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学歴――素直に教育の意義を問い続ける異色の研究者 | UTOKYO VOICES 004

掲載日:2018年1月17日

UTOKYO VOICES 004 - 学歴――素直に教育の意義を問い続ける異色の研究者

高大接続研究開発センター 入試企画部門 教授 濱中 淳子

学歴――素直に教育の意義を問い続ける異色の研究者

教育社会学の研究者にとって、素直さは美徳にならない。最も重視されるのは現代社会と教育の問題をあぶり出す「批評的思考」だ。その点で、教育や学歴の効用を素直に肯定する濱中淳子は自身を、「研究者としては物足りないと思われる方も多いかもしれません」と語る。

大学進学率が5割を超える今、大学不要論は至るところで幅をきかせている。いわく、「この時代に学歴なんて役に立たない」。いわく、「大学で学べることなんてたかが知れている」……。

「世間では、声の大きい人が自分の経験や自分が見た範囲の印象で言ったことがイメージとして確立してしまいます。でも、自分の進路や国の教育制度を『なんとなく』のイメージで考えるのは危ういことですよね」

濱中の研究の出発点にあるのは、社会工学者である矢野眞知が著書で記していたこと。矢野は、人の所得に影響を与える要因はさまざまあるが、そのなかで個人の努力でコントロールできるのは教育訓練ぐらいしかないと指摘していた。

「その通りだ」と濱中は思った。個人がなんとかできるのは自分への教育しかない。

しかし濱中が大学院に進んだ頃すでに、世間では教育全般に対する批判の声が大きく、その内容や方法も時代遅れとされ、変革を迫られていた。しかし、そんなに今の教育はダメなものだろうか?世間の批判と自分の感覚とが一致しない。そこで濱中は教育社会学を専攻するなかで身につけた社会調査という手法を武器に、実態を調べ始めた。

「今の教育システムや学歴の欠点ばかりを見て根こそぎ変えてしまえば、良い部分も失ってしまいます。だから私は、語られていない良い部分にも光を当てたい」

批評的視点から切れ味鋭く問題を指摘する研究はたくさんある。その中で、自分が研究者として生み出せる新しいものは何か。

「教育や社会を斜めから見るのではなく、まっさらなところから議論を始める材料を提示したいですね。それには、良いところは良いと素直に評価することも大事だと思うんです」

濱中は、今の高卒と大卒の生涯賃金格差が40年前よりはるかに開いていることを指摘し、大学で意欲的に学んだ学生はその経験が卒業後のキャリア向上に寄与するという調査と分析の結果を発表。著書は教育関係者からもマスコミでも大きな注目を集めた。

「ここで言う学習経験とは知識の蓄積ではなく、問いを立て、調べ、分析し、他者に提示する活動のこと。実は私自身も学生時代は社会に対する問題意識に乏しくて、問いを立てるところでつまずいていました。でもそれを大学で学ばせてもらったんです」

民間の研究所と大学入試センターを経て、高大接続研究開発センターの入試企画部門へ。東大入試もまた、イメージで語られやすいトピックだ。

「教育のあらゆる側面で『なんとなく』で語られるものと現実との距離をうめたい」。そう語る濱中は今、学びの価値とは何か、学歴はどのような意味を持つか、著著だけでなく講演を通じて人々に直接語りかけ始めている。

取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

Memento

2006年、論文執筆で長時間座り続けたためにヘルニアを発症して入院。勤務先の研究所から退院祝いに何がほしいかと聞かれてこの椅子を選んだ。「その前の職場で会議用に使われていた椅子なんですが、座り心地が完璧で(笑)」

Message

Maxim

「特に目標もやりたいこともなく東大に入ったんですが、さまざまな先生に出会い、学問のしかたを教えてもらったことで今、研究者として独り立ちできている。先生方と東大と、そして『教育』に感謝しています」

プロフィール画像

濱中淳子(はまなか・じゅんこ)
東京大学大学院教育学研究科修了後、基礎学力研究開発センター特任研究員を経て、企業の現場を知る必要性を感じ、2006年リクルートワークス研究所へ。07年大学入試センターに助教として着任し17年4月より現職。単著に『検証・学歴の効用』(労働関係図書優秀賞受賞)、『「超」進学校 開成・灘の卒業生-その教育は仕事に活きるか』、共著に『教育劣位社会-教育費をめぐる世論の社会学』など。

取材日: 2017年11月14日

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