科学にもドラマチックなストーリーを。 | UTOKYO VOICES 027
国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 教授 Mark Vagins(マーク・ベイギンズ)
科学にもドラマチックなストーリーを。
ニュートリノの性質の全容を解明する『スーパーカミオカンデ』は、世界最大の地下水を利用した水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置だ。ベイギンズは、この装置に水溶性のガドリニウムを加えることで、新しい実験装置を作らずに過去の超新星ニュートリノを検出することができるようにするなど、その能力増強や新たな観測手法開発を最前線で進めてきた。
彼の柔軟な発想は、その生い立ちと決して無縁ではない。母方の祖母は、自身のラジオ番組を二つ持つクラシックのピアニストだった。まだクラシック界がジャズに偏見を抱いていた時代、彼女は変名でジャズも積極的に演奏していたそうだ。
エンジニアの父と、英語を教える教師で、編集者でもあった母を持つ彼は、いつも音楽が流れたくさんの本に囲まれた家庭で育った。幼少期から科学書はもちろんSF、ミステリー、英米文学の古典的名著までを幅広く愛読。
「どこかに出かける時も、必ず何か本をもっていく、そんな子供でした」
父の影響もあって、早くから科学に興味を抱いたベイギンズは、小学校時代はラジコンカーをつくったりしながら、10歳になる頃には「将来は科学者になりたい」と思っていたという。
そして、「経路積分」という新しい量子化手法を考案しノーベル物理学賞を受賞したリチャード・P・ファイマンの著作に出会い、彼の興味は素粒子物理学へと大きく舵を切る。 「大学1年の時、私にとって神様のような存在だったファイマンに会って、話をする機会を得ました。先生と会話をしたことは、今でも周囲の研究者達から羨ましがられているんですよ(笑)」
「ガドリニウムを加えた『スーパーカミオカンデGd(SK-Gd)』によって、宇宙が始まって以来繰り返されてきた超新星爆発の結果、宇宙全体に蓄積された『超新星背景ニュートリノ(DSNB:the Diffuse Supernova Neutrino Background)』を他に先駆けて観測することが私のゴールのひとつです」
ベイギンズは、そう語る。それはとりもなおさず、人類が宇宙の歴史と進化について新たな知見を獲得することを意味している。
米国では、大学院生になると教授ともファーストネームで呼び合い、「同僚」として扱われる。ベイギンズは「日本の学生達も、もっとオープンかつフランクで良いのではないか」と訴える。
学生時代の7年間、毎週芝居を見続けてきた。自分の学生たちにも「プレゼンテーションは、音楽や戯曲のように、興味を喚起する導入部を提示し、テーマを掘り下げつつ、主題を高らかに歌い上げるピークを築き、最後にキッチリと締めくくるストーリー性が大切だ」と指導している。もちろん、自身の日々の講義でもそんな展開を心掛け、決して聴く者を飽きさせない。
学ぶ喜びを伝えることが自らの使命だとするベイギンズ。彼は「授業だって楽しく無ければ意味がない」と力説する。
取材・文/太田利之、撮影/今村拓馬
10年前のいわゆる「ガラケイ」。バッテリーを4回換えながら、現在も使い続けている。最新テクノロジーは尊重し敬意を払うが、一方で物を大切にするマインドも大切にしたい。へこんだり剥げたりしているけれど、それも使い込んだ味わいとなっており、愛着があって手放せないのだという
「今日は素晴らしい。そして明日は、もっと良い日になるぞ!」 母方の祖父はスコットランドから、父方の祖父母はイスラエルからアメリカへの移民だった。その意味では、アメリカンドリームを体現した家族をルーツにもっている。「明日を信じる根っからの楽観主義」を貫くことが、彼の信条だ
Mark Vagins(マーク・ベイギンズ)
1987年にカルフォルニア工科大学にて理学士号(物理学専攻)取得、1994年にイエール大学にて哲学博士号(素粒子物理学専攻)取得。1997年よりカルフォルニア大学アーバイン校研究者(現職)、2008年より、東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構にてニュートリノ実験に従事、特任教授を経て、2014年より教授に(現職)。既存のスーパーカミオカンデに水溶性ガドリニウムを加えることで、過去の超新星ニュートリノの検出を実現するなどスーパーカミオカンデの機能強化を図り、原子炉反ニュートリノの検出精度を上げる斬新な技術開発などの新しい物理学に新地平を開き続けている。
取材日: 2018年1月17日