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地の利を生かす日光植物園での研究/舘野正樹の植物生態学@栃木県 | 広報誌「淡青」35号より

掲載日:2017年10月27日

実施日: 2017年09月08日

植物生態学 @ 栃木県
 
山の落葉広葉樹林は本来の姿か?
地の利を生かす日光植物園での研究

たとえば紅葉の山を見た際に、きれいだと思うだけでなく、落葉広葉樹と常緑針葉樹の違いに気づき、その背景に思いを馳せる研究者がいます。ワンダーフォーゲルの経験を活かして全国を走破した後に故郷の山に戻った舘野先生に、山の見方を教えてもらいましょう。
 

舘野正樹/栃木出身
Masaki Tateno
理学系研究科附属植物園日光分園
准教授

舘野先生の本
『日本の樹木』(ちくま新書/2014年刊/880円+税)

 

稚樹を移植した男体山の冬。

白神山地の東端にあるヒバと落葉樹の混交林。
  
私は結構気ままに研究を続けてきた。現在は植物の研究をしているが、微生物を扱っていた時期もある。博士課程では当時助手だった大隅良典先生から助言をいただき、土の中に棲む菌類の生態を研究していた。飢えた菌類は自らの体を食いつぶして生き延びる。それは、残った細胞が必要とする最低限のエネルギーを得られるよう、巧妙に行われていた。この現象は、のちに先生がその仕組みを解明されたオートファジーの一種だったようだ。昨秋先生のノーベル賞受賞が決まったとき、うれしくて植物園内を全力疾走してしまった。そんな私のところにいる大学院生には自由人が多い。植物園に小さな田んぼを作ってイネを栽培している院生もいる。

本題に戻り、日光の地の利を生かした研究の一つを紹介したい。白神山地のブナ林に代表される山の落葉広葉樹林が本来の姿なのかどうか、という研究である。ワンゲルでの経験を生かして全国の山を歩き、日光の山で稚樹の成長を追跡し続けた。10年近くを費やし、一人では限界を感じ始めていた頃、一人の大学院生がやってきた。彼女は植物園での光環境の測定をもとに、稚樹が暗い林の中で成長できるのかどうかを計算していった。彼女は、本来この林には落葉広葉樹と常緑針葉樹がみられたはずだという。ここでは明るい環境でしか成長できない落葉広葉樹から、その下の暗い環境でも成長できる常緑針葉樹へと樹種が変化する。その後常緑針葉樹が枯死して明るい場所ができると、再び落葉広葉樹が成長を始める。森林の各所でこうしたサイクルがおきているため、全体としては両者が入り混じるのである。数年前、弘前大学文学部の先生が江戸時代初期に作られた白神山地の植生図を発見し、当時は落葉広葉樹のブナと常緑針葉樹のヒバが混在する林だったことを発表した。私たちの共時的な生態学と通時的な歴史学の幸せな出合いだったと思う。白神山地では、江戸時代に行われたヒバの伐採が現在のブナ林を作り出したようだ。
 

男体山山頂付近にある調査地。

近隣の小学生が参加した植物園での野外授業。
その後、どのような理由でブナが自生地より寒冷な山岳に進出できないのか、また、より温暖な平地に降りられないのかという、落葉広葉樹の分布に関する研究を始めた。第一段階として、ブナの稚樹を自生地よりも高い男体山の山頂近くに移植し、また、自生地よりも低い植物園に移植した。その結果、ブナは寒冷地の短い夏ではうまく成長できないことがわかってきた。ブナの細胞は寒さに強いのだが、成長よりも頑健さを優先した形態が寒冷地での成長の足枷となっていたのである。残念ながら、温暖な場所での問題に答えるのはまだ先のことになりそうだ。

拙著『日本の樹木』では樹木たちの多様な生き方を紹介している。生物学とは無縁な方でもすんなり読めるよう、話題を生物学以外にも広げ、また平易な文体を心がけたつもりである。今年、ある公立看護大学の入試で「アカマツ」の項が総合問題の素材として使われた。斬新だったのは、アカマツを題材に世界恐慌と第二次世界大戦の関係を聞いていたことだった。研究は予想もしない方向に広がっていく。
※本記事は広報誌「淡青」35号の記事から抜粋して掲載しています。PDF版は淡青ページをご覧ください。

 


福島県にあるブナとスギの混交林。
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