東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

タッリートをかぶった人のイラスト

書籍名

一神教世界の中のユダヤ教 市川裕先生献呈論文集

著者名

勝又 悦子、柴田 大輔、 志田 雅宏、 高井 啓介 (編)

判型など

423ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年1月30日

ISBN コード

978-4-86376-078-3

出版社

リトン

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

一神教世界の中のユダヤ教

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は、東京大学文学部宗教学研究室で長らく教鞭を執ってこられた市川裕先生のご退職を記念し、その指導を受けた門下生たちによって編まれた論文集である。市川先生は日本におけるユダヤ教研究の碩学であり、ラビ・ユダヤ教の法制度や歴史、文化についての数々の重要な研究で知られる。本書の書名は、先生の主著のひとつである『ユダヤ教の歴史』(山川出版社、2009年) において導入されている宗教史的な視座にちなんで名づけられた。宗教の歴史的な変化をたどることを通して、さまざまな時代や地域の人間社会の生活や文化を考察するというその視座は、各論文の執筆者によって個々に内在化されつつ、全体にわたって共有されている。
 
構成としては、15本の論文が全4部に分けられ、年代順に配置されている。第一部では、現代のユダヤ教の前身である古代イスラエルのユダヤ教の成立およびそれ以前の時代の古代メソポタミアやバビロニアの文書、そしてヘブライ語聖書を扱った研究が並ぶ。第二部では、その聖書的なユダヤ教を母体として誕生したもうひとつの宗教であるキリスト教の形成期におけるユダヤ教内部の宗派や古代ローマの宗教、ユダヤ教とキリスト教の関係などを主題とする論文が集められている。これら前半部では、ユダヤ教以外の宗教も含めて古代宗教世界の豊かな文化と歴史を知ることができるだけでなく、「一神教」という概念の検討や宗教的テクストの解釈、古代世界の宗教史研究や比較宗教研究など、宗教学の多様な研究方法も学ぶことができる。
 
第三部および第四部では、古代の神殿中心の宗教体制から大きく変化したラビ・ユダヤ教について、中世および近現代の事例を扱った論文が収められている。ユダヤ法を修めた教師であるラビを中心とする新たなユダヤ教では、彼らによるトーラー学習がタルムードやミドラシュなどの文学を生み出した。これらのラビ・ユダヤ教の文学は、イスラーム世界とキリスト教世界における宗教的少数派として暮らすユダヤ人たちの社会規範の源泉となっただけではなく、「自分たちは何者なのか」という問題を考察し、現実を認識するための枠組みでもあった。やがて、ユダヤ人共同体は近代に入り、市民としてのふるまいを求める社会的要求や啓蒙主義、ナショナリズムの台頭などに直面し、それぞれの文脈において異なる応答を示すことになる。この後半部では、タルムードをはじめとするラビ文学やユダヤ人によるキリスト教論駁、カイロ・ゲニザ文書、近代東欧の伝統主義的な学習文化など、日本ではあまり知られていないラビ・ユダヤ教の歴史的諸相を知ることができる。また、ヴェネツィアやボスニアを事例として、都市および国家における市民としてのユダヤ人の生活を見ることもできる。
 
献呈論文集は、それが捧げられるところの研究者の視野をあらわすものと言われる。本書が古代から現代まで、そしてユダヤ教だけでなくその周囲の宗教文化まで覆っているということは、市川裕先生の眼がまさにその広がりと深みを持つものであることを意味する。その視野はわれわれに以下のことを教える。すなわち、何を専門とするにせよ、その背後にある大きな問いを常に意識し、自分の研究対象であるところの他者と、自分の研究を読んでくれる他者という、ふたりの他者に向けてその問いを開いてゆくことである。異文化に関心を持ち、それを学びたいと思っている読者にとって本書が知的刺激をもたらすものとなれば、編者のひとりとして望外の喜びである。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 講師 志田 雅宏 / 2021)

本の目次

まえがき
市川裕先生の略歴・業績一覧
 
【第一部 古代西アジア世界とヘブライ語聖書】
古代メソポタミアの一神教(柴田大輔)
メソポタミアのマクルー儀礼における火と水の力(細田あや子)
「アバル・ナハラ州(エビル・ナーリ)の総督」とアール・ヤーフドゥ共同体(高井啓介)
魅力ある女は、名誉を摑む 自分自身に報いる者だ、友愛に富む男は―ヘブライ語聖書箴言11章16-22節の構造と意味―(加藤久美子)
 
【第二部 古代地中海世界とキリスト教】
古代ローマにおける卜占(小堀馨子)
第二神殿時代におけるガリラヤのリーダーたち―ユダヤ性への問い―(上村 静)
ユダヤ教からキリスト教へ―異教世界と接して―(土居由美)
アウグスティヌス『神の国』における「地上の国の宗教」(中西恭子)
 
【第三部 ラビ・ユダヤ教の展開】
ユダヤ民族的出自の新生―バビロニア・タルムードにみる血縁擬制としての改宗概念―(櫻井 丈)
「民」と「自由」と「偶像崇拝」―出エジプト記ラッバ41章を中心に―(勝又悦子)
中世イスラーム世界のユダヤ社会における教育と破門の機能について(嶋田英晴)
ハイーム・イブン・ムーサ『盾と槍』―15世紀の宗教論争とその知的背景―(志田雅宏)
 
【第四部 近現代ヨーロッパのユダヤ人とユダヤ教】
近代的ユダヤ人ステレオタイプの形成―17世紀イタリアに見る市民としての受容の前段階―(李 美奈)
ヴォロジン・イェシヴァ考察―ミトナグディーム揺籃の場―(青木良華)
ボスニアにおけるユダヤ人の歴史と社会(立田由紀恵)
 
執筆者紹介
あとがき

関連情報

関連記事:
同志社大学一神教学際研究センター主催: CISMORワークショップ「ユダヤ教の諸相とその周辺 (Aspects of Judaism and Beyond) 2018年12月2日」報告記事 (『CISMOR VOICE』第28号pp.11-12 2019年)
http://www.cismor.jp/jp/series/voice/
http://www.cismor.jp/uploads-images/sites/2/2019/08/CISMOR_VOICE_28_0905-1.pdf

書評:
芦名定道 評 (日本宗教学会『宗教研究』第95巻 第4輯pp.197-203 2021年9月30日)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rsjars/95/2/95_197/_article/-char/ja/
 
月本昭男 評 (同志社大学一神教学際研究センター『一神教学際研究(JISMOR)』第16号pp.94-103 2021年3月)
http://www.cismor.jp/jp/series/jismor/
http://www.cismor.jp/uploads-images/sites/2/2021/03/ad0ee302d98be26415d2d079b395fd6d.pdf
 
市川裕 評 特別書評 (『ユダヤ・イスラエル研究』第34号pp.79-86 2020年12月)
https://jewishstudiesjp.org/journal/

このページを読んだ人は、こんなページも見ています