得られた最初の研究成果は論文としてまとめ、「Radioisotopes」(日本アイソトープ協会)8月号に掲載されました。これらの論文では
(1)土壌および野菜の放射能濃度(大下誠一教授ら)
(2)牛の乳の放射能濃度(眞鍋昇教授ら)
(3)水田・畑作土壌からの放射性セシウムとヨウ素の溶出実験(野川憲夫助教ら)
(4)水田土壌における放射性セシウムの深度別濃度と移流速度(塩沢昌教授、根本圭介教授ら)
(5)コムギ中の放射性セシウムのイメージングと定量(田野井准教授ら)
という幅広い分野での成果をまとめることができました。その他にも、野鳥を調べているグループ(石田健准教授)、魚介類を調べているグループ(渡部終五教授)なども活動中です。牧場では、安全な牛乳を生産できる方法を示すために、放射性物質で汚染された牧草で乳牛を2週間飼育した場合の牛乳中の放射性物質の混入を調べたところ、牧草の給与を止めた後2週間程度で含有量が激変するといった結果が出ています(【図】)。被災地における土壌・水質・農畜漁産物の汚染問題についての具体的な科学的知見が出てきています。いずれも単一の専門だけでは解明ができない問題ですので、農学部全体で取組む強みが発揮できます。

【折れ線グラフ】牛乳の放射能濃度の推移
【図】放射性セシウムを含む飼料を食した牛のミルクからは早2日目から放射性セシウムが検出され14日でほぼ一定値となった。そこで次に放射性セシウムを含まない飼料を与えたところ、ミルク中の放射性セシウムの量は徐々に減少し約14日後には元の値に近くなった。

広報課 2月には「稲の試験作付推奨」に関する提言を出したり、2回目の報告会も開催されました。

中西 農林水産省が、国の暫定規制値の1キロ・グラム当たり500ベクレルを超えた場合には、旧市町村単位で地区全体の作付を制限するという方針を出しました。さらに厳しい制限が出ることも想定されます。このことは、(1)経年的変化のモニタリングができなくなり、(2)水田の荒廃や、(3)労働力の劣化等の弊害を招き、当該地域の農業復興を断念させるものだと思っています。福島県伊達市では相当数が該当しています。科学的知見を示すことで現場の農業に提案していきたい。それが、農業復興への第一歩だと考えています。そこで長澤研究科長が提言を出されました。 異分野の研究者が集まって、復興支援に向けて学際的な研究に取組むことができたことを嬉しく思っています。30年という長い半減期を持つ放射性セシウム汚染を考えると、私達の研究はまだ緒に就いたばかりと言えるでしょう。これからもこのプロジェクトを途切れることなく継続していくつもりです。

【写真】調査の様子
平成24年作付け前に伊達市地域ごとに水田の土壌と刈株を採取しており、放射性セシウムの詳細な動態を調べる予定である。

地震と津波による福島第一原発の事故は大量の放射性物質の飛散という我が国で初めて且つ大規模な災害をもたらしました。特に、農林畜水産業に与える影響は甚大です。農学生命科学研究科では、事故直後から放射能汚染の低減方策を探るべく、生体内および環境中の放射性物質の動きを中心に専門的立場から調査研究を行ってきました。今後も各分野で継続していきます。
プロジェクト代表
農学生命科学研究科長 長澤 寛道

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「再生のアカデミズム《実践編》」 第1回
構成: 東京大学広報室
掲載: 東京大学学内広報 NO.1423 (2012.3.26)

 

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