正規雇用と非正規雇用の格差に迫る 比較研究が解き明かす格差の論理
同じ会社で同じ経理の仕事をしているのに、正規雇用か非正規雇用かによって賃金や待遇が異なる。このような格差が生じるのはなぜなのか。韓国や台湾などの東アジア社会と比較した結果、日本の非正規雇用は独自の性格をもっており、それゆえに賃金の格差は当然のものと正当化されやすいことがわかりました。
働き手の所得を決める要因
現代社会では、ひとびとの地位や報酬は、就いている仕事によって左右されます。「たとえば欧米では、従業員を雇う立場なのか、それとも雇用主に雇われる立場なのかといった従業上の地位と、管理職・専門技術職であるか否かといった職種の違いが、就業者の賃金、ひいては社会経済的な地位に大きく影響しています」と社会科学研究所の有田伸教授は説明します。一方で、日本では勤めている企業の規模や、正社員として雇用されているか否かといった雇用形態の違いも、同様に働き手の賃金や処遇に大きな影響を及ぼしています。
このような傾向は、韓国や台湾といった社会の成り立ちが似ている東アジア諸国でも共通して見られるのか。有田教授は2005年に日本、韓国、台湾で行われた大規模なアンケート調査のデータを用いて分析しました(写真1)。この社会調査には、20歳から69歳の男女各国数千名が参加しています。調査の結果、日本社会では、職種と同じあるいはそれに近いくらい企業の規模や雇用形態が所得に影響していること、また韓国でも企業規模の影響は大きいこと、その一方台湾では、企業規模や雇用形態の影響が小さく、職種の効果が圧倒的に大きいことがわかりました。
正規雇用と非正規雇用に賃金の格差がある理由
同じ東アジア圏であるのに韓国や台湾と比べて、日本では雇用形態が賃金に与える影響が大きいのはなぜか。日本の社会調査では、正社員、パート、契約社員、派遣社員などの選択肢から、あてはまるもの1つを選ぶという形式の質問を通じて、正規雇用か非正規雇用かを分類します。しかし、「韓国では日本のような非正規雇用の分類をしない。派遣社員であって短時間で働くパートの人もいる。日本のような分類では、そういった働き手が区別できない」と韓国人の研究者に指摘されました(写真2)。
韓国では、労働時間が短いかどうか、また雇用契約期間に定めがあるかないか、といった複数の質問を通じて非正規雇用をとらえるのが一般的です。韓国の状況と比べてはじめて、日本の調査がとらえようとしている正規雇用と非正規雇用の区別とは、雇用契約期間などの客観的な雇用条件の違いだけではないことに気がついたと有田教授は説明します。「日本の非正規雇用にはそれ以外にも暗黙の了解や期待が付随しており、それが賃金の格差の裏にありそうだ」と。
たとえば、非正規雇用は以前、既婚女性などが家計を補助的に支えるための仕事と位置づけられていたこともあり、今でも残業が断れる、転勤のない自由に働ける仕事と「理解」されています。したがって、非正規雇用は仕事上の責任や義務が軽く、その分賃金は安い。あるいは、正規雇用は厳しい選抜を経て採用され、たくさんの訓練を積んでいる。その分非正規雇用より能力も高く、賃金も高くあるべき。こういった論理や説明によって、正規雇用と非正規雇用の間の賃金格差が広く受け入れているものと考えられます。
「よく考えると、不思議なんです。雇用形態の違いは働き手の個々の能力の違いや、責任や義務の違いを完全に反映するわけではありません。それなのに、非正規雇用についてはみなが共通したイメージを持ち、賃金に差があるのが当たり前と考えがちです」と有田教授は話します。
比較研究の醍醐味
もともと、韓国社会の研究が専門だった有田教授。十数年前に調査研究の対象を日本や台湾といった東アジアの国々に拡大させて、所得や待遇といった労働市場におけるそれぞれの国の格差の特徴を調べ始めました。
「日本以外の東アジアの社会と向き合うと、日本社会では当然と思っている価値観や想定がいかに独特なものなのか気づかされます」と比較研究の醍醐味を語る有田教授。
社会生活を営む中で知らず知らずのうちに身につけてしまう社会的な常識。似て非なるお隣の国の社会と比べてみることによって、実はそれほど「当たり前」ではないことがわかります(図3)。
取材・文:髙祖歩美
*冒頭の写真のクレジット:CC BY-NC-ND 2.0 tokyoform