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エメラルドグリーンの表紙

書籍名

現代中国語における情報源表出形式 本来の守備範囲と拡張用法

著者名

李 佳樑

判型など

268ページ、A5判、上製

言語

日本語、中国語

発行年月日

2019年2月

ISBN コード

978-4-87354-684-1

出版社

関西大学出版部

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書籍紹介ページ

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現代中国語における情報源表出形式

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発話時の意志や願望に言及する際に使う日本語の表現をちょっと考えてみてほしい。例えば、話し手自身の喉が乾いている場合は「水、飲みたい。」と言うが、それが聞き手か第三者のことならば通常「水、飲みたがってる。」のように、接尾辞「-がる」が付加される。日本語の場合、このように、意志・願望の持ち主の人称によって表現が異なる。
 
話し手から「客観的」に見れば、自分の意志・願望を知る手段と他者のそれを知る手段は同じであるはずがない。後者の場合、相手から直に話を聞くか、その人の表情や行動といった何かしらの兆候・これまでの経験に基づいた推測以外に知る手段がないのである。そういう意味で、「飲みたい」と「飲みたがってる」といった使い分けがあり、情報の入手ルート (本書は「情報源」と呼んでいる) の違いが表現の違いに直結している日本語は至って論理的なのかもしれない。
 
ところが、中国語で同じシチュエーションを表現しようとすれば、誰が水を飲もうと形式が変わることはなく、“想-喝-水” [したい-飲む-水] という表現を用いる。このような現象は、入門段階の中国語学習者にとっても周知の事実であり、中国語が語形変化に乏しい孤立語であることと関係していると考えられる。では、中国語では情報源の違いが全く文法レベルに反映されないのであろうか。それとも膠着語の日本語ほどではないものの、情報源がやはり多少なりとも文法レベルにも影響しているのだろうか。これが本書の大きな問題意識の1つである。
 
もう1つの問題意識は、形式と意味・機能の「ミスマッチ」にある。1例だけ挙げると、中国語方言の1つである上海語では、3人称単数代名詞と発話動詞からなる“伊讲”が文末に置かれると、「第三者が言う/言った」という字面どおりの意味にはならず、意外性を表す終助詞になる。例えば“我-想-吃-茶-伊讲” [わたし-したい-飲む-水-意外] は水がほしい自分を不思議に感じるときのセリフである。このように、本来ならば情報源を表すはずのものが心的態度を表明する形式へと拡張したり、完全にシフトしたりする。なぜこのような拡張やシフトが可能なのだろうか。
 
これらの問題を解決するにあたって、証拠性 (evidentiality) という概念が示唆に富む。証拠性は、近年、時制 (tense)・アスペクト (aspect)・モダリティ (modality) といった概念と同列に並べられることが増えてきた。しかしこれまでの証拠性の研究では、孤立語である中国語を合理的に説明できるような理論的枠組みが十分に提示されてこなかった。本書はまずそのような理論的枠組みを探り、中国語の情報源表出の体系を浮き彫りにした上で、中国語における情報源表出に関連する複数の構文・機能語がどのような意味機能を持ち、如何に成立したのかを考察したものである。この分野における必読文献と言えよう。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 李 佳樑 / 2022)

本の目次

まえがき
略語一覧表
凡例
表目次
図目次
 
第1章 序論――情報源の表出
第2章 証拠性に関する研究史の概観
第3章 中国語 (共通語) の証拠性システム
第4章 証拠素の“说是”の用法と成立
第5章 〈伝聞〉と意外性――上海語の“伊讲”を中心に
第6章 〈伝聞〉と注意喚起――台湾語の文末の“讲”を中心に
第7章 〈推論〉と強意の訴えかけ――上海語の感嘆構文“覅太AP噢”を中心に
第8章 内在する状態の表現から見た中国語の証拠性
第9章 おわりに
 
附録
参考文献
あとがき

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