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ホームランを狙わない「夢の新素材」開発者 | UTOKYO VOICES 017

掲載日:2018年3月9日

UTOKYO VOICES 017 - ホームランを狙わない「夢の新素材」開発者

大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授 磯貝 明

ホームランを狙わない「夢の新素材」開発者

包装用フィルムの素材に使えば、酸素をほとんど通さないパッケージが作れる。車のタイヤに使えば、従来のタイヤよりはるかに軽くて強いタイヤになる。インク分散剤に使えば、かすれにくく滑らかに書けるペンが作れる。

素材としての機能が優れているだけではない。木材から取り出せるので環境負荷が低く、石油資源のように有限でもない。まるで時代の要請に合わせて生まれたかのようなこの素材は、セルロースナノファイバー(以下「CNF」)。植物のセルロースをナノ(10億分の1メートル)レベルまで細かくほぐしたものだ。

植物由来で多彩な機能をもつCNFは今、世界中から熱い注目を集めている。CNFの製法はいくつか開発されているが、磯貝は世界で初めて繊維を完全に解きほぐすことに成功し、様々な高い機能を発揮する新規CNFであることを報告した。その業績によって2015年、磯貝は森林分野のノーベル賞といわれるマルクス・ヴァレンベリ賞を共同研究者とともに受賞。

しかし“夢の新素材の開発者”と呼ばれると、磯貝はいささかきまり悪そうに笑う。

「最初から『こういう性質・機能を持った素材を作ろう』と考えてそれを実現したのであれば、今ごろ大いばりだったはずなんですけどね。実際は学術的な興味から作製に成功し、たまたまそれが非常に優れた素材だったというだけなんです」

磯貝らが新たなCNFの製造法を発見したのは2006年。その時に狙っていたのは、環境に害を及ぼす有機溶剤や大きなエネルギーを使わずに植物からまったく新しい素材を作れないかということ。何かに役立つ素材とは考えていなかったという。

「例えばノーベル賞を取った研究でも、iPS細胞のように人々が必要としている課題を解決する目的の研究と、導電性プラスチックのように実験中の偶然から生まれた研究成果がありますよね。私たちの研究成果は後者の部類だと思います」

東京大学に入学するまでは物理や数学が得意だと思っていたが、入学してから、この方面で天才的な大学生が山ほどいると知った。しかし農学部でバイオ系の材料開発を研究するうち、この分野には、「いろいろ試してみる」ことで新しい研究成果が生まれる面白さがあることに気づいた。実際、CNFの成功は磯貝がこれまでやってきた様々な試行錯誤のうちのひとつに過ぎない。

「そこから先は他大学や企業の方々が、農学部にいる我々が思いつかないような機能を見つけ出して実用化の可能性を広げてくれました」

一人の人間が考えつくことなんてたかが知れていると思ったのはその頃だ。当時から磯貝のCNFに関心を持ち、素材開発を進めてきた企業は今、それぞれに製品や新素材を世に出し始めている。

「関連の基礎研究を始めたのは1996年ですから、実用化までには20年という月日がかかっています。素材開発はそれぐらい時間がかかるもの。多くの人の知恵とネットワークが必要なんです」

磯貝はホームランを打とうとは考えていない。しかし打席には立ち続ける。仮に飛距離はささやかでも、一本ヒットを打てば周りの人が得点につなげてくれると信じているからだ。

取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

Memento

この透明な液体が磯貝の開発したCNF。完全に解きほぐされた幅3ナノメートルの繊維が無数に含まれている。透明なだけでなく、耐水性や酸素バリア性を簡単に付与することができる

Message

Maxim

「CNFは孤立分散型の方が優れていますが、研究開発はネットワーク型のほうが大きな力を発揮できると思います。自分とは違うものさしをもっている人とのつながりを大事にしながら研究していきたいですね」

プロフィール画像

磯貝明(いそがい・あきら)
1985年東京大学大学院農学系研究科を修了し、米国フォレスト・プロダクツ・ラボラトリー客員研究員などを経て2003年より現職(生物材料科学専攻製紙科学研究室)。触媒反応を利用した生物材料開発の研究を続け、06年に完全分散化セルロースナノファイバーの作製に成功。この業績により15年共同研究者の齋藤継之氏、西山義春氏とともにスウェーデンのマルクス・ヴァレンベリ賞を受賞。16年アールト大学(フィンランド)名誉学術博士。

取材日: 2017年12月13日

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