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がん幹細胞を標的―脳腫瘍の治療に新しい道研究成果

がん幹細胞を標的―脳腫瘍の治療に新しい道

「がん幹細胞を標的―脳腫瘍の治療に新しい道」

1.発表概要:
  東京大学大学院医学系研究科分子病理学の研究グループは、TGF-βと呼ばれるタンパク質が脳腫瘍幹細胞の維持に大きく寄与していることを突き止め、その作用を遮断することで、悪性脳腫瘍の増殖が大きく抑制されることを見出し、米国科学誌「Cell Stem Cell」誌に発表します。

2.発表内容:
  東京大学大学院医学系研究科の宮園浩平 教授・生島弘彬 特別研究員(博士課程)と、同大学医学部附属病院トランスレーショナルリサーチセンターの藤堂具紀 特任教授らは、TGF-βと呼ばれるタンパク質が脳腫瘍幹細胞の維持に大きく寄与していることを突き止め、その作用を遮断することで、悪性度がもっとも高い脳腫瘍である膠芽腫の増殖が大きく抑制されることを見出しました。
  膠芽腫は脳内で発生するがんの中で最も治療が難しいものの一つであり、手術のあと放射線治療と抗がん剤治療を行っても、平均余命(生存期間中央値)は1年程度、2年生存率は3割以下とされています。日本での治療成績は数十年来ほとんど改善していません。
  治療が難しい理由の一つは、膠芽腫の細胞が脳の中にしみ込むように広がるために、切り取ってしまうことができないからです。例えば、胃癌がみつかったら胃を全て切り取ることができますが、膠芽腫がみつかっても脳を取り去るわけにはいきません。また、放射線や抗がん剤には副作用がありますので、腫瘍が治るまで何度も繰り返すことができません。放射線治療や抗がん剤治療で悪性脳腫瘍が治りきらないのは、脳腫瘍幹細胞が残ってしまうことが原因の一つであることが最近判ってきました。脳腫瘍幹細胞とは、脳腫瘍全体を作り出している元となる細胞(ハチの集団の女王バチのような存在)で、放射線や抗がん剤が非常に効きにくいことが特徴とされています。
  そこで東京大学のグループは、脳腫瘍幹細胞を標的とした治療法の開発を進めてきました。その中で、脳腫瘍幹細胞がどのようにしてその“女王バチ”としての性質を保っているかを検討し、TGF-βと呼ばれるタンパク質が脳腫瘍幹細胞の維持に大きく寄与していることを突き止めました。
  さらに、このTGF-βが脳腫瘍幹細胞の維持に働くメカニズムについて、これまで知られていなかった新規の下流遺伝子であるSox4の発現を通じて、TGF-βがSox2と呼ばれる因子の発現を誘導していることを見出しました。このSox2と呼ばれる因子はこれまでにも正常な発達段階の幹細胞において未分化性(幹細胞としての性質)の維持に重要な働きをしていることが知られており、iPS細胞の作製等にも利用されていますが、がん幹細胞における働きについての詳細な報告は東大グループの発表が初めてとなります(添付図1)。
  また、脳腫瘍幹細胞をマウスの脳に植えると、急速に脳腫瘍ができてマウスは死にますが、TGF-βの作用を抑える薬剤(TGF-β阻害剤)で処理してから脳腫瘍幹細胞をマウスの脳に植えると、脳腫瘍の育ちが抑えられて、マウスは3倍以上の期間無症状で生き続けることを、東大グループは確認しました。
  膠芽腫を含む難治性のがんには、新しい治療法の開発が待ち望まれています。今回の発見により、脳腫瘍幹細胞をはじめとするがん幹細胞がどのようにして維持されているかという現在のがん研究における最重要命題の一つに対して大きな一歩が印されると同時に、今までの治療法とは全く異なる、がん幹細胞を標的とした新たな脳腫瘍治療法の開発の道が開かれるものと考えられます(添付図2)。
  本研究は、文部科学省の科学研究費補助金、グローバルCOEプログラム等の支援に基づき行われました。また、本研究成果は2009年11月6日(米国東海岸時間)に米国科学誌「Cell Stem Cell」誌にて公開されます。

3.発表雑誌:
「Cell Stem Cell」誌(Cell Press社)2009年11月6日号
論文タイトル:“Autocrine TGF-β signaling maintains tumorigenicity of glioma-initiating cells through Sry-related HMG-box factors”
著者:生島弘彬、藤堂具紀、稲生靖、高橋雅道、宮澤恵二、宮園浩平

4.注意事項:
2009年11月5日(米国東海岸時間)付けで、上記雑誌Webページにて公表予定(http://www.cell.com/cell-stem-cell/
報道解禁は日本時間2009年11月6日午前2時(新聞については同日朝刊)となります。

5.問い合わせ先:
東京大学大学院医学系研究科
病因・病理学専攻 分子病理学講座
教授 宮園浩平
特別研究員 生島弘彬
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1

6.用語解説:
1) がん幹細胞・脳腫瘍幹細胞
  近年、がんの発生に関して、一部の特殊な細胞ががん化し、その後その細胞が分裂・増殖していくことでがん全体の細胞を生み出しているという考え方が実証されつつあります。その特殊な細胞ががん幹細胞と呼ばれるものであり、脳腫瘍を始めとして、多くのがんでこうした幹細胞が発見されています。がん幹細胞はがんの発生だけでなく再発・転移・治療抵抗性等、がんの様々な“悪い”側面の主要因となっていることが分かっています。例えば、現在用いられている抗がん剤の多くや放射線はがん細胞の多くを殺すことが出来ても、がん幹細胞を殺すことはほとんどできません。その結果、生き残ったがん幹細胞が分裂・増殖して再び新たながんを形成してしまいます。
  そのため、このがん幹細胞を根絶することが、今後のがん治療を考える上で最重要課題でありましたが、このがん幹細胞がいかにして生き残っているのかという点はこれまで不明のままでした。

2) 膠芽腫
  原発性脳腫瘍(脳の中からできる脳腫瘍)は人口10万人あたり年間11~12人程度発生するとされています。その約10分の1が膠芽腫で、日本では最もよく見られる悪性脳腫瘍です。

7.今後の展開:
  現在の抗がん剤・放射線治療では脳腫瘍細胞群のうち、脳腫瘍幹細胞以外の細胞にしか効果を現さず、脳腫瘍幹細胞が残って再び腫瘍を作り出してしまいます。しかし、TGF-β阻害剤によってその脳腫瘍幹細胞の特殊な性質を失わせることで、既存の治療法と組み合わせて脳腫瘍細胞を根絶する道が開かれると考えられます。

8.添付資料:

 別紙図参照

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