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ダーウィンとウォレスの150年来の謎を解く愉悦。 | UTOKYO VOICES 019

掲載日:2018年3月13日

UTOKYO VOICES 019 - ダーウィンとウォレスの150年来の謎を解く愉悦。

大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 教授 藤原晴彦

ダーウィンとウォレスの150年来の謎を解く愉悦。

蝶の擬態に関するダーウィンとウォレスの150年来の謎を解くことが藤原の長年の夢だった。最近この夢がついに叶えられた。

沖縄などにいるシロオビアゲハという蝶のメスの一部だけがベニモンアゲハという毒蝶の模様に擬態する理由を、ゲノムを解読することで解き明かした論文「papilio蝶のメス特異的ベイツ型擬態の遺伝的メカニズム」が2015年の『ネイチャージェネティクス』誌に掲載されたのだ。擬態研究に取り組んで30年を経ての大きな成果であり快挙だった。

しかし、藤原は根っからの昆虫好きではなく、犬とよく遊ぶ動物好きの子供だった。高校生の時にオイルショックを経験した。「食を大事にする農学者か病気を治す医者、あるいは建築家もいいなといろいろ受験したのですが、当時分子生物学が注目されていたので東大理学部に入りました。わりといい加減に歩んできたんです」と、藤原は笑いながら振り返る。

ある日藤原は『The RAINFORESTS』という生物の写真集に載っていた“鳥の糞に擬態したアゲハチョウの幼虫”を見て、強烈なインパクトを受ける。

「一瞬何の虫かわかりませんでした。生き物に擬態する昆虫はいますが、“鳥の糞”に擬態するということが面白く、遺伝子の発現がどうなっているのか知りたいと思いました」

棘の道となる擬態研究に踏み込んだ瞬間だった。博士課程を修了し、旧国立予防衛生研究所に就職した28歳頃だった。

「博士課程ではリボソームRNAの遺伝子構造を研究しましたが、これから自立した研究を行うなら、生き物に関して多くの人が面白いと思うことやりたい」と擬態をテーマにしたのだが、当時分子レベルの擬態研究は誰も手がけておらず、怪しい研究者だと思われていたらしい。

非モデル生物の入手や飼育も困難だった。そこで旧予防衛生研究所ではカイコの縞模様の研究から始め、東大に移ってから本格的に擬態の研究に取り組む。しかし、「どういう遺伝子によって模様がつくられるかわかってきたのがここ10年くらいなので、研究を始めて20年間はほとんど成果が出ませんでした」と、苦難の道のりを振り返る。

最新の研究テーマは、スーパージーン。特定の遺伝子部位によって起こる生物現象と違い、いくつかの遺伝子領域が関わるスーパージーンが、複雑な適応現象を制御していることがわかってきた。スーパージーンは、アフリカのシクリッドという魚の複雑な模様や、蟻の社会性なども制御している。

「スーパージーンはいろいろな現象を制御している可能性があり、その解明により特定の遺伝子部位の変化では説明できなかった現象を理解できるかもしれません。また、全く同じような擬態を示す近縁な蝶が異なったタイプのスーパージーンを進化させるといった平行進化の研究の糸口も見えてきました」というから、新たな進化の謎の扉を開けたに違いない。

それにしても、博士修了後の20年間のプレッシャーに心が折れなかったのは、「諦めずに継続的に努力することでした」。その結果、技術革新によって「10年前にはなかった技術を使って成果を出せたのです」と、藤原は新たな進化の謎への挑戦に愉悦している。

取材・文/佐原 勉、撮影/今村拓馬

Memento

使用済み用紙の裏をメモとして使っている。閃いたこと、今日やることや2~3ヵ月先のタスクリストを書いて、終わったら消すことであまり雑事に煩わされずにすむ。また、書き留めることにより研究の新たなヒントを得られるという。

Message

Maxim

「Activity, Sensitivity, Belief」は15年来、自分をエンカレッジする行動原理だ。基礎研究には活動性と感性が重要だが、自分の研究や仲間を信じられなければギブアップするので信じることは最も大切と考えている

プロフィール画像

藤原晴彦(ふじわら・はるひこ)
1986年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修了。理学博士。国立予防衛生研究所、ワシントン大学動物学部(シアトル)研究員、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻助教授などを経て、2004年より東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。昆虫を主な研究対象とし、擬態と変態の分子機構、テロメアと利己的遺伝子の進化などの解明に分子生物学的な切り口から取り組んでいる。

取材日: 2018年1月16日

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