コラム「バリアフリーの東京大学」の実現に向けて 第3回 東大で働く −障害をもった教職員として−  本学のバリアフリーに関するコラムの第3回目です。今回は、視覚障害者である田中仁さんと、盲ろう者である福島智さんのお二人にお願いしました。今回でひとまず、バリアフリーに関する連続した記事の掲載は終えますが、今後も引き続き、学内広報では本学でのバリアフリーの推進に関する取り組みを紹介してまいります。 視覚障害教職員として東大で働く  数理科学研究科 COE特任研究員 田中 仁  私は、幸運にも機会をいただき、平成15年9月より数理科学研究科においてCOEの特任研究員として数学の研究と教育とに従事している。数学は、自然科学の中で、比較的視覚障害者に向いた分野であるとされている。確かに、その研究に不可欠の「自然との対話」は、数学の場合多くは「数式との対話」もしくは「数学的イメージとの対話」であり、それらはたいてい紙の上もしくは頭の中だけで成立する。欧米では、多くの視覚障害を持つ数学者が活躍しており、”The World of Blind Mathematicians”(A. Jackson, Notices of the American Mathematical Society, 49, 2002)という特集記事が書かれるほどだ。私は、その世界を作り出すほどの能力はなさそうだが、頭の中で数式との対話(trial and error)を日々繰り返しつつ、好きな数学の研究を続けている。  いかに向いているとはいえ、視覚障害者が研究と教育を行うのはなかなかに不便だ。私が現在バリアフリー支援室から受けている支援は、必要なソフトウェアがインストールされたコンピュータと点字プリンタとの貸出、そして、週に1度5時間の支援者の派遣である。この支援者の派遣は、数理科学研究科の理解も得て実現した。資料の音読、私の作った文章の最終チェック、論文・資料の収集等、今では支援者の派遣は私にとって不可欠のものとなっている。  東大が全学的な観点からバリアフリーを促進しようとしていることは、障害者として支援を受けて働いているものとして、直面する個々の問題を全体の中で捉えなおし解決し得るという点で非常に心強い。支援室があり、そこに専門性をもったコーディネーターが常駐している。これも、それだけで、非常に心強いことである。残念ながら、現在は障害者が自己努力だけで夢を実現できる社会ではない。東大が、多くの障害者と健常者とが共に学び働ける場となり、それが他の大学・企業等に広がって、障害者が夢を持って生きられる社会となることを願っている。 バリアフリーの東大は日本を変える  先端科学技術研究センターバリアフリー分野助教授 福島 智  東大が発足して、来年で130年。この本学の長い歴史の中で、ヘレン・ケラーと同じ障害(見えなくて、聞こえない)のある盲ろう者が教員として着任したのは、おそらく私が初めてだろう。私の場合、移動するにも、他者とコミュニケーションを持つにもサポートが不可欠なので、勤務中は常時二人の「指点字通訳者」が支援してくれる体制を本学が整えてくれた。こうした体制は日本はもとより、世界的にも例がないと言われる。関係者の勇断に感謝したい。  ただ、残念なのは、全盲や全ろうなどの単一の重度障害のある状態で常勤教員に新規採用された人も、本学ではこれまでほとんどなかったか、皆無だったらしいということだ。いったいなぜだろう。少なくともその重要な原因の一つに、障害のある教員を支援する仕組みが本学になかった、ということがあげられるかもしれない。その意味で、バリアフリー支援室が、障害のある学生に加えて、教職員をも支援の対象にしたことは、たいへん意義深い。  ところで、私が2001年に着任して最初に研究室をもらったのは、駒場Uキャンパスにある先端研の13号館の1階だ。この建物は1929年竣工で、旧東京帝国大学航空研究所本館だったという。ちなみに、私の支援スタッフには女性が多い。彼女らはトイレに行くのに2階に上がっている、ということに気づいた時、私は尋ねた。  「どうして、わざわざ2階に行くの?」 「1階には男子トイレしかないからです」。そうだったのか。私の胸が痛んだ。  つまり、各階にトイレが一つずつしかない、ということは、東京帝大は「男」の存在しか想定していなかったと言うことである。それだけではない、そもそも戦前は女性に参政権さえなかったではないか・・・。  バリアフリーの理念は障害者だけに関わるものではない。この社会には昔も、そして今も、有形・無形の多くの「バリア」が構造的に存在する。東大を「バリアフリー化」することは、日本社会からこうしたさまざまな「バリア」をなくすことに繋がるのだと思う。 <東京大学バリアフリー支援室 連絡先>  TEL:03−5452−5067  FAX:03−5452−5068  E-mail:spds-staff@mm.itc.u-tokyo.ac.jp