再生のアカデミズム実践編 第5回:「環境汚染性イオンの除去等に関する研究」

プロジェクトで復興を支援する再生のアカデミズム実践編 第5回

再生のアカデミズム《実践編》

  3.11の東日本大震災、それに伴う原発事故という未曽有の大災害から1年が経ちました。この1年間、東京大学では様々な形で救援・復興支援を行ってきました。そして、総長メッセージ「生きる。ともに」に表れているよう、先の長い復興に向けて、東大は被災地に寄り添って活動していく覚悟でいます。この連載では、救援・復興支援室に登録されているプロジェクトの中から、復興に向けて持続的・精力的に展開している活動の様子を順次紹介していきます。

「再生のアカデミズム《実践編》 第5回」は、東京大学学内広報NO.1427 (2012.7.25)に掲載されたものです。

プロジェクト名:

環境汚染性イオンの除去等に関する研究

迫田教授、石井准教授、工藤教授、立間教授 (東京大学生産技術研究所)

5月下旬、「東大 セシウム除染布を開発」といった記事が新聞各紙を飾りました。これは、生産技術研究所の化学系有志によるプロジェクトの成果です。研究チームが開発した放射性セシウムを効率よく吸収する布は、安価で扱いやすいため、ボランティアの除染活動でも利用できるといいます。設立以来「技術の実際問題を取り上げ、各専門知識を総合的に研究して実用化する」ことを目的に活動している生研が、復興支援でもその成果を出しはじめました。開発に関わった4名の先生(迫田章義教授、石井和之准教授、工藤一秋教授、立間徹教授)にお話を伺いました。

 

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プルシアンブルーを固定化した布と研究チーム。左から、立間教授、迫田教授、工藤教授、石井准教授

生研の化学系有志で何かできないか

広報課 プロジェクト立ち上げの経緯を教えてください。

迫田 個人的に震災後5月頃に石巻を訪ね、その被害の甚大さに愕然としました。と同時に研究者として何かできないかという思いを強くしました。その後、今度は飯館村の村長と会う機会を得て、線量計を持って村へ入りました。田植えの風景を過ぎ、峠を越えたところで、線量計の測定値が急上昇し、景色が一変。草がボーボーと生える中を自衛隊の車や警察車が走るのみで、村には人一人、犬猫一匹いない…。ただ事ではないことを肌で感じました。

 飯館村の村長からは、「藁をもつかむ気持ち」と協力を請われ、微力ではあるけれども、「藁になろう」という気持ちになりました。

立間 一方で、4月早々には生研の化学系有志で何かできないかという議論が始まっており、津波の汚泥、塩害…いくつか案が出ましたが、私たちの知識・技術を活かしやすいということから、農地などを対象にした除染に焦点を絞りました。偶然、東北出身の先生が多いことも、大きな原動力になりました。

分野を越え、チーム一丸で

広報課 除染布の開発の経緯と布の説明をお願いします。

工藤 まず最初にセシウムを吸着するための化学的な仕掛けを検討しました。私は有機化学者の立場から、セシウムの選択的な吸着剤としてクラウンエーテルについて取り組みました。クラウンエーテルを表面につけた磁性粒子を土壌にまいてセシウムを吸着させ、それを磁石で回収するという方法を想定したものです。しかし、吸着能は今一つという結果でした。磁性粒子をまいて回収というプロセスも最適とは言い難かった。

石井 広い範囲が低濃度で汚染されているという状況でしたので、結果として布が適しているということになりました。セシウムイオンに対する吸着剤として、人工青色顔料である「プルシアンブルー」を利用しました。プルシアンブルーは細かな粉末状で、これまで繊維に固定化しても脱落しやすい傾向がありました。しかし、プルシアンブルーとなじみやすいセルロース系の繊維を用いて、2種類の原料溶液へ繊維を順次浸すことで、とても簡便に、しかし強固に固定化することに成功しました。昨年6月のことです。

工藤 プルシアンブルーは、水に溶けたセシウムをよく吸着することは知られていましたが、様々なイオンが存在する実際の土壌環境で、セシウムを選択的に吸着するかは疑問でした。そこで、飯館村で雨どい水を除染する実証実験をしたところ、一晩浸して飲料水の基準値より低くなるという結果を得、プルシアンブルーが選択的にセシウムを吸着することもわかりました。

広報課 実用化に向けての課題は?

石井 この布は、本当に安価にできます。持ち運びも楽で、用途に合わせて大きさも自在です。専門家ではない住民やボランティアが中心の除染活動でも、広く利用できます。ただ、不特定の人にこのまま配ると、使い終わったらポイっと捨てられてしまうかも知れません。自治体や国などが、使用後の布を責任もって回収するまでのしくみを確立しなければいけません。最終処分方法が決まったところで、広く普及させたいと思います。

 今後は、福島大学と石巻専修大学と共同で、環境省の支援と飯館村の協力を受けて、布の吸着効率をさらに高めて、低コストで専門家の立ち合い不要な小規模分散型土壌除染システムを構築する計画です。今回の成果を広く知ってもらい、自治体等での採用について検討を呼び掛けたいですね。

  また、この布は吸着したセシウムを化学処理で取り除けば繰り返し使うことも可能です。再利用のしくみもこれからの課題です。

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福島県飯館村での実証実験の様子。雨どいの水に一晩浸したところ、飲料水の基準値よりも低くでき、十分な能力があることが証明された

広報課 今回の成果は生研ならではという印象を受けますね。

立間 この成果は、錯体化学が専門の石井先生が中心となり、有機化学が専門の工藤先生が布と吸着剤の接合、電気化学が専門の私が吸着剤の最適化、水・土壌が専門の迫田先生が土からイオンを剥がすプロセス、という役割分担によって生み出されたものです。これまでも生研では分野を越えた連携で様々な課題に取り組んできましたので、今回もスムーズにいきました。

迫田 1本の藁ではひ弱でも、何本かまとまれば綱となりなし得ることもできます。実用化に向けて、チーム一丸でもうひと頑張りしたいと思います。

 

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「再生のアカデミズム《実践編》」 第5回
構成: 東京大学広報室
掲載: 東京大学学内広報 NO.1427 (2012.7.25)

 

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