東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に四角のグラフィカルな挿絵、帯に「組織というレッスン」とコメントあり

書籍名

学習の生態学 リスク・実験・高信頼性

著者名

福島 真人

判型など

330ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2010年8月20日

ISBN コード

978-4-13-011127-0

出版社

東京大学出版会

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書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

学習の生態学

その他

2022年3月に「ちくま学芸文庫」として刊行

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[基本的な問い]
人がものを認識したり、学習したりするという行為は、脳の中で孤立して行われるわけではなく、人にとってリアルな環境の中で行われる。それは研究の生態学的妥当性といわれるが、リアルな環境にもいろいろある。特定の職場をちょこっと訪問し、多少ビデオを撮って、それを分析してお茶を濁すのではなく、長期的なフィールト調査をもとに、もっと厳密な意味での、リアルを探求したのが本書である。
 
[組織における認知と学習]
本書で扱われている現場の特徴は、高度の専門的技術を必要とし、しばしばその仕事に多大なリスクが存在するようなケースである。具体的な内容としては、精神病院や救命救急センターといった医療系組織に長期フィールドワークを行い、そうした現場での認知、学習、組織の例を中心に分析を行っている。この医療現場のケースを、他のタイプの組織、たとえば管制塔や原子力発電所といった、ちょっとしたミスが大きな事故につながりかねない現場と比較分析をしているのも、本書の特徴である。こうしたタイプの組織研究として「高信頼性組織」研究というのがある。こうした現場では、失敗のリスクが非常に大きいために、そこで何かを学習したり、試したりするというのは多くの工夫と努力を必要とする。しかしそうした努力なしには、安全性そのものを担保できないのである。本書の副題にある、リスク、および高信頼性という言葉は、こうした内容を指し示している。
 
[日常的実験とは?]
もう一つの副題、つまり実験という言葉もこれに関係している。現場での認知や学習の可能性は、それでどれだけ「試行錯誤」が可能か、その自由度によって決まってくる。実験という言葉は、実験室のような限られた空間で行われる厳密な科学的試行だけでなく、我々の日常生活に遍在し、それによって我々が新たな事実を認識できるような、そうした試みのことを示している。いわば、新たな認知や学習は、こうした日常的実験と密接に関係するが、それは特定の現場がもつ構造的特性に深く関係するのである。たとえば多くの実験室の現場では、そうした試行や失敗が制度的に保証されている。他方、外科手術や航空管制、あるいは政府の「政策」などでは、一つ間違えば大きな事故や、損害に直結する場合も多い。しかし困ったことに、こうした試行がなければ、学習は不可能である。さらにこうした実験的試行には失敗が伴い、コストが発生する。失敗によってえられる知識と、それが生み出す損失という問題は、どの現場でも困難な問題であり、それは実験室では分らない現実である。では本書で取り上げるさまざまな組織や他の現場も含めて、そうした困難はどのように理解され、対応されているのであろうか。こうした問題は単に認知や学習といった議論を超えて、組織安全と事故、イノベーションの可能性と限界、さらには政策や経営といった領域横断的な問題とも深く関わっている。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 福島 真人 / 2016)

本の目次

I 実践から日常的実験へ - 学習理論の再検討

第一章 野生の知識工学 -「暗黙知」の民族誌のための序論
第二章 状況・行為・内省 - 共同体神話をこえて
第三章 空洞の共同体 - 教育研究における徒弟制モデルの功罪
第四章 学習の実験的領域 - 試行・コスト・免責

II 組織というレッスン - リスク・組織・テクノロジー

第五章 組織、リスク、テクノロジー - 高信頼組織研究について
第六章 アメリカン・アサイラム - 精神病院民族誌と科学社会学の起源
第七章 野生のリスク管理 - 病棟のダイナミクスを観る
第八章 救命救急センターにおける組織と学習

関連情報

新文庫版:
ちくま学芸文庫として新文庫版刊行 (筑摩書房刊 2022年3月10日)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480510983/
 
新電子版:
https://honto.jp/ebook/pd_31790719.html

書評:
熊谷晋一郎 評「知、信、リスク - 学習という視点から」(福島真人 『学習の生態学』)
『現代思想』39 (9) 2011年7月号 特集 震災以降を生きるための50冊
 
など

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