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記者会見「筋強直性ジストロフィーの治療に光明」 ―マウスで筋強直における異常な分子機構を改善する化合物を発見―研究成果

「筋強直性ジストロフィーの治療に光明」
―マウスで筋強直における異常な分子機構を改善する化合物を発見―

平成25年7月9日

 東京大学大学院総合文化研究科

1.会見日時: 平成25年 7月9日(火) 14:00 ~ 16:00
 
2.会見場所:東京大学大学院総合文化研究科・教養学部
アドミニストレーション棟3階中会議室
〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1

3.出席者: 
石浦 章一(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授)
小穴 康介(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 大学院生)

4.発表のポイント
◆筋強直性ジストロフィー1型のモデルマウスで筋強直の原因となる遺伝子のスプライシングを改善する低分子化合物を発見した。
◆この発見は、筋強直性ジストロフィー1型における筋強直症状を改善する新規治療薬の開発へと繋がる可能性があるとともに、効果的な治療法がなかった難病の将来に明るい見通しをつけるものであり、社会的にも意義が大きい。

5.発表概要:
筋強直性ジストロフィー1型は、日本で最多の成人筋疾患であり、その数は10万人に5人程度と言われている。残念ながら、現在までに本症を抜本的に治療する薬はない。本症の特徴は、その疾患の名前にも由来している筋強直で、収縮した筋肉が弛緩するときに時間がかかってしまう症状である。例えば、筋強直によって手をグッと握った後にパッと広げるのに指が曲がったままでなかなか手が伸びないようなことがある。これは、ドアノブやつり革から手を離すのに時間がかかってしまうなど日常生活の困難さを招く。
現在までに、筋強直性ジストロフィー1型における筋強直は、塩素チャネル遺伝子(注1)CLCN1のスプライシング(注2)の異常により生じることが分かっているが、その異常の改善方法は見つかっていなかった。
今回、東京大学大学院総合文化研究科の小穴康介(博士課程1年)と石浦章一教授らは、manumycin Aという低分子化合物を筋強直性ジストロフィー1型の症状を示すモデルマウスに投与した。その結果、筋強直の原因遺伝子Clcn1のスプライシングが正常化されることが明らかとなった。今後は、iPS細胞などを用いてmanumycin Aのヒトの塩素チャネル遺伝子に対する効果を確認することで、筋強直性ジストロフィー1型の筋強直症状を緩和する薬剤の開発へと繋がることが期待される。

6.発表内容:
筋強直性ジストロフィー1型は、筋肉のみに留まらず、全身へと様々な症状が及ぶという特徴がある。具体的な症状としては、筋強直や進行性の筋萎縮、心伝導障害、白内障、耐糖能異常、そして精神遅滞などが挙げられる。筋強直性ジストロフィー1型における様々な症状が生じる詳細な機構についての決定的な理解は得られていないが、いくつかの症状が遺伝子からmRNAが作られる過程の「スプライシング」という反応の異常な制御によって引き起こされることが知られている。例えば、筋強直症状が塩素チャネル遺伝子の、耐糖能異常がインスリン受容体遺伝子(注3)のスプライシング制御の異常の結果生じるということが分かってきた。これらのスプライシングの異常な制御を改善することは、筋強直性ジストロフィー1型の症状緩和につながると考えられ、現在までのところ様々なスプライシングの改善方法が試みられてきたが、ヒトで使用可能な低分子化合物は見つかっていなかった。

そこで、東京大学大学院総合文化研究科の石浦章一教授らの研究グループは、筋強直の原因となる塩素チャネル遺伝子のスプライシング改善をもたらす低分子化合物の発見を目的に研究を行った。まず、マウス塩素チャネル遺伝子にルシフェラーゼ遺伝子(注4)をつないだミニ遺伝子を作製し、正常なスプライシングが細胞内で行われたことをルシフェラーゼ発光で検知するスクリーニングシステムを開発した。このスクリーニングシステムを用いて約400種類ほどの低分子化合物ライブラリーから、manumycin Aという低分子化合物がマウスの塩素チャネル遺伝子の正常型スプライシングを促進することを発見した。そして、manumycin Aを筋強直性ジストロフィー1型モデルマウスの前脛骨筋に筋肉内投与して、病態モデルマウスでの塩素チャネル遺伝子のスプライシング異常の改善に成功した。さらに、manumycin Aの作用機序について調べたところ、manumycin Aの阻害標的であるH-Rasとよばれるタンパク質の発現を抑制する効果があり、その結果、マウス塩素チャネル遺伝子のスプライシングが改善されることが分かった。これらの結果から、manumycin Aはマウス塩素チャネル遺伝子のスプライシングを改善し、その効果はH-Rasの機能を阻害することでもたらされることが示唆された。

ヒトとマウスでは、塩素チャネル遺伝子のエクソン、イントロン(注5)の場所や長さに若干の違いがあるので、今後はヒト塩素チャネル遺伝子におけるmanumuycin Aの効果を確認することで、筋強直性ジストロフィー1型の筋強直症状を緩和する薬剤として医療への応用が期待される。

7.発表雑誌:
雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版の場合:英国時間 7月5日)
論文タイトル:Manumycin A corrects aberrant splicing of Clcn1 in myotonic dystrophy type 1 (DM1) mice.
著者:Kosuke Oana, Yoko Oma, Satoshi Suo, Masanori P. Takahashi, Ichizo Nishino, Shin’ichi Takeda and Shoichi Ishiura
DOI番号:10.1038/srep02142
URL:http://www.nature.com/srep/2013/130705/srep02142/full/srep02142.html

8.問い合わせ先:
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授
石浦 章一(いしうら しょういち)

9.用語解説: 
(注1)塩素チャネル遺伝子
  筋細胞膜上にあるイオンチャネルをコードする遺伝子で、主に塩化物イオンの透過に関わっている。
(注2)スプライシング
  遺伝子からタンパク質が作られる過程で、DNAから転写されたmRNA前駆体のうち、タンパク質に翻訳されないmRNA前駆体の領域を除き、タンパク質に翻訳される領域のみをつなげる反応。
(注3)インスリン受容体遺伝子
  細胞膜上にあるインスリンの受容体をコードする遺伝子。この受容体機能が劣化すると、耐糖能異常などの糖尿病様症状が出現する。
(注4)ルシフェラーゼ遺伝子
  ホタルから採取した遺伝子で、反応が行われると発光する。
(注5)エクソン、イントロン
  遺伝子は、最終的にmRNAに転写されるエクソン、その間にあって切り取られるイントロン、そして周辺配列からなる。エクソンとイントロンの配置は、動物によって若干異なる。

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