再生のアカデミズム実践編 第7回:「三陸水産業・漁村・漁港復興に向けた産学官連携支援プロジェクト」

プロジェクトで復興を支援する再生のアカデミズム実践編 第7回

再生のアカデミズム《実践編》

  3.11の東日本大震災、それに伴う原発事故という未曽有の大災害から1年が経ちました。この1年間、東京大学では様々な形で救援・復興支援を行ってきました。そして、総長メッセージ「生きる。ともに」に表れているよう、先の長い復興に向けて、東大は被災地に寄り添って活動していく覚悟でいます。この連載では、救援・復興支援室に登録されているプロジェクトの中から、復興に向けて持続的・精力的に展開している活動の様子を順次紹介していきます。

「再生のアカデミズム《実践編》 第7回」は、東京大学学内広報NO.1429 (2012.9.24)に掲載されたものです。

プロジェクト名:

三陸水産業・漁村・漁港復興に向けた産学官連携支援プロジェクト

黒倉 寿 教授 (東京大学大学院農学生命科学研究科)

被災した東北の沿岸部は津波により甚大な被害を受け、基幹産業である漁業は大きな打撃を受けました。さらに放射能汚染により水産物の安全性に対する不安も大きくなっており、被災地の漁業は二重の苦難を受けています。しかし、黒倉寿教授(農学生命科学研究科)は、被災地の漁業が抱える問題の多くは日本の漁業全体に共通する問題だと指摘します。「電子商取引」をキーに復興支援に着手した黒倉教授にお話を伺いました。

 

被災地の漁業が抱える問題

広報課 被災地の漁業が抱える問題は何でしょう?

黒倉 よく言われる問題として5つほど挙げられますが、「水産物流通の複雑性・非効率性」「魚離れ」「人口減少・高齢化」といった問題は、被災地に限らず全国的な問題ととらえています。また「水産物の安全性に対する不安」という問題も、確かに放射性物質に関しては被災地の水産物の問題ですが、“食の安心”という問題は放射性物質に限らないわけで、これは全国的な継続的な課題なのです。

  一方で、「失われたニッチ」という被災地に限定した問題があります。震災後、国内全体の漁業の供給量は変化していません。つまり、東北だけが減って、被災地以外での取引がその分増えて、従来のシステムの中で新しいバランスができている状況です。一度奪われた市場を取り戻すのは難しい。ならば、「電子商取引」を導入して新しい別の市場を作ってしまおう、という発想です。その時に、他の問題も一緒に解決して、日本の漁業全体が活性化するようなモデルを大槌町で作ろうと思っています。

電子商取引によって新たなニッチを作る

広報課 大槌町を手始めにやろうとしていることを教えて下さい。

黒倉 大槌町は高齢化と過疎化が進み、一次産業人口も著しく減少している典型的な地域です。そして震災による津波で漁業は壊滅的な被害を受けました。そのあおりで旧大槌漁協が今年1月に経営破たんしたほどです。
  しかし、大槌町は漁業の町として復興したいと思っており、新たに漁協も作り再建を目指しています。そんな大槌町の漁業復興に「電子商取引」を導入することは大きなメリットがあります(図)。

 

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【図】水産物にストーリー性を付加した高付加価値化モデルを提案

 

  まず、電子商取引によって新たなニッチを作ります。そして、電子商取引システムの構築によって、新しい水産物流通システムが出来上がります。これにより、「複雑な流通経路のために青果物と比べて生産者受取価格の割合が低い」という水産物特有の問題も解決できます。全体として利益の最大化を図るわけだから、誰も文句は言わないでしょう。

  また、「魚離れ」とよく言われますが、日本人は相変わらず魚が好きですよね。この分析はきちんとしけなればいけません。魚だけでなく、牛肉の消費量も減っていることを考えれば、「魚離れ」ではなく、不景気による所得の低下が消費量低下の原因だと思っています。電子商取引によって価格が低下すれば水産物の消費は増えるでしょう。

  さらに、スーパーで魚を買う人と専門店で買う人へのアンケート調査から見えてくるのは、消費者はスーパーと専門店を使い分けているということ。双方の利点をまとめると、鮮度がよい、小分けで買いやすい、ある程度調理してありゴミが出ない、産地や味・品質の情報がある、自分のペースで買えて利便性が高い、といったことが水産物に求められていることがわかります。さらに、「水産物の安全性に対する不安」を拭うことも不可欠です。電子商取引であれば、これらすべてを満たすことが可能です。

 

漁業が変われば、空気が変わる!

広報課 高齢者の多い漁業でこの新しい取組みは根付くのでしょうか?

黒倉 先日、大槌町の漁業関係者と話をしてきました(写真)。漁業の再建で町全体を活性化しようという意気込みを感じました。先日採択されたJST以外にも、このプロジェクトは産学連携で進めなければいけないので、経済産業省のプログラムにも申請をしています。大槌町と東大は復興に向けた連携協力の協定を結んで全学的に支援をしていく体制ができていますが、このプロジェクトについても、全学機構の海洋アライアンスを基盤に分野を横断して取組んでいきます。

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【写真】漁業関係者との打ち合わせの様子

  北海道南西沖地震(1993年) から20年たった被災地の現状が知りたくて、この夏は奥尻へ行き調査をしてきました。話を聞くと、震災から5年~10年は確かに復興特需とも言えるものがあり、多大な費用が投入されたことにより世帯数も増えたそうです。東日本の復興もこの5年が勝負でしょう。その間に地域にしっかり根付くものを作り上げなければいけません。

  私が考えるのは、高齢者にとって楽しい漁業です。楽しければ継続できます。「電子商取引」は一見、高齢者の漁業関係者には縁遠く感じるかもしれませんが、小規模でできて、体に負担がかからないので、高齢者向きなのです。さらに顧客と直接のつながりができて、漁業がやりがいのある楽しい仕事に変わるでしょう。こうしたシステムは、過疎化の中で地域間の交流を深めることにも活用できると思います。「漁業が変われば、空気が変わる!」ここから日本の漁業を変えたいと思っています。

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「再生のアカデミズム《実践編》」 第7回
構成: 東京大学広報室
掲載: 東京大学学内広報 NO.1429 (2012.9.24)

 

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