東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に水田の写真

書籍名

水田経営の戦略と組織

著者名

八木 洋憲

判型など

268ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2023年2月

ISBN コード

978-4-8188-2626-7

出版社

日本経済評論社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

水田経営の戦略と組織

英語版ページ指定

英語ページを見る

農業において家族経営が中心を占め、その優位性が長らく指摘されてきた中で、近年は非家族経営のプレゼンスが増しつつある。日本国内においては、過去20年ほどの間に、大規模な水田経営に農地が集積しつつあり、借地や雇用導入による規模拡大が進められるとともに、専業化、法人化した経営のシェアが増しつつある。また、集落営農組織は、当初は任意組織が中心であり、独立した経営としての性格が乏しかったものが、近年は、法人化による形式的・制度的な独立だけでなく、経営資源が蓄積され、経営として継続しうる組織となり、水田経営の主要な主体となってきている。
 
これらの経営がステークホルダー (SH) の支持を受けて持続するためには、規模拡大や組織形態の選択だけでなく、その戦略策定や管理が適切に実施される必要がある。とくに、SHへの対応、農地集積のプロセス、気象条件を踏まえた作業管理や労働環境の保全といった課題への対応が求められる。また、集落営農をはじめとする経営組織が発展してきた日本の中山間地域の経験は、条件不利地域の農業経営がSHに対応して適切な経営管理を選択し、経営資源を継承していくための貴重な知見を提供しうる。
 
こうした背景をふまえ、本書では、国内の水田経営を対象とした多角的な分析から、次のことを明らかにしている。第一に、不確実な条件下で規模拡大する水田経営が、持続可能となるための経営戦略について、SHとの関係、農地の集積、機械の利用、人的資源といった視点に着目して明らかにしている。第二に、農業に関わる従事者の労働条件や職務満足について、その要因を明らかにしている。第三に、圃場条件が不利な中山間地域について、農地保全と経営の継続の両立が可能な経営管理について明らかにしている。
 
以上の分析結果の総括として、組織形態によって関与するSHが異なることから、有効な経営管理が異なる一方で、これらの経営管理は、ある程度類似したものに収斂しつつあることが示されている。すなわち、規模拡大を達成し、多くのSHに直面する水田経営に求められる経営管理として、戦略的な農地集積と機械の稼働率向上による作業の効率化、労働分配を高め、人材確保に務めるとともに、作業の繁閑を念頭に置きながら、農繁期の作業ピークを抑制することが示唆された。さらに、意思決定において、地域への貢献を意識しながらも、調整に時間をかけ過ぎない迅速な判断が求められると指摘している。組織形態それ自体が問題となるのではなく、むしろ、SH間のバランスを保ちながら、こうした経営管理を選択可能か否かが課題となると論じている。
 

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 准教授 八木 洋憲 / 2023)

本の目次

第1章 水田経営の戦略と組織
   1. はじめに
   2. 水田経営の経営戦略とステークホルダー・マネジメント
   3. 規模拡大下における水田経営の課題
   4. 水田経営の組織形態と管理
   5. 中山間地域における水田経営の戦略と管理
   6. 日本の水田農業に関する統計的整理
   7. 本書の課題と構成
   
第2章 ステークホルダー・マネジメントと組織形態
   1. はじめに
   2. 作業仮説の設定
   3. 分析方法
   4. 考察
   5. まとめ
 
第3章 農地集積戦略と組織形態
   1. はじめに
   2. 圃場情報を用いた大規模経営の農地集積条件の推計
   3. 大規模経営の農地集積戦略の事例分析
   4. 考察
   5. まとめ
 
第4章 機械の利用効率と組織形態
   1. はじめに
   2. 組織形態と機械の稼働効率:福井県内における実証分析
   3. 機械稼働効率の実態:国内9経営の比較
   4. まとめ
 
第5章 作業の季節性と労働条件
   1. はじめに
   2. 分析方法
   3. 分析結果
   4. 考察
   5.まとめ
 
第6章 従業員の職務満足とステークホルダー・マネジメント
   1. はじめに
   2. 分析方法
   3. 分析結果
   4. 考察
   5. まとめ
 
第7章 中山間地域における付加価値分配と持続性
   1. はじめに
   2. 分析方法
   3. 当初時点(2007年)の分析結果
   4. 追跡調査(2022年)時点の実態
   5. 考察
   6. まとめ
   
第8章 中山間地域における農地集積と小規模農家との関係
   1. はじめに
   2. 集落営農による条件不利圃場保全の評価
   3. 畦畔管理を通じた小規模農家による集落営農法人の補完効果
   4. 長期的推移を踏まえた考察
   5. まとめ
 
第9章 中山間地域での高食味米生産における篤農技術
   1. はじめに
   2. 分析方法
   3. 高食味米生産を規定する立地・経営要因
   4. 高食味米生産における篤農技術
   5. 考察
   6. まとめ
 
  補論 高食味仕分けによる差別化戦略の可能性 
 
第10章 これからの水田経営の戦略と組織
   1. 水田農業経営の戦略と組織
   2. 水田農業経営の展望
 

関連情報

著者プロフィール:
農業経営学および農村計画学,とくに農業経営の戦略と組織,経営計画,都市・農村地域のグランドデザインを専門としている。著書に『土地利用計画論 - 農業経営学からのアプローチ』(2005年),『イギリスの地域農業マネジメント』(2009年)『都市農業経営論』(2020年) など。2010年に日本農学会農学進歩賞,2022年に日本農業経済学会学術賞を受賞。
 
受賞:
日本農業経営学会賞「学術賞」受賞 (日本農業経営学会 2023年)
https://fmsj.smoosy.atlas.jp/ja/prize_list
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/news/news_20230912-1.html
 
関連記事:
大会講演: 都市化社会における農業経営の戦略と組織
―水田経営のステークホルダー対応に着目して― (『農林業問題研究』59巻1号 2023年3月25日)
https://doi.org/10.7310/arfe.59.9
 
報告論文: 金 東律, 八木 洋憲, 木南 章
水田経営の情報化が組織内の作業調整に与える影響
農業経営情報システムの導入事例における継続的調査より (『農林業問題研究』60巻3号p.21-26 2022年10月25日)
https://doi.org/10.11300/fmsj.60.3_21
 
Dongyool Kim, Hironori Yagi, Akira Kiminami
Exploring information uses for the successful implementation of farm management information system: A case study on a paddy rice farm enterprise in Japan  (『Smart Agricultural Technology』Volume 3 2023年2月)
https://doi.org/10.1016/j.atech.2022.100119
 
RESEARCH ARTICLE: Hironori Yagi and Tsuneo Hayashi
Working conditions and labor flexibility in non-family farms: weather-based labor management by Japanese paddy rice corporations  (『International Food and Agribusiness Management Review』24(2), pp.249-266 2021年3月9日)
https://doi.org/10.22434/IFAMR2020.0013

RESEARCH ARTICLE: Hironori Yagi and Tsuneo Hayashi
Machinery utilization and management organization in Japanese rice farms: Comparison of single-family, multifamily, and community farms  (『Agribusiness』Volume 37, Issue 2, pp.393-408  2020年8月14日)
https://doi.org/10.1002/agr.21656

シンポジウム:
第72回地域農林経済学会大会
「農林業問題研究への多様な接近-地域資源の発掘と持続的利用-:都市と農村における混在化した地域資源に注目して」 (地域農林経済学会 2022年10月22日)
https://a-rafe.org/108/3
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています