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人間の脳は仲間内を超えて、社会の分断を克服できるか。| UTOKYO VOICES 056

掲載日:2019年4月4日

UTOKYO VOICES 056 - 大学院人文社会系研究科 社会心理学講座 教授 亀田達也

大学院人文社会系研究科 社会心理学講座 教授 亀田達也

人間の脳は仲間内を超えて、社会の分断を克服できるか。

中学の時には弁護士を目指して法学を学びたいと考えていたが、弁護士には向かないと考えて文学部に入学。当初つまらないと思いながら社会心理学を学んでいた亀田に転機が訪れたのは、大学3年の時だった。様々な価値観を持った人がいる中で、社会的な合意はどのように形成されていくのだろうと考え始め、『「きめ方」の論理―社会的決定理論への招待』(佐伯胖、東大出版会)を読んだ。

「本の中で、佐伯先生は社会の中で決めることのメカニズムと倫理的な意味について語っていて、問いがとても深いと感じました。それは人間の知的機能の仕組みを実験や計測で調べていく認知科学が背景にあったからです」

それを起点として、現在、亀田が取り組んでいるのは「実験社会科学」という、世界のどこにも存在していない新しい統合的学問だ。

「共感性や利他性、モラルなど、『人の社会』を支える人間の本性について、『ヒトの心』に関する自然科学の先端知識や実験と、長い歴史の中で積み重ねられてきた人文社会科学の知恵をつなぐことで理解しようとする試みです」

例えば、「共感」という言葉は「人の不幸に同情する」といった感情の動きについて述べる時に使われる。しかし、人間の脳は150人程度の仲間内(内集団)を相手にするように設計されていて、共感が及ぶ範囲は血縁など狭い範囲に限定される。

そうすると、それをはるかに超える貧困や格差などの現代社会が抱える問題は解決できない。そのため、感情による共感とは別に、様々な人との関係を認識した上で適切な判断をするための認知的な共感が求められる。

「私たちの研究チームでは、ストロボの強い光刺激を受け続けている人の映像を見た実験参加者がどんな反応をするのか、生理反応を用いて調べました。その結果、他者に対する利他性は認知的共感によって生まれる可能性が明らかになりました」

社会のモラルや規範、富の分配を考える際に、最も重要な著作と言えるのがジョン・ロールズの『正義論』である。ロールズはその中で、人は最も不遇な立場にある人々に対して自然と手厚い施策を施すようになるし、そうすべきだと論じている。

「その結論は『きめ方の論理』で学びましたが、私は机上の空論だと信用していませんでした。しかし、その問題はずっと頭の中にあって、人間がそう考える心的な装置があるのではないかとも考えていました。それを探し続けて、数年前に脳まで調べる実験を行い、やはり心的な装置があることがわかったのです」

その結果から、最終的な行動や意見は多様でも、認知過程で見ると、人は誰でも不遇の状態に対して敏感に反応することがわかった。認知的な共感回路を通じて、不遇を考えていくのだ。それは生物的な特性で、不遇状態のリスクが脳の奥深い部分に刻み込まれているのかもしれない。人が生きていく上に欠かせないもので、社会的に合意を形成していく上で共通の土台になる。

「社会の分断が深まっている中で、その状態を解決するにはどうしたらよいのか。人間が持っている本性の中に、それを変えていく可能性があるかもしれません。その土台は何かを考え続けていきたいと思います」

小物:ガーコイル

Memento

パリのノートルダム大聖堂の屋根に載っている魔除け。シカゴ大学のブックストアで売っていたのを友人が買ってくれた。考えているような姿が気に入っている。

直筆コメント:「書を捨てよ町へ出よう」

Maxim

寺山修司の有名な言葉だが、自分ではひとつの学問領域だけでなく、いろいろな人、いろいろなところを見ようと置き換えている。オープンマインドであれと、学生たちに常に言っていることでもある。

Profile
亀田達也(かめだ・たつや)

1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科修了。イリノイ大学大学院心理学研究科博士課程修了。Ph.D(心理学)。1989年東京大学文学部助手、1994年北海道大学文学部助教授、2000年北海道大学大学院文学研究科教授、2014年東京大学大学院人文社会系研究科教授。著書に『モラルの起源―実験社会科学からの問い』(岩波新書)、共著に『合議の知を求めて―グループの意志決定』(共立出版)など。

取材日: 2019年1月22日
取材・文/菊地原 博、撮影/今村拓馬

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