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東日本大震災 <東京大学の対応について>

遠野分室ものがたり

  救援・復興支援室の遠野分室から、被災地の復興の様子や分室の活動を報告していくコラム「遠野分室ものがたり」は東京大学学内広報にて2012年3月に連載をスタートし、2013年7月に終了いたしました。ご愛読ありがとうございました。今後の遠野分室の活動等は新連載「ザシキワラシの日常」にて、ご報告してまいります。

第17話 あれから2年

 私事ですが、7/1付けの人事異動で遠野市を離れる事となりました。

 赴任当初は、余震が続く殺伐とした雰囲気の中で、国・県・遠野市・他の自治体関係者等と震災対応・復興支援活動への「熱い」議論・情報交換が行われていた事が懐かしく思い出されます。

 あっと言う間の「2年間」でしたが、通常のデスクワークでは決して味わえない体験・経験・達成感、なにより信頼関係・絆の大切さを改めて実感させて頂き、自身大きく成長出来た「貴重な2年間」となりました。

 大きな事故等もなく救援・復興活動への後方支援が行えたのも、本田遠野市長をはじめとする各自治体関係者、濱田総長、前田救援・復興支援室長をはじめとする多くの本学関係者からのご支援・ご協力のおかげであり、感謝の念に堪えません。

 遠野市は離れますが、また違う形で故郷「大槌町」復興のご協力をさせて頂ければと思っております。

 震災は「現在進行形」です。引き続き、被災地復興へのご支援をよろしくお願いします。

 どんどはれ・・

遠野分室メンバー
遠野分室メンバー
 
現在の大槌町内の様子(赤崎自宅)
現在の大槌町内の様子(赤崎自宅)

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1441号・2013.7.25掲載)

 

第16話 足と宿と・・

 被災地での活動で、必要不可欠なものと言えば「効率的な移動手段(車両)」と「宿泊先」です。

 2時間に1本の鉄道利用後、1時間に1本のバス移動では、効率的な活動は困難です。宿泊先も少しずつ増えていますが、復興が進むにつれ工事関係者が多く利用することとなり、確保が困難な状況です。

 後方支援拠点である「遠野東大センター(TTC)」は、宿泊機能も有しており、開所後2年弱で延べ約1,500人※の教職員・学生に利用されています。車両も貸出用を含め3台配備しており、延べ走行距離は3.5万km※を突破。5月からは、釜石駅近くに貸出車両を配備し、後方支援体制を強化しました。(※2013年5月末現在)

 もう一つ、重要で必要不可欠なもの・・「信頼関係」。被災地で信頼を得るには、数多く顔を合わせ、腹を割って話せるかがポイントとの事(地元住民談)。

 遠野東大センター利用(無償)は、1度の出張コストで2度出張できる事から、被災地での信頼関係構築への後方支援も担っているのではないかと思います。

 利用学生談「自分の家より快適です・・」

 どんどはれ・・

遠野東大センターの様子
遠野東大センターの様子

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1440号・2013.6.24掲載)

 

第15話 開設から2年

 東日本大震災の救援・復興支援拠点として設置した遠野分室(遠野市)・大槌連絡所(大槌町)も、5月で開設2年となりました。

 被災地では、新たな町づくり計画・産業の復興・雇用の創出、災害復興住宅の建設・津波で流失した家屋の基礎撤去工事も始まり、少しずつですが「目に見える形」で復興が実感出来るようになってきました。

 ボランティア活動に関しては、ガレキ撤去のようなハードな活動は終息し、学習支援や仮設住宅での見守り等コミュニティ支援活動のニーズが増えています。

今後の復興計画や被災者ニーズに対応した「新たな力」を必要としていますが、残念ながらNPO等の外部団体の多くは、3月末で撤退しているのが現状です。

 遠野市を拠点として、共に活動していた多くの自治体等もすでに撤退しましたが、今後も「生きる。ともに」の理念のもと、被災地復興の一助となれるよう、後方支援活動を行ってまいります。

 「東京大学遠野分室」この看板も見慣れたね(市民)

 どんどはれ・・

遠野分室の様子
 
遠野市役所玄関前の看板
遠野分室の様子
 
遠野市役所玄関前の看板

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1439号・2013.5.27掲載)

 

第14話 焼肉=ジンギスカン

 ジンギスカンと言えば北海道を連想させますが、実はここ遠野市でも食の名物の一つとなっています。

 市内の肉屋やスーパーでは、生の羊肉が当たり前のように売られており、一人当たりの羊肉消費量で北海道と一、二を争うほどとか。

 羊のいない遠野市で何故ジンギスカン?と思い、遠野ジンギスカンの元祖と言われる専門店で聞いたところ昭和30年頃からお店で出すようになったそうです。当時は、どこの民家でも羊毛を取るための養羊が盛んだった為、新鮮な食材が調達できたこともジンギスカ

ンが盛んな街になった要因だとか。但し、当時は全国的に羊肉を食べる習慣があまりなかった事から「羊の肉食べてるの?」と笑われたそうです。

 ジンギスカン専門店の元祖を調べてみると、意外にも北海道ではなく東京で、昭和10年に「成吉思荘」という店舗を設けたのがはじめのようです。

 遠野市を訪れた際には、是非一度ご賞味下さい。

 どんどはれ・・

遠野ジンギスカン
遠野ジンギスカン

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1438号・2013.4.23掲載)

 

第13話 あの日を忘れない

 東日本大震災から2年が経過しました。被災された方々には、謹んでお見舞い申し上げます。

 この時ばかりと賑わうメディアの特集に苦々しさを感じながら、震災当日に家族や実家(大槌町)が気になり、仕事が手に付かず、本郷キャンバス理学部の職場のテレビを呆然と眺めていた自分を思い出します。

 あれから2年が経過し、復旧・復興の明るい話題ばかりが取り上げられ、次第にニュースになる事も少なくなり、「震災は過去のもの」と感じている方も多いのではないでしょうか?

 巨額の復興予算が投入されながら、未だに13万人以上の方が不自由な仮設住宅暮らしを強いられている事実や、ガレキ撤去後1年以上変化のない街の景色を目の当たりにすると、震災ではなく人災ではないか?とも思えてなりません。

2年前とは違い、被災地に訪れる事も復興の一助になります。是非、被災地の現状をご自身の目で確かめて下さい。「震災は現在進行形です」。

 どんどはれ・・

大槌町旧役場庁舎の現在の様子
大槌町旧役場庁舎の現在の様子

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1437号・2013.3.25掲載)

 

第12話 何で雪かきしないの?

 今年に入り、首都圏では7年ぶりの大雪となり、交通機関の混乱や道路・歩道の凍結、死亡事故等のニュースが流れていました。

 ここ遠野市では、この季節は日中でも気温が零下の為、降った雪は解けずにどんどん積もっていきます。雪かきを怠ると、すぐに凍結してしまう為、日常の雪かきは必須です。仕事から帰ると、近所の方が宿舎の前まで雪かきをしてくれていたりします。

 市役所の方に『雪かきのコツ』を伺うと、「雪が小量のうちに、数回に分けて、こまめに行う」との事。歩道凍結での転倒シーンを見て、「なぜすぐに雪かきをしなかったのか?」と不思議に思っているようです。

 地域性は否めませんが、改めて首都圏の自然災害への貧弱さと地域コミュニティーの欠如を実感させられた出来事でした。

 

毎朝、6時ぐらいから聞こえてくる近所の雪かきの音は、私の目覚まし時計の代わりとなっています 。

 どんどはれ・・

TTC(遠野東大センター)の様子
TTC(遠野東大センター)の様子

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1435号・2013.2.22掲載)

 

第11話 また来てね!

 陸前高田市教育委員会等が主催する『学びの部屋』。本学が学習支援ボランティアとして参加して、ちょうど1年が経過しました。

 『学びの部屋』とは、仮設住宅では机を置くスペースも勉強する環境も乏しい為、放課後や休日に子供達が安心して過ごせるサンマ(空間・時間・仲間)を小・中学校を開放して提供する事業で、学習支援を通じて子供達の未来を創るお手伝いをさせて頂いています。本学からは現在までに述べ160名以上の学生が参加しました。

 これから受験シーズンとなり、更に『学びの部屋』のニーズが高まる事から、主催者からは今後の継続的な参加やボランティア学生の増員、東大企画の提案といった要望等があり、本学への期待を強く感じました。

 「次はいつ来るの?」東大生が来る日を楽しみにしている生徒もおり、これは1年間継続的に参加させて頂いた事で、主催者・参加生徒との信頼関係が築けた証ではないでしょうか。

 どんどはれ・・

米崎小での学習支援の様子
米崎小での学習支援の様子

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1434号・2013.1.25掲載)

 

第10話 被災地を忘れないで!

 東日本大震災から1年9ヶ月が経過し、被災地に2度目の冬がやって来ました。
 被災地を訪れる度に、時間が止まったような錯覚を覚え、復興は少しずつ進んでいるのですが、実感が湧かないのが現状です。被災した実家も、がれき・柱が撤去された後、約1年変化はありません。

 ある仮設住宅で、一人のおばあさんとお話した際、「被災県以外では、もう震災や被災地の事を忘れかけている・・と聞くが、毎日テレビやラジオで放送されているのにね?」ハッとさせられる一言である。東京ではほとんど放送されなくなった震災関連のニュースは、ここ岩手県では毎日欠かさずトップで放送されており、そのギャップは想像以上です。
 全国各地で、震災の風化を防ぐイベント講演会等が開催されていますが、『百聞は一見に如かず』一人でも多くの方が被災地を訪れ、一度見たら忘れられないその光景を目にする事が、最大の風化防止となるのではないでしょうか。

 どんどはれ・・

震災後の様子(赤崎実家)
  現在の様子(同)。この状態が約1年続いている…
震災後の様子(赤崎実家)
 
現在の様子(同)この状態が約1年続いている

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1433号・2012.12.17掲載)


第9話 ふるさとを想う心はひとつ

 人口約3万人の岩手県遠野市。普段は、民話のふるさとを想わせる閑静な街並みと穏やかな人々。夜は薄暗く、歩く人もまばらなこの街が一変!

 遠野市の秋の一大イベント「日本のふるさと遠野まつり」が開催されました。市民総出で参加する秋の伝統行事で、市内の60以上の団体が遠野の郷土芸能である南部ばやし、しし踊り、神楽、さんさ踊りなどを披露しながら市街地を巡る「郷土芸能パレード」をはじめ、ライトアップされた駅前通りを約50団体が一堂に会する「郷土芸能共演会」などが行われました。市内は華やかなお祭りムード一色で、観光客やボランティアで遠野市に滞在されている方々も飛び入り参加し、大変な賑わいとなりました。市長や市役所・各自治会から「東大さんも是非参加して!」と毎年お誘い頂いており、来年は本学のボランティア隊も一緒に参加させて頂こうかな?

遠野市を拠点にボランティア活動を行う神奈川大学も参加
遠野市を拠点にボランティア活動を行う神奈川大学も参加

 見慣れない看板を発見『出会い応援桟敷席サービス・遠野まつりで運命の出会い!』

 市長席の横で、街コンが開催されていました。。汗

 どんどはれ・・

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1430号・2012.11.26掲載)

 

第8話 子供達のために、ふるさとを復興させたい!

 陸前高田市仮設市役所で行われた、公共政策大学院の東北被災地研修訪問での一幕。

 8月1日から4日間のスケジュールで、東北被災地(福島県・宮城県・岩手県)への研修訪問及びボランティア活動が行われました。

 当日は、留学生15名を含む31名の大学院学生が参加し、陸前高田市長との意見交換会後、本学も継続参加している学習支援「学びの部屋」及び津波で流された写真等を返却する「思い出の品返却活動」をしている方々との意見交換・現地視察を行った。

 時間を忘れるほど活発な意見交換が行われ、震災当時の様子や現在までの活動内容を、涙を浮かべ声を詰まらせながら説明頂く姿に、震災での体験・経験が国籍を越えて参加者全員に伝わったと感じました。

この貴重な経験が公共政策へ反映され、復興支援の強力な後押しとなる事を期待します。

 「あんな経験をした私達が、負けるわけがない!」

  どんどはれ・・ 

意見交換会の様子(学びの部屋)
意見交換会(学びの部屋)

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1430号・2012.10.25掲載)

 

第7話 皆さんの血管年齢は?

 岩手県大槌町の仮設住宅集会所で行われた「移動!暮らし保健室」。

 被災地支援を行っている登録プロジェクト(仮設まちづくり支援/研究プロジェクト)活動の一環で、仮設住宅での閉じこもりや虚弱化を防止し、団地内のコミュニティ形成を促すことを目的とし、医師による健康教室や実際に機器を使用しての健康診断・結果解説及び意見交換を行いました。

健康教室の様子
 
測定結果解説の様子
健康教室の様子
 
測定結果解説の様子

 当日は、20名以上の方が参加し、ご自身の健康状態を熱心にチェックされていました。

 参加者からは、「健康診断結果ではわかりにくい内容や、普段気にしていないストレス状態などもわかり大変良かった」「病院では聞けないような些細な健康相談にも応じて頂いた」と大変好評で定期的な実施要望もあり、仮設住宅暮らしでの健康への不安及び関心の高さを強く感じました。

 私の親戚も参加していました・・ 汗

 どんどはれ・・

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1429号・2012.9.24掲載)

 

第6話 こんにちは。まちたんけんたいです!

 遠野市立遠野小学校の元気な2年生9名が、遠野分室を訪れてくれました。

 生活科の学習「まちたんけんをしよう」の一環で、グループ毎に小学校周辺の市役所・商店街等で働く人の姿を見学・質問しながら、自分達の住む遠野市を学習しているとの事。

 「みんな東京大学って知ってる?」本学が行っている救援・復興・ボランティア活動を、困っている人のお手伝いに置き換えた説明を、みんな真剣に聞いてくれました。「何でここに東京大学があるの?」と質問する子供達の輝いた目がとても印象的で、市の担当者・引率教諭からは今後の教育活動への協力依頼もあり、こうしたきっかけ作りや地域交流の重要性を改めて認識しました。

 最後のお願いに、「はい!」と全員元気に答えてくれました。

 沿岸地域には、まだまだ困っている人が沢山います。これからも沢山勉強して、困っている人を助けてあげる人になって下さい。」

「まちたんけんたい」の様子
 
真剣に説明を聞く様子
「まちたんけんたい」の様子
 
真剣に説明を聞く様子

 「説明がわかりやすかったです!」と言って貰えて良かった・・汗

 どんどはれ・・

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1428号・2012.8.27掲載)

 

第5話 高校合格出来たよ!

 いつも教室の一番前で熱心に勉強していた当時中3の男子生徒が、笑顔で話しかけてくれました。「本当は勉強が大嫌いで、成績はいつも下から○番目。高校進学も危ないぞって言われていたけど、ここで東大の皆さんに勉強や学ぶ楽しさを沢山教えて貰えたおかげ。これから高校生活3年間、一生懸命勉強して東大に入るから見ててよね!」

 陸前高田市教育委員会と一般社団法人子どものエンパワメントいわてが主催する「学びの部屋」。仮設住宅には、机を置くスペースも勉強する環境も乏しい為、放課後や休日に子供達が安心して過ごせるサンマ(空間・時間・仲間)を小・中学校を開放して提供しています。
 本学も、昨年末から学習支援ボランティアとして継続的に参加しており、リピーターを含め多くの東大生が参加しています。

「生徒達は、憧れの東大生から勉強だけではなく、震災で一度失いかけた『夢や希望』も頂いている」現地の学習支援員の一言がとても印象的で、今後も息の長い継続的な支援の必要性を強く感じました。

学習支援の様子
 
3/18 濱田総長激励の様子(高田一中)
学習支援の様子(高校合格おめでとう!)
 
3/18濱田総長激励の様子(高田一中)

 私は生徒達から「勉強を教えない東大の人」と呼ばれているようです・・汗

 どんどはれ・・

文:赤崎公一

(東京大学学内広報NO.1427号・2012.7.25掲載)

 

第4話 元気わらすっこセンター

 リニューアルオープンしました!

  遠野分室のある遠野市役所西館が、4月14日(土)に「元気わらすっこセンター」として開所しました。「わらす・わらすっこ」とは、東北地方の方言で「子供」の意味で、1Fは子育て総合支援課と保育協会、2Fは教育委員会が入り、各種申請・相談窓口も一本化された子育てと教育活動の総合拠点となりました。


館内案内板

 遠野市では、少子化対策・子育て支援計画を「遠野わらすっこプラン」にまとめ、条例や基金を制定して遠野の宝・希望である「わらすっこ」を市全体で支援しています。

 以前は、遠野市沿岸被災地後方支援室や各自治体の後方支援事務所等があり、震災対応・復興支援活動の情報等が飛び交う「殺伐」とした雰囲気でしたが、現在はわらすっこ達の楽しそうな声が聞こえる憩いの空間に一変。こんな所にも、復興元年の一面を垣間見れた気がします。

 遠野分室は何処に??「3F」に移転しました。


玄関前


看板に「東京大学遠野分室」

 
移転後の遠野分室

 どんどはれ・・

文:赤崎公一
(東京大学学内広報NO.1426号・2012.6.25掲載)

 

第3話 カッパ捕獲許可証

 

 「許可証」の更新を済ませてきました!

 遠野市で活動していて、何処でも必ず目にする存在・・「カッパ」

 カッパは日本全国から情報が寄せられるUMA(未確認生物)ですが、その中でも有名なもののひとつが、ここ遠野市の「カッパ淵」に現れるといわれています。

 

 遠野市のキャラクターにもなっており、生け捕りと帰属が条件で地元遠野テレビが「1,000万円」の謝礼金を懸けており、カッパ淵の様子はライブでHPから見ることができます。

 但し、運よくカッパに遭遇しても、これを持っていないと・・「カッパ捕獲許可証」

 

  遠野市観光協会が発行していて、顔写真入りや名刺にしている遠野市民もいます。裏面には「カッパ捕獲7カ条」が記載されており、遠野市のカッパに対する愛情が伝わってくる許可証です。ちなみに、週末カッパ淵で許可証を提示すると、「キュウリ付きの釣竿」を無償で貸してくれます。

 許可期限が過ぎている方は、早目の更新をお勧めします。

 どんどはれ・・

文:赤崎公一
(東京大学学内広報NO.1425号・2012.5.25掲載)

第2話 零下18℃

 

  零下18℃って、体験した事ありますか?

 関東ではほとんど耳にしませんが、冬季の寒冷地では欠かすことが出来ない水のケア「水抜き」。蛇口で水を止めただけでは、管の中に水が残っているため(ストローを水につけ、上を指で押さえながら引き上げた状態)、蛇口を開けて空気を入れることで管の中の水が抜けて凍結しにくくなります(指を離すとストローの中の水が抜けていく)。

 外気温が零下4度以下になり、就寝時・長時間水道を使用しない場合や真冬日(1日中外気温が氷点下の日)が続くと、水道管が凍結してしまうため、うっかり「水抜き」を忘れてしまうと、一晩で管や蛇口・設備器具等が凍結し、放置すると膨張して破損させてしまいます。一般家庭では、複数個所ある「水抜きハンドル」等を回して水抜き・給水をしますが、遠野市役所西側にある東京大学救援・復興支援室遠野センター(TTC)には「水抜栓操作盤」があり、ボタン一つで水抜き・給水が完了!そんな高性能水抜栓操作盤をフルに活用しても、零下18℃の世界では・・・凍結します。

 

 水抜栓操作盤の電源を「OFF」にする日が待ち遠しい・・

 どんどはれ・・

文:赤崎公一
(東京大学学内広報NO.1424号・2012.4.23掲載)

 

第1話 救援・復興支援室遠野分室

 岩手県遠野市の市役所玄関に、「東京大学」の看板が掲げられてからもうすぐ1年。早いもので、東日本大震災から1年が経過しました。

 

 濱田総長メッセージ「生きる。ともに」の理念の下、5月で開設後1年となる「救援・復興支援室 遠野分室」は、本学の被災地での救援・復興活動に対しての後方支援を行っており、登録プロジェクトやボランティア隊等多くの構成員の方々にご利用頂いております。
ここ遠野市は、過去に繰り返されてきた三陸沿岸地方の津波被害に対する「後方支援拠点」としての歴史的経緯があり、震災直後から市長の強力なリーダーシップの下、沿岸被災地への後方支援を即座に開始。現在では、多くの他県自治体・大学等が活動拠点を置き、「復興元年」には欠かせない「情報・スピード・連携」(自論)の更なる強化を図るべく、情報の収集・共有、産学官民の連携が行われています。

 「遠野市に東京大学?」と来訪する各自治体・企業・NPOの方方、震災前は市民課窓口だった事から「住民票を下さい」と笑顔で訪れる遠野市民の方々と、日々「絆」を深めながら後方支援活動を行っています。

どんどはれ・・

文:赤崎公一
(東京大学学内広報NO.1423号・2012.3.26掲載)

◆「どんどはれ」とは、遠野地方で昔話を語る際に最後に言う言葉。まんが日本昔ばなしでお馴染?「めでたし、めでたし」との意味で、物語の最後はハッピーエンドで終わる。

 

 

執筆者紹介:
  救援・復興支援室遠野分室勤務(総合企画部企画課係長)赤崎公一氏。東日本大震災にて実家(岩手県大槌町)が津波で全壊し、家屋・家財すべて流失。平成23年7月より、妻と子(当時1歳)とマンションのローンを東京に残し、岩手県遠野市に移住。現在は、被災した母(65歳)と高校卒業以来の同居生活中。

東京大学救援・復興支援室 遠野分室:
  東京大学の構成員が被災地で救援・復興に関する活動を行う際に支援を行うため、平成23年5月13日、岩手県遠野市(遠野市役所内)に設置。


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